第11話獄上の負傷
「べっ、ベルベル……怪我してんじゃん!!」
「ん? ああ、これか。先程勇者の聖剣を掴んだときの傷だ。いくら魔王の俺であっても聖剣を鷲掴みにするのは少し無茶が過ぎたか」
「な、なんでそんな冷静!? そこそこ血ィ出てんじゃん! すぐに手当てしないと――!」
「よい、捨て置け。この程度の傷、治療に十年もかからん」
十年。その気の遠くなるような年月をあっさりと口にしたベルフェゴールに、のえるはその顔を見つめた。
「聖剣でつけられた傷はなかなか厄介でな、この俺をしつこく苛み続けるためだけにこの世に生み出されている。普通の武器でやられた傷ならば一瞬で治療が完了するのだが、聖剣となるとそうもいかんのだよな……」
そう言い切った瞬間、いてて、とばかりに、ほんの僅か眉間に皺を寄せたベルフェゴールの表情を見て――のえるはあることを悟った。
この人は傷ついても痛くないわけではない。
痛みに慣れてしまったのだ。
この程度で済めばよい方だ――それを数百年も繰り返し続けてきたのだ。
なんだか、今更ながらにこの世界がどのような世界で、その片方の頂点にいる存在がどういう存在なのか、わかってしまった気がした。
これから十年、ベルフェゴールはこの掌の傷を、毎日、いつもいつも感じなければならない。
でも――それでもまだいい方の結果でしかない。
圧倒的によい結果などひとつも存在しない、それがこの世界の現実なのだ。
「そんなのって……」
ぐっ、と、のえるは握った拳に力を込めた。
「のえる――?」
「そんなのって、絶対ナシじゃん……! 酷いよ、ウチは絶対嫌だよ……!」
「ど、どうしたのえる。何を憤っている? 何がそんなに――」
「ベルベル! もうこんなことしちゃダメだよ! それは普通じゃないよ、絶対間違ってる! こんなナシなこと、ウチは絶対嫌だから!」
「ど、どうしたというのだ、急に何をそんな――」
ベルフェゴールがそこまで言いかけた、その途端だった。
あああああああ、という、気が触れたかのような絶叫が後方に発し、ベルフェゴールははっと背後を振り返った。
血、涙、洟水――その全てに塗れ、土埃と泥で二目と見られない顔になっている勇者タケルが立ち上がり、全身から凄まじい魔力を立ち上らせていた。
どうやら、敗北を受け入れる度胸すらないらしい小者勇者が、聖剣を大きく振りかぶり――ベルフェゴールに向かって鋭く
ふん、この期に及んでまだ悪足掻きするとは。
ベルフェゴールが右腕を掲げて聖剣を弾き返そうとした、その瞬間。
――自分の背後から飛び出してきた何者かが、あろうことか己の前に立ちはだかり。
まるで吸い込まれるかのようにして、飛んできた聖剣がその腹に突き立った。
一瞬、世界中の時が止まったかのようだった。
有り得べからざる光景を前に、ベルフェゴールは生まれて初めての戦慄に凍った。
「のえる――!」
「魔族に優しいギャル」――恋し浜のえる。
この戦争を終わらせるべき聖女の身体が――聖剣によって深々と貫かれていた。
◆
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