第3話 出会い

リリアは応接間の中央におかれた大きな姿見に、純白のウエディングドレスに身をつつんだ自分の姿を映してくるりと一周回った。                      

                                          

繊細なレースや刺繍がきらりと光りながらふわりと広がる様はとても美しく、アルベルトとアルル、チェルシーはその美しさに見惚れていた。                 

                                     

その時、応接室の扉が乱暴に開け放たれて、二人の男性が入ってきた。         

                                         

リリアは驚きのあまり手を胸の前でにぎりしめると、震える声で                   

                                                 

「貴方がたはどなた?」                                     

                                                   

と問いかけた。                     

                                           

しかし赤毛の男はそれには答えず、リリアを無遠慮に見つめ                  

                                            

「なるほど」                                     

                                               

”なんて美しいんだ、私の天使はまるで可憐な花のようだ!尊い”                    

                                         

そう言って威圧的に睨みつけてきた。                                 

                                         

(え!?今私の頭の中に彼の声が響いたような・・・。しかもとても恥ずかしいことが。幻聴かしら)                                 

                                          

リリアは突然のことに困惑しつつ、もう一度彼らについて尋ねようと口を開きかけたが、それはアルベルトの声で遮られた。                        

                                          

「これはシグルド殿下、かような場所までご足労いただき恐縮でございます。どうでしょう、私の可愛いリリアのこの姿は」                     

                                          

大切な宝物を自慢する子供のように、無邪気に愛娘を紹介するアルベルトの言葉にリリアは驚愕した。                                

                                            

(今、お父様はシグルド殿下とおっしゃた!?どうしてこのような場所に王太子がいらっしゃるの?)                                   


リリアが当惑していると、隣に控えていた侍従の男性が恭しく一礼してから話し始めた。                                      

                                         

「リリア様、突然の来訪失礼致します。こちらの方はシグルド・エンデルグ殿下、この国の王太子です。私は侍従を務めさせていただいているルカ・ジェタークと申します。この度はご婚約おめでとうございます。貴方様のような美しい奥方ができること、主人ともども喜んでおります。」         


ルカはそう言うと一歩後ろに下がって主人であるシグルドの側に控えた。                

                                            

リリアはしばし呆然としていたが、慌てて頭にかけられたベールを取り、頭を下げた。                                           

                                            

「シグルド殿下、無礼な態度をとり申し訳ございませんでした。このような場所にお越しくださりありがとうございます。本日はどのようなご用でしょうか。」                          


リリアは緊張で口の中が乾いてしまい、一言を発するのがとても大変だったが、なんとかシグルドに挨拶をして返答を待った。                   

                                           

「今日は様子を見にきただけだ」                            

                                                                                     

”婚姻を承諾してくれて嬉しくて、いてもたってもいられなかったのだ。早く会いたくて馬車をとばしてきたおかげで美しいドレス姿の天使を見られて・・・幸せだ”                                     

                                           

威圧的な態度で言葉少なに話すシグルドだったが、彼が言葉を発するとリリアの頭の中でシグルドの声が響いた。


(まただわ。シグルド殿下が話すと、すごく恥ずかしい言葉が頭の中に流れてくる。私がそう思って欲しいという願望からくる幻聴かしら) 

                                               

不思議な現象に戸惑うリリアにシグルドは威圧的に                    


「シグルド・・・そう呼べ」


”殿下と言われると距離を感じて寂しいではないか。もっと心を寄せてもらいたい・・・”


そう告げた。                                           


「はい、シグルド・・・様?」                           

                                           

混乱しているリリアはさらに混乱しながら答えた。                

                                           

「こちらの品々はシグルド様から頂いたものと伺っております。素敵な品々をありがとうございます。」                        

                                           

美しいレースに触れながら控えめに御礼をのべるとシグルドは


「この程度で礼など不要。妃となったら望むものを与えてやる」


”リリアの為にずっとあれこれ考えて用意していたから、喜んでもらえて嬉しいなあ。妃になってくれたらもっともっと綺麗なものを沢山与えてあげるからね”                  

                                             

シグルドはそう言うと無表情で睨みつけるようにリリアをじっと見つめた。         

                                          

(まただわ。また頭の中でシグルド様のお声が響いてきた。しかもずっと私のことを考えて用意したと・・・。これはカタリナ様のためにご用意されたものではないの?)                                       

                                             

リリアはそっとシグルドを見ると、鋭い視線が自分に向けられていたため、恐ろしくなって目を逸らした。                            

                                           

「なぜ目を逸らす。」                               

                                          

”なんで見てくれないんだろう、何か失敗しちゃったかな?嫌われた?どうしよう”

                                        

リリアの頭の中に聞こえてくるシグルドの声はとても優しくて幼なげで可愛い。           

                                                    

だというのに実際目の前にいるシグルドはとても威圧的で恐ろしかった。         

                                           

「申し訳ございません。シグルド様の前ですとどうしても緊張してしまって、不敬をお許しください。」                               

                                          

リリアは恐る恐るシグルドを見ると、今度はシグルドが視線を外し、感情の読み取れない機械的な声で答えた。                                

                                         

「良い。お前は妃となる者。早く慣れることだ」                     

                                       

"また怖がらせてしまったかな。どうして優しくできないんだ。これでは妃になる前に逃げられてしまう。どうにかしなくては”                       

                                        

応接室には気まずい空気がながれていたが、その流れを切るべくチェルシーが控えめに発言した。                                 

                                           

「シグルド殿下、ルカ様、もしお時間がございましたらお庭でお茶などいかがでしょうか。今はバラが満開で香りも景観も楽しめます。」            

                                           

チェルシーの発言に空気が緩んだ。                           

                                         

アルルもうんうんと頷いて。


「シグルド様は花がお好きでしたよね、妹も花が好きで庭園には凝っているので、是非ご覧になっていただきたい。どうでしょうか?」                   

                                         

そう言ってお茶を勧めた。                            

                                          

「そうだな、少しであれば・・・ルカ、どうだ?」                     

                                            

”薔薇の花が満開!それは見たいし、そこにいるリリア、私の天使の美しい姿をもう少しでもいいから眺めていたい”

                                          

ルカは懐中時計を確認し、コクリと頷いた。                     

                                          

「半時でしたら時間がとれます」                                                          

                                           

「では大急ぎで支度いたしますので、リリア様、シグルド殿下を庭園へご案内なさってください」                               

                                          

そう言うとチェルシーは大急ぎで厨房にかけて言ってしまった。 


リリアも大急ぎでウエディングドレスから普通のドレスに着替え、            

                                           

「ではご案内いたします。シグルド様」                       

                                          

そう言ってシグルドを庭園に案内するのだった。                                                            

                                                                   

                                          

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