第4話 散歩

どこまでも澄んだ青空のもと、庭園には赤や、白に淡くピンクの混ざった八重咲のバラ。薄青の一重のバラなど、様々な品種のバラが香りたかく咲き誇っていた。                

                                          

「見事だな」                                   


”すごく綺麗だ!ああでもそこに立つ天使が眩しくて薔薇の美しさが霞むな”                    

                                  

シグルドは庭園を見渡しつぶやいた。 

                                                

(まただわ、シグルド様の声が聞こえてくる。しかも天使だなんて・・・)                                 

                                          

困惑しながら歩いていると、ふといつの間にかシグルドがリリアの隣を歩いていることに気がついた。                    

                                          

シグルドはリリアより身長も高く歩幅も違うはずなのに、リリアは早駆けする必要もなくいつものペースで歩くことができている。                  

                                        

(シグルド様が私の歩調に合わせて下さっている)                

                                         

その気遣いに気づいたリリアは、なんだか心がくすぐったくて頬を染めて微笑んだ。            

                                           

「何がおかしい」                                

                                         

”何か変なことしちゃたかな?それともリリアをこっそり盗み見していることがバレて笑われた?”

                                          

シグルドは相変わらず威圧的に尋ねてきた。                       

                                          

「申し訳ございません。薔薇の花が美しくて嬉しくなってしまいました」          

                                          

シグルドの本心がまだ分からない以上、歩調を合わせてくれたことが嬉しいと言い出しずらくて、リリアはシグルドに誤魔化すようにそう告げた。                                                          

                                         

リリアはふと思いつき、シグルドに問うた。                         

                                               

「先ほど兄がシグルド様は花がお好きと言っていましたが、シグルド様はどの様な花がお好きですか?」                                        

                                                

シグルドは眉間に皺をよせて考えるそぶりを見せた、後ポツリと答えた。                

                                                  

「薔薇だ」                                       

                                                

”天使が俺に好みを聞いてくれた!俺に興味を持ってくれた!嬉しい” 

                                                 

相変わらず聞こえてくる声に戸惑いつつ、リリアはシグルドに話しかけた。                  

                                                 

「薔薇は私もとても好きなのです。特に薄青の一重咲きのバラが見た目は控えめなのに香りがとても良いところが気にっているのですよ」                         

                                             

同じ花が好きという共通点を見つけてリリアは嬉しくなって微笑みながらそう言った。         

                                                

シグルドは無表情で周りを見回すと薄青の一重咲きのバラに近づいて行った。             

                                                

「美しく良い香りだ」                                     

                                                

”これが天使の好きな薔薇なのだね。早速王宮の庭園にも植えさせないと”

                                              

「え!?この薔薇を植えてくださるのですか?嬉しい・・・」                  

                                               

リリアは嬉しさのあまりうっかり頭に響いてくるシグルドの声にこたえてしまった。           

                                                 

シグルドはさらに無表情になり                           

                                                

「茶の席はどこだ」                                     

                                                

”え!?なんで花を植えようとしたことがばれたの?内緒にして驚かそうとしたのに・・・。声に出ちゃったのかな?ショック”

                                                

そう不機嫌な様子でリリアに尋ねた。                               

                                               

リリアの頭に響くシグルドの声はとても落ち込んだ様子で 、気の毒になったリリアがあわててフォローしいようとするが、目のまえのシグルドは厳しい不機嫌そうな雰囲気で佇んでいる。                   

                                             

(これでお詫びを言ってもかえって不審がれるだけね。気にせず席にご案内しましょう)     

                                                      

「シグルド様、そろそろお茶の準備も整っているはず、まずは席に参りましょう」         

                                                 

リリアはそう言って微笑むと、シグルドの手をひいて席まで案内しようとした。            

                                              

するとシグルドは素早く手を後ろに組み                            

                                                

「介助は不要。席はどこだ」                                  

                                                 

”手を!リリアが俺の手を握ろうとした!あの白くて細い指で俺の手を・・・。だめだ!そんなことをしたら愛しい天使が穢れてしまう”

                                                 

あからさまな拒否の姿勢に一瞬傷つきかけたが、聞こえてきたシグルドの本心にリリアはホッとした。                                        

                                             

(嫌われているわけではないのね、よかった。でも手も握れないのなら婚姻の儀式の口付けはどうなるのかしら)                                     

                                             

リリアは思い浮かんだ考えに赤面し困惑した。                           

                                              

(いやだわ、私ったらもう口付けのことを考えるなんて、はしたないし恥ずかしい)         

                                               

二人はなんとも言えない雰囲気になり、リリアはそっと頭をかかえた。              

                                                 

そんな時、庭園のテラスからチェルシーがかけてきた。                       

                                                

「大変お待たせいたしました。簡単ですがお茶のご用意が整いましたのでこちらにお越しください。」                                           

                                               

(ありがとうチェルシー!あなたはいつだって私の救世主よ)                 

                                              

シグルドの相手に疲れきっていたリリアは心の中で飛び上がって喜んだ。            

                                               

「シグルド様参りましょう。今日はいい天気ですから喉も渇きましたし、当家の厨房係の焼くお菓子は国内屈指の美味しさなのですよ」                          

                                                 

リリアはそう言うと、無邪気に微笑んで、今度こそテラスに向かって歩み始めた。           

                                                

シグルドは、はずむように歩くリリアの後ろ姿を無表情に凝視していたが、ルカに無言で促されてリリアの後を歩き出した。                            

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