第20話 やっぱ……田中くんはすごいや
(いよいよだ……なんだか緊張してきた……)
元々強心臓な上に、とりあえずやってみようが信条なきららが珍しく自分でもわかる程、緊張していた。MCに渡されたマイクを持つ手が小刻みに震えている。
対面にはこの三週間、一番長く時間をともにした達也がいる。きららがあげたお揃いのTシャツに袖を通し、見た目はさながら強者ラッパーだ。
昨日までの自信なさげな彼はどこにいったのか、先ほどのバンドの効果も相まって水を得た魚のようにいきいきとしていた。
達也の歌は想像以上だった。地声やラップをしているときもいい声だったし、ずっと聞いていたいと思っていたが、それはあくまでも発声などの基礎ができているからだと思っていた。しかし先ほど聞いた達也の歌はそんなもので説明がつくような代物じゃない。
完全な才能だ。自分が努力でなんとかなるレベルを優に超えており、きららは感動とともに少しの悔しさすら覚えた。元から負けたくないバトルではあったが、負けたくない理由が更に増えた。歌で負けて、ラップでも負けたら悔しすぎるではないか。
達也は短期間で本当に上達した。
しかしさすがに技術、経験ともに現時点ではきららが上回っている。それに元々、学園
での人気や人望、知名度は圧倒的にきららが上だ。入学当初など、一年生に可愛い女の子が入ったと上級生の間でも話題になる程だった。それに対し、達也は学級委員で人望はあっても、それはクラス内に収まる話で、女子が苦手なこともあり、静かな人という印象しか持たれていない。順当にぶつかれば明らかにきららが有利な戦いだった。
しかし、なんだか今の達也に勝てる気がしない。そういう「凄み」が今の達也にはあっ
た。圧倒的な歌唱力を見せつけられ、この場の人間すべてが、達也ひいきになったような錯覚に陥る。実際にはきららのファンも大勢いるため、そんなことは決してないのだが、きららの脳内では今、完全にこの場はアウェイだった。
「でも、こんなの慣れっこだからね……!」
初めてステージに立った時のことを思い出す。勝手がわからず、味方もファンも何もいなかったときのことを。それに先日のGMBも花梨のファンが大勢いた。どんな状況でも前を向いて頑張る。それが私だと言わんばかりの表情できららは達也を見つめた。
「負けないから!」
「僕もだよ」
MCを務める文化祭実行委員が観客にルールを説明し始めた。
「最近話題のフリースタイルラップバトル! これよりフリースタイル同好会によるエキシビジョンを行います!」
MCの文化祭実行委員が観客を煽り、それに応えるように会場の熱気が増した。
「まずは選手紹介! その可憐な見た目でファン急増中! ただし勝負になると可愛くないぜ! 一年三組のアイドル的存在! 鈴木きらら!!」
このMCの紹介文については何の相談もされていない。みんなに可愛いと思われているのもファンが多いのも事実だが、きららにはその自覚はないため、恥ずかしくなってしまう。ただこの場で照れを全面に出すのも場が白けると思い、きららは声援に堂々と応えるよう胸を張った。
「きらら! がんばってー」
「めっちゃかわいいー!」
ただやはり照れてしまう。
「対するのは、一年三組の学級委員長! 歌うますぎて惚れてまうやろ! 田中達也ぁぁ!」
「達也ぁぁ!! 頑張れー!」
「羨ましいぞぉ!」
優しく気を使える達也は男子からの人望が厚く、野太い声の応援がちらほら聞こえてくる。その中にはきららとお近づきになっている達也を妬むものもあった。
「バトルは一本勝負で行われます! 八小節三ターン! 観客の皆さんはバトル終了後、どっちがかっこよかったかを拍手にて投票してください!」
MCが淀みなく説明をしてくれる。観客の生徒たちもなんとなくルールを把握したようで参加型ということになんとなく浮き足立っている生徒もいる。
「それではじゃんけんで先攻後攻を決めてください!」
促されじゃんけんをする。きららが勝った。きららは少し考えた後、先攻を選択する。
(今、会場の空気は田中君のものだ……先攻でガツンとかまして少しでも空気を変えないと……)
「それでは先攻、鈴木きらら! 後攻、田中達也! 準備はよろしいでしょうか!」
「「はい」」
二人の声が重なる。その様子に会場の期待も高まっていく。
「それではいきます! ミュージックスタート!」
ビートが流れ出す。有名なヒップホップグループのインストゥルメンタルだ。派手なシンセサイザーが周囲を包み込んでいく。それに合わせきららが深く息を吸い込み、言葉を吐き出した。
まずきららは達也の優柔不断なところを責め立てた。本心ではない。達也の優柔不断さは優しさの裏返しであり、きららは達也のそういった人を思いやれる心が大好きだった。しかし、物は言いよう。そして今はバトル中だ。情けは本気で向かってくる達也への失礼となる。優柔不断で常に人の後ろに立ち、自己主張が一切ないとディスをまくしたてる。
達也のターンになった。自分の自己主張のなさは周囲の人間をよりよく見せるためだと、自分の生き方を肯定する。そして逆にきららの人の意見を聞かない部分をディスり出す。
達也はきららの強引さに何度も助けてもらってきた。もしもきららが達也が嫌だといったことを全て素直に聞いていたら、今自分はこうしてここにいないだろうし、こんなにも晴れやかな気分ではいられなかっただろう。
だから本当に感謝している。そしてその感謝の念を込めて全力でディスることが、彼女への最大の恩返しだと思っている。だからこの三週間で身に着けたスキルを用いて全力でぶつかっていった。
達也はきららの言葉を流用して、華麗に韻を踏んで返した。その巧みな言葉遣いに会場が湧きたった。
そして再びきららのターンになる。達也の華麗なアンサーに敵ながら嬉しくなってしまう。初めて橋の下でサイファーをしたときの達也は必死で、全然韻を踏めていなかった。この世界に引きずり込んだ身としてはこの成長は本当に感慨深い。
だけど勝負は勝負。手は一切抜かない。きららは達也の言葉を簡単に受け止め、更に韻を踏みアンサーを返す。まるで格の違いを見せつけるようだった。その様子にまた会場が湧きたつ。普段可憐な様子のきららが堂々とラップで戦う様は観客に大きなインパクトを与えていた。
(ごめんね、田中くん! 一切手は抜かないから……! 絶対勝つ!)
渾身のアンサーを簡単に返され、動揺した達也の様子をきららは決して見逃さなかった。これを機にと更にたたみかける。
達也も負けじと応戦する。もはやなりふりかまっていられない。どんな形であっても負けたくない。だから達也はリズム無視でまくしたてる。きららと同じように普通のフリースタイルをやっていても勝てない。自分の力不足を達也はバトル中に認め、瞬時にスタイルを変えた。きららの発言量を一とすれば、達也は今、リズムを無視して五の発言量をまくしたてる形で返した。結果的にそういった形もあるのかと観客にも受け入れられたようで、再び歓声が上がる。寸前のバンドのパフォーマンスもあり、達也の知名度は一気に上がっていた。もうだれも達也のことを地味な同級生だとは思っていない。
再びきららのターン。これが最終ターンになる。きららは達也が寸前に行ったまくしたてるラップをやり返して見せた。
(君にできることはわたしにもできる!)
圧倒的な実力を見せつけ、観客を沸かせ、きららは達也にターンを返した。
(さぁ、どうする?)
きららが挑戦的な目で達也を見つめる。何をしてくるかわからない達也の挙動を観客よりも誰よりもきららが一番楽しみにしていた。
最終ターンが達也にわたる。達也は一気にスローペースになり、これまでのディスから一変してきららへの感謝を述べだした。
(え⁉)
それはこの三週間できららがした行動とそれへの感謝だった。強引に自分を連れまわしたこと、ラップバトルに巻き込んできたこと。サイファーにいったこと、自分の悩みを聞いてくれたこと。自分のトラウマを払拭させてくれたこと。それらを韻を踏みながら、そして聞いている観客にわかるように説明している。その行動を聞いて、微笑む観客もいたり、そんなことがあったのかと聞き入る観客もいた。
語る達也の顔は非常に笑顔だった。そしてそのラップの終わりに達也はきららの方を向き、面と向かって感謝の言葉を述べた。それはまるできららが達也に貸したラップ番組の最後のバトルのようだった。
「そこまで!!」
(あ……)
MCがバトル終了の合図を出した瞬間、きららは察した。
達也は全てを手に入れようとしていたのだ。
このバトルの勝利を狙っていたことは明白だ。達也は本気で勝ちにきていた。それは全力でぶつかった自分にはわかる。
さらに達也は観客を味方につけようとしていた。元々、地味だった自分が寸前のバンドのパフォーマンスも含め、色んな手法でラップを試せば、どうしても感情は動く。ラップバトルとしては明らかにきららが優勢だった。だから達也は観客の感情に訴えかけようとしたのだ。
さらに、達也はきちんとパフォーマンスとしての体を保とうとしていた。
本来、このバトルの最終目的は大勢の観客に興味を持ってもらい、部活の仲間になってもらうことだ。それは色々あった今でも変わらない。だが、きららの頭では、正直そのことは二の次になっており、達也にこのバトルで勝つことが最優先になっていた。
しかし達也は違った。最後の最後までそのことを忘れず、このバトルで生徒の誰かが興味を持ってくれるように、自分ときららを利用し、パフォーマンスとしてのクオリティを上げ、フリースタイルバトルの様々な一面を観客に伝えるよう工夫をこらしていた。最後の感謝の言葉でそれがはっきりと伝わってきた。
きららの中でどんどん悔しいという感情が強くなっていく。全て達也の思惑内の話だったことを認めざるを得ない。これから観客投票が始まるのだが、その結果がどうであれ、きららは既に負けた気分になっていた。単純なラップのクオリティならきっときららの勝ちだろう。しかしこれは部活の仲間獲得に向けたパフォーマンスのフリースタイルバトルだ。そういった意味では自分よりも遥かに高い次元で物事を考えている達也にきららは完敗だった。
「それではこれより観客投票に移ります! まず先攻、鈴木きららの方がアツかったと思う方は拍手をお願いします!」
もはやきららにとって観客投票は意味がない。負けたと思ってしまったら負けなのだ。
横を見ると達也がとても爽やかな笑顔でこちらに微笑んでいた。
「もぉぉぉぉぉぉ!」
きららの文句は、きららは称える会場一致の拍手によってかき消されていった。
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