第7.5話 もっと上手くなりたい……(達也)
その日の夜、達也はなかなか寝付けずにいた。布団に入り目をつぶると、今日の興奮がよみがえってくる。あのサイファーでのバトル……いやバトルになっていたのかどうか自分ではわからないが、初めて行ったフリースタイルは……
(気持ちよかったな……)
無我夢中だったが、振り返ればあれだけ自分の意志を主張することは生まれて初めてだったかもしれない。勝敗なんて関係なく、きららへの侮辱を否定したい一心だったが、言いたいことは全部言えた気がする。これらの主張を韻を踏み、ルールにのっとって格好良く決めるのがフリースタイルの醍醐味であり、その気持ちよさは格別だろうと達也は思った。
(……はまる人が多いわけだ)
達也の中でフリースタイルへの一つの気持ちが芽生えつつあった。
(もっと、自由にできるのかな……)
きららや花梨が言葉を巧みに操る姿は非常に格好良かった。自分には到底無理だと思っていたが、今日、その世界の一端に触れ、もしかしたら自分もできるようになるかもしれないと思った。しかし、今のままではだめだ。
(もっと上手くなりたい……)
枕元の充電器からスマホを引っこ抜き、机に向かった。
こういうときサブスクリプションの音楽配信サービスはとても便利だ。きららから聞いた練習用のおすすめの音源を再生する。選んだのはバトル用ビートというプレイリストでインストゥルメンタルだけの音源だ。その音源に合わせ、今日のバトルで行ったラップをもう一度やってみる。しかし、全然合わずに言葉に詰まってしまう。何度も何度も繰り返し行った。上手くいくまで何度も繰り返す。
気づけば時刻は三時を回っている。もう寝ないといけないと頭ではわかりつつも、繰り返し行うラップが楽しくて仕方がなかった。試すたびに違う言い回しが出てくるし、音源を変えれば、また違った手法でアプローチをすることができる。どんどん重くなっていく瞼に逆らいながら、繰り返し達也は練習をした。ノートに思いついた韻を書いていく。
時刻が四時を回ったころ、とうとう達也の頭が机に沈んでいった。耳に入ってくる音源で脳内で韻を踏みながら、達也は夢の世界へ誘われていった。
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