第7話 あのときの女の子じゃん!

「それじゃぁ、よろしくお願いします!」

 きららが集団に向かってペコっと頭を下げ、それに連動するように達也も頭を下げた。集団から口々によろしくという声が聞こえる。集団を構成していた人間は舌や唇にピア

 スを空けていたり、腕にタトゥーを入れていたりと正直見た目は怖かったが、思っていた

 よりも受け入れてもらえたようで、達也は胸をなでおろした。

「あれ、君……」

 集団の中にいた女性がきららに声をかける。少し前傾姿勢になりながら、きららの顔をじっと見つめている。耳にぶら下げている大きな羽のついたピアスが体の動きにつられ、ゆらゆらと揺れた。女性は口元に手を当て考え込む仕草を見せた。

「あ! あのときの女の子だ!」

「え?」

 女性はきららの顔を見て、何かを思い出したようで、自分の手のひらをポンとたたいた。その声に周りの強面の男性たちが「なんだなんだ」と注目してきた。

「ほら、今週のGMBの一回戦であたった女の子だよ! MCキキララ!」

 その発言に周囲がざわついた。

 今週のGMBといえば、達也が見に行ったGMB京都の決勝トーナメントのことだ。あれに参加するには京都府内での各予選に勝ちぬかなければならない。それもかなりの激戦であり、男性たちは、瞬時にきららを強者だと認識した。

「え、花梨さん⁉」

 きららの方も相手を認識したようで、驚いた様子を見せた。

「うわ! 会えてうれしいです! 先日はありがとうございました! バトルと全然雰囲気違いますね」

 きららがぴょんぴょんと飛び跳ねながら再会を身体全体で表現していた。握手を求め、花梨がそれに応じる。

 MC花梨は先日のGMB京都決勝トーナメントできららと対戦し、勝利した女性だ。

 惜しくも決勝で敗れたため、京都代表にはなれなかった。

 GMBのときは照明も暗く、顔もはっきりとは認識していなかったが、こうしてみると確かに目の前の花梨は達也の記憶と一致した。雰囲気は非常に大人びており、姉さん呼びをされているが、それは彼女の持つカリスマによるもので、まだ二十歳らしい。集団の中でも若い部類に入る。それでも達也にとって二十歳というのは十分に大人の女性ではあるが。

 タイトなジーンズにスニーカー、少し小さめのTシャツをへそ出しで着こなし、活動力に溢れているような印象を受ける。

「あぁ、姉さんが決勝で負けたあの大会に出てた女の子か!」

「いや言い方考えろよ」

 そういって花梨は取り巻きの一人の尻を蹴り上げ、蹴られた方は喜んでいる様子を見せている。これが彼らのコミュニケーションのようだった。

「花梨さん、ステージ上と雰囲気違いますね」

「いや、それはあんたもでしょ。若いとは思ったけど、まさか女子高生とは思わなかったわ」

 確かにステージ上にいたMC花梨は、もっと鋭い眼光で相手をぶちのめすというような覚悟を周囲に感じさせていた。それに比べると、目の前の女性からは幾分か柔和な雰囲気を感じる。そしてそれはきららも一緒だ。きららもステージ上とは随分相手に与える印象が違うだろう。

「で、何? 今日はリベンジってわけ?」

 花梨が不敵な笑みを浮かべながらきららに尋ねる。

「いや、そういうわけじゃないんです。ていうか花梨さんがいることも知らなかったですし」

「あ、そうなんだ」

 きららがSNSで見つけたサイファーの告知アカウント「三条サイファー」は花梨が発信していたわけではないようだった。

 三条サイファーのメンツは大学生から三十代前半と幅広く、誰が言ったわけではないが、なんとなく花梨をリーダー的存在として、週に何回かこの三条大橋から少し離れた場所で集まり、サイファーに興じているらしい。各々の参加理由は多種多様で趣味でラップをやっていて、単純に楽しみたい人もいれば、フリースタイルバトルの大会によく参加しており、スキルアップを目的としている人間もいる。

「アカウント見つけて、混ぜてもらおうと思って」

「いいねぇ。やろやろ。あ、ちなみにリベンジマッチもいつでも受け付けてるからね」

 そういって花梨は挑戦的な視線を送った。

 達也にはラッパーの世界のことはよくわからない。しかしステージ上であれだけディスりあっていても、ステージを降りるとこうして仲良くできるというのはなんだか不思議な感じがした。

「で、そっちの子は彼氏?」

 花梨が達也に視線をやりながら、きららに尋ねた。周囲の人間からも、それをはやし立てるような空気が流れる。

「あはは! そんなんじゃないですよ!」

 きららが何も気にしないという様子でその空気を笑い飛ばした。別に何かを期待していたわけじゃないが、そのはっきりとした物言いにほんの少しだけ達也の心がチクりとする。

「彼は田中君です! 一緒にこれからフリースタイルをやっていく仲間です!」

(う……)

 視線が達也に集まる。予選を勝ち抜いたMCキキララの仲間とはどの程度の実力なのかという値踏みをするような視線だった。人の注目を浴びることが苦手な達也にとってその空気は決して居心地の良いものではない。

「あ、でも田中君、フリースタイル初めてなんで、とりあえず見学してもらいます。だよね?」

「あ、うん。そうさせてもらいます」

 そんな様子を察して、きららが助け舟を出してくれた。元はと言えばきららの強引さから始まった状況だが、今の達也にとっては天使のように見えた。こうして人は騙されていくんだろうとぼんやりと達也は思った。

「おーけー! じゃぁ早速やろうか!」

 花梨が合図を出すと、取り巻きの男性の一人がスピーカーに近づき、スイッチを押した。

 思わず身体が動きだしそうになる音楽がズンズンと周囲に鳴り響く。

 そして皆が順番にラップを披露しだした。

 サイファーはバトルのようにディスりあうわけではなく、皆が自分の想いを言葉に乗せて発信する交流のような意味合いが強いようだ。自分のラップにかける思いを伝える人、最近の政治に物申す人、最近の家庭の悩みを話す人など様々な形のものがあり、かなり自由なものだった。

 その中できららはラップにかける思いを語っていた。

 初めてサイファーができる喜びや、今度の文化祭でラップの魅力を伝え、もっと仲間を増やすという決意表明を音楽に乗せて繰り出していく。言葉だけでなく、全身を使い、その楽しさを表現していた。本当にラップが好きで好きでたまらないといった気持ちが空気を通して伝わってくる。

 きららのラップを見るのは二回目だが、初見の大会のときは、その特殊な状況と急な展開に冷静に観察することができなかった。そのため、きららが人とラップをしているところをちゃんと見るのは、これが実質初めてのような気がした。

 こうして改めて見ると、素人目ながら周囲と比較しても上手だと感じた。自分の前の人の発言を巧みに引用し、矛盾を孕むことなく、自分の言いたいことを音楽に乗せ、韻を踏みながら淀みなく展開している。

 周囲の人間も達也から見れば十分以上に上手なのだが、きららと花梨はその中でも別格の印象を受けた。

 サイファーは円になって行うが、ラップを行う順番は特に決まっておらず、常に空気を読みながら進行していく。そのため、同時に歌い出してしまい、譲り合いになることも多々あるが、きららの場合はそれがない。誰か歌い出しそうか、誰かと被らないかを瞬時に判断して、絶妙なタイミングでラップをスタートさせている。その立ち振る舞いの凄さを達也は一緒にやっていなくとも感じた。円の中の人間はそれを更に肌で感じたようで、一度対戦をした花梨以外は見た目から乖離している彼女のラップの実力に驚きを隠せないでいる。

 音楽が止まった。それぞれ呼吸を整えたり、水分補給をしているため、しばしの沈黙が流れ、川のせせらぎの音がやけに達也の耳に届いた。

 そしてその沈黙をきららが破った。

「……楽しい~~~~~!!!!」

 きららのその声を皮切りに周囲の人間も笑い出す。そしてきららに向かって称賛の声が飛び交う。

「すっげぇ……本当に初めて?」

「やるじゃん。俺なんかより全然うまいわ」

 そんな中、花梨がきららに声をかける。

「こないだ対戦したときも思ったけど、改めて君すごいね」

 その顔はとても嬉しそうだった。

「女の子でこんだけできる人、なかなかいないよ。人口が少ないってのもあるけど。でもこうやって会えて本当に嬉しいや。ま、でも私の方が強いけどね。あはは」

 花梨の笑い声が辺りに響き渡る。きららは褒められたのが嬉しいのか、照れくさそうな笑顔を浮かべ、頭をポリポリと掻いた。

 その後も何回か曲を変え、サイファーに興じた。どの回も白熱しており、達也は見ていただけなのに、知らず知らずと身体が熱くなっていくのを感じた。

 ――いつか僕もこうやってできるのかな……。

 あっという間に周囲に溶け込んだきららを見ながらぼんやりと考える。コミュニケーション能力もあり、実力も華もあるきららは気づけばサイファーの中心にいた。自分よりも身体が大きい年上の男性に対しても一切負けず劣らずの迫力を見せている。

(やっぱ僕じゃない方がいいんじゃないかな)

 その眩しさが達也の心の中に影を落としていく。

 自分の存在はたまたまイベントに居合わせたクラスメイトというだけで、仲間になってもらえるのであれば極論、誰でもよかったはずだ。今日も見学だけで何の助けにもなっていない。

 誘ってくれたとき、自分と一緒がいいと彼女は言ってくれた。達也と一緒なら、きっと楽しいと。でもそれは単なる予想にすぎない。自分がやらないとなれば、きっと誰かがその椅子に座ったはずだ。

 段々と日が傾いてきた。集団の傍らで達也が一人で思考の迷路にはまっていると、そろそろ解散かといった空気が流れた。

「キキララちゃんと姉さん、せっかくだからもっかいバトルしてよ。俺ら観たいからさ」

 花梨の取り巻きの一人が発言した。

 周囲の人間もそれに乗っかり、「いいじゃんいいじゃん」と賑やかす。

 花梨はきららの顔をちらと伺い、「キキララちゃんがいいなら」と言った。

「うーん……」

 きららは顎に手をかけ、少し考える仕草を見せた。そして達也の顔をちらと見てくる。何かと思ったが、次の瞬間「うん」と何か納得した表情を見せ、花梨に返事をする。

「2ON2でもいいですか?」

 きららの発言に花梨が驚いた様子を見せた。

「いいの? こっちは全然いいけど」

「ありがとうございます! 田中君、やろ!」

「え?」

 いきなり名前を呼ばれ、達也の身体がびくっとする。

 2ON2とはその名の通り、フリースタイルバトルを二対二のタッグマッチで行う方法だ。小節ごとでパフォーマーを交代し、1対1のときより、単純なアンサーの他に、フォローアップ能力やチームワークが試される。そのメンバーにきららは達也を指名した。

「え……!」

 周囲の視線が再び達也に集まった。

 身体中から汗が一気に噴き出てくる。手足から体温が奪われ、身体中の熱が脳に向かっていく。心臓の鼓動もどんどん速度を上げていく。まるで一度も触ったことのないロボットを操縦しているかのように、身体が言うことを聞いてくれない。口も自分のものではないみたいで「無理だよ」の一言が言えなくなっていた。

(やっぱ、僕には無理なんだよ)

 逃げ出したくなる衝動を達也は必死に抑える。

 周囲の人間の視線が遠慮なく突き刺さってくる。その中にはきららのものもあった。

 他の人間の視線はお手並み拝見といった、達也の実力や人間的価値を値踏みするようなものだったが、きららのものは違った。それはとても優しい眼差しだった。まるで子どもの自発的な成長を促すかのような優しさを孕んでいた。

 きららがゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。そしてそっと耳打ちをしてきた。

「田中くんならきっとできるよ。大丈夫。無理はしなくていいけど……でももしやってくれるなら、ちゃんとフォローするから」

 きららの言葉が達也の心にスッと入ってくる。その言葉に先ほどまでの葛藤がじんわりと溶けていくような温もりを感じた。

 ふと視線を下げると、達也の服の裾を掴んでいる小さな手がそこにはあった。

(震えてる……)

 それはとても小さな手で、先ほどまで男性たちと渡り合っていたことが嘘だったんじゃないかと思えるほど、か弱く見えた。同時に自分の勇気のなさを呪った。

 かつて人前に出ることが大好きだった自分と、それができなくなってしまった現状を比較し、深い絶望が達也を襲う。

(やりたくないのは間違いないけど……)

 それでも目の前の彼女の姿を見ると、ここで拒むことはできなかった。

 達也はきららの手にそっと自分の手を重ね、裾から手を外させる。

「……わかった」

 掠れるような声だった。しかし、その声は確実にその場にいた全員に届いた。

 こうして達也のデビュー戦の幕が開いた。 

 通常、2ON2のラップバトルでは、チームの番になるとメンバー内で交互にラップをしていくのがルールだが、初心者である達也への計らいで、今回はチームの番の中なら誰がラップを行ってもよいというルールになった。つまり実質、きららだけで全てを終わらすこともできるということだ。

(そうならないように、頑張らないといけない……)

 周囲の人間が達也の様子を伺っていることを肌で感じる。まるで、失敗を望んでいるかのような目線に思えた。被害妄想であると自身でもわかっているが、勝手に不都合な方に脳は解釈してしまう。悪い癖だという自覚はあるが、自分でやめられれば苦労はない。

「ありがとね、田中君」

 そんな達也の様子を見て、きららが声をかける。強制してしまったという意識があるのか、その声には謝罪の気持ちも含まれているように聞こえた。

「鈴木さんが気にすることないよ。最終的にやると決めたのは僕だから」

 一歩前に進み、きららの横に並び立った。

 相対するのは花梨ともう一人取り巻きの中の男性だ。今日の初めに花梨に茶々を入れ、尻を蹴られた男性で、花梨と非常に仲がよく見えた。きっとチームワークも抜群なのだろう。二人の間に無言の信頼関係を感じる。

 気を抜くと倒れてしまいそうなプレッシャーが達也を襲う。

 久しぶりの感覚だった。自分をさらけ出す感覚。学級委員長として、教室の前に立つことはあってもそれは達也ではなく、学級委員長という役だ。でも今は違う。達也個人として、この場所で多くの視線を浴びている。高校に上がってからは一度も感じたことのないこの視線に、達也の息がどんどん上がっていく。

「大丈夫」

 ふと手の甲を柔らかな感触が包み込んだ。横を見るときららがこっちを見て微笑んでいた。その頼もしさに、呼吸の乱れが少しずつ落ち着いていく。どうして彼女の声はこんなに落ちつくのだろうか。達也は前に向きなおす。

「いくよ」

 そして音楽が流れ出した。先攻は達也たちだ。まずはきららが花梨に向かって言葉を飛ばした。「アングラを気取ってる、仲間を囲って女王様気分だ」などと花梨を名指ししてかなり直接的にディスを繰り出した。

 花梨もそれに応戦する。「別に群れているわけではない、人望がないから群れたくても群れられないモテない女の僻み、嫉妬は見苦しい」と一切苦しい表情を見せずに綺麗にアンサーを返す。

 通常のルールならば達也のターンだった。しかし、感情に脳が追い付かない。このままでは言葉に詰まってしまう。

 そんな達也の様子を察し、再びきららが切り返す。そして花梨も負けじと応戦する。ハイレベルな攻防に達也と花梨のパートナーの男性は傍観者になりかけていたときだ。男性が言葉を放った。

「花梨にあるのはカリスマ性、お前に到底ないものだぜぇ。連れてる男もまじだせぇ。女に守られ話ができねぇ!」

 明確な達也へのディスだった。達也は言い返そうと思った。しかし、やはり言葉がでない。達也たちの番に一瞬の空白ができ、変な間が流れた。きららが咄嗟にフォローに入ったが、ほんのわずかの間が勝敗をわけるラップバトルにおいて、周囲に劣勢という印象を与えるのには十分な間だ。そして花梨たちはその一瞬を見逃さず、達也たちを追い詰めにかかる。言葉巧みに韻を踏み、きららをディスった。

「こいつのようなダサい男を連れているのはナンセンス、女としてもラッパーとしても私の方が上、先週のリベンジは百年早い、あんたには魅力がない! 頑張ったって無駄だ」と華麗にライムを展開する。

 その花梨のライムが達也の心に引っかかった。

 自分のことはいくら言われてもいいと思っている。それは事実なのだから。

 しかし、きららの頑張りを無駄というのは許せなかった。自分には技術も経験も足りていないのはわかっている。しかし、それでも見過ごせなかった。

 仲間が欲しいと言ったきららの寂しそうな横顔、一緒にやってほしいと言ってきた必死な顔。達也が一緒にやると言った後のあの嬉しそうな顔。

 長い時間を一緒に過ごしたわけでは決してない。しかし、GMBできららを見てからのこの数日でその本気度は痛いぐらい伝わっている。それこそ達也が羨ましくなるぐらいの本気度だ。その輝きを無駄とは決して言わせない。

 達也は拙い言葉で反論しだした。

「彼女の活動を無駄なんて決して言わせない。仲間がいて、環境に恵まれている人間には決してわからない努力があるんだ。僕のことはいくら言われてもいい。でも彼女のその頑張りを馬鹿にするのは許せない! それに連れてる人間でカッコいいかどうかを気にするなんてそれこそダサい行為だ!」

 全身の血液が心臓に集まってくる。一切酸素が供給されていない頭を必死に回転させ、無我夢中で言葉を紡いでいく。精査されていない言葉たちが堰を切ったように口から飛び出ていく。

 技術がない、やり方もわからないため、韻は一切踏めていない。フロウも無茶苦茶だ。まるで子どもの駄々っ子のように達也は思ったことをどんどん吐いていく。

「他人の評価で物事を決めないでくれ! それに彼女は魅力的だ! 予選は負けたけど、全国レベルの魅力だ! ……ええと、あほ、ばか!」

 最後はもはやなんの主張にもなっていない単なる幼稚な悪口になっていた。活舌もめちゃくちゃで、早口で、周囲の人間がまともに聞き取れたかどうかも定かではない。それでも自分のターンを達也は最初から最後まで駆け抜けた。

 そして花梨たちの番になった。困惑からか、先ほどの達也たち同様、一瞬の間ができた。そして気を取り直した花梨が口を開いた。そのときだった。

「……あはははははは!」

 花梨の口元が緩み、大きな声で笑い出した。こらえきれなかったといった様子でお腹を抑えながら声高らかに笑っている。周囲に笑い声が響き渡り、通行人が何事かとこっちをちらと見てくる。いまだ肩で息をしている達也の横で、きららが達也の肩を叩いた。

「田中君、最高だよ!」

 状況が全く読み込めない達也を置き去りにし、その笑い声は周囲に伝染していった。気が付けば達也以外の全員が笑っている。

「え、何……」

 怖くなって、きららに声をかけた。そんな困惑している様子を見て、花梨が口を開く。

「いや、ごめん、ごめん! 笑うつもりなんてなかったし、それに馬鹿にしてるわけじゃないんだよ。初心者だから当たり前なんだけど、韻もフロウもめちゃくちゃなのに、それでいて言ってることは正論で、的を射ててさ。あんた才能あるよ。それにあんた、自分を馬鹿にされても返さなかったのに。キキララちゃんを馬鹿にされたらすぐに怒ってさ。その実直さっていうの? それがなんだかすごく青春してて、何か笑っちゃった。でも本当に馬鹿にしたわけじゃないんだからね。圧倒されたっていう方が正しい」 

 花梨の言葉に周囲の男性たちもうなずいた。正直あれだけ笑われた後だとその言葉をすんなりと信じることはできないが、褒められているようだった。花梨に続いてきららも発言をする。

「わたしはそれに魅力的って言われて嬉しかったかな。田中君、普段そういうこと全然言わないからなんか本気の言葉って感じがして。あ、でも全国レベルは言いすぎ。思ってないでしょ!」

 さっきの言葉は何も偽りない本気の言葉だ。自分でも普段ちゃんと考えていないが、口から咄嗟に出るということは心のどこかでそう考えているということだろう。彼女のことをそんな風に考えていたとは自分でも驚きだし、何より本人に聞かれてしまったことを考えると凄く恥ずかしくなってくる。

「いや、どうかな……」

「ほら、言ってくれない! でもわかったもーん。そんなに魅力的かわたしは。えへへ」

 きららはご満悦といった様子で達也を上目遣いで見つめた。さっきそんなことを言ったからか変に意識をしてしまい、うっかり顔を逸らしてしまう。達也が言ったのはそういう話ではない。もっと内面の魅力の話だ。しかし、可愛い女の子に見つめられ、照れないでいられる程、達観もしていない。

「あはは、これは私たちの負けだわ」

 花梨が二人の様子を見て、言った。

「もう日も暮れそうだし、今日は解散かな。楽しかったよ、またやろうね」

「はい! こちらこそありがとうございました! あ、みなさんも! 本当に楽しかったです! またお願いします!」

 きららが周囲に向かって頭を下げる、達也もそれに合わせてペコと頭を下げた。

「あ、それから……田中君!」

 花梨が達也を呼んだ。

「え?」

「かっこよかったよ。ほんとに! キキララちゃんはいいパートナーを見つけたね。大事にしなよ。自分の苦手なことに逃げずに立ち向かえる男なんてそういないんだからね」

 花梨は達也ときららに向かってそう言ったあと、仲間を引き連れて駅に向かった。

 達也はぽかんとした表情で「ありがとうございます」とだけ返事をし、きららは「はい!」と達也を自分のパートナーと言われたことに機嫌をよくしたようで、元気よく返事をした。

「じゃぁ、わたしたちも帰ろっか」

 きららの言葉にうなずき、達也たちも帰路についた。

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