第8話獄上の優しさ
――その真っ直ぐな言葉は、たとえ
恋し浜のえるは全身を怒らせ、涙さえ浮かべながら、全身で勇者タケルを拒絶した。
「ベルベルは顔がいいだけじゃない! 声もいいし性格も超いいし!! 何よりウチにむっちゃ優しいもん!! ベルベルだけじゃない、魔族みんながみんなウチに優しいし! 人間に酷いことばっかされてきたはずなのに、人間であるウチだってみんな優しかった――! だからウチだって優しくするんだもん!! オタケル如きがみんなを馬鹿にすんなっ!!」
その言葉に、勇者タケルの目が今度こそ点になった。
「キモいキモいマジキモいっ!! 魔族のみんなと違ってオタケルは全然ウチの話を聞こうとしないじゃん!! ウチに優しくされたのに、ウチには自分勝手なことばっかり言ってくんのがマジキモい!! オタクどころか人の心がない欠陥人間じゃん! ウチはベルベルの側から絶対に離れない!! 死んでもオタケルのことなんか好きにならないから!! 死ね、死ね―――――――――――っ!!!」
その最後の「死ね」は、たとえ言われた本人ではなくとも、それを聞くものの心をザックリと断ち割るような
案の定――勇者タケルは
やがてその唇の端から、つつっ――と
あ、死んだ。勇者が死んだ。
魔王と戦ってもいないのに、言葉だけで死んだ。
魔族たちが、のえるのその言葉を聞いていた魔族たちが、次々に涙を流し、跪いて、のえるに向かって恭しく頭を垂れ始める。
生まれてこの方、人間に優しくされたことなどない魔族たちが――のえるの真心からの言葉に触れ、心をゆっくりと解き解されていくのが見えるかのようだった。
ベルフェゴールは――その光景に激しく心震えた。
魔族に優しいギャル聖女――のえるが、のえるこそが、伝説に
そう断じるのに何の疑いもない光景だった。
彼女は、彼女なら、魔族を愛し、魔族を慈しみ、この戦争を終わらせることができる。
古の伝説は、ここに真になった。
彼女こそ、彼女こそが――。
「ビッチ――」
不意に、地獄の底から響いてきたような恨みの言葉が聞こえたのは、その時だった。
ズリ、ズリ――と、まるで死体が意思を得て動き始めたかのように、ピクリともしなかった勇者の身体が、イモムシのように
「ビッチ、このクソビッチが――! おっ、お、おおおお、俺をからかって、オモチャにして遊んでたんだな――!」
ゴゴゴゴ、と、効果音が聞こえそうな程に、勇者タケルの身体から色濃く殺気と魔力が放たれ始めた。
その魔力の奔流は天を焦がし、大地を引き裂き、その場に居並んだ魔族を激しく怯えさせた。
「もういい……お前みたいな股ユルユルの腐れビッチを一瞬でも好きになった俺がバカだった――! 今も俺をただのオタクだと思ってるなら大間違いだぞ……! 俺は、俺はこの世界に来て、やっと本当の自分になれたんだからな……!!」
びくっ、と、のえるが身を固くして怯えた。
恨みの言葉を吐いて起き上がった勇者タケルの形相は――既に勇者のそれではなかった。
否、その形相の凄まじいことは、既に人間のそれでも魔族のそれでもない。
血の涙を流し、涎を吹き散らし、洟水を垂らし、毛という毛を逆立てて。
ただただ、身を焦がすかのような深い絶望と激しい怒りに突き動かされるだけの――化け物に堕ちていた。
「よくわかった――聖女のえるは堕落した! 勇者である俺ではなく、ちょっと顔がいいだけの魔族に
途端に、勇者タケルが持った剣が激しく発光した。
凄まじいほどの魔力――その魔力が形を成し、剣に集って巨大な刃を形成する。
「ビッチは死ね――! リア充はみんな死ね!! 自発的に死なないなら俺がどいつもこいつもブチ殺してやる!! ――うがああああああああああああああ!!」
もはや勇者のものでもなんでもない呪いの言葉とともに、勇者タケルはのえるに向かって剣を振り抜いた。
バチバチバチバチッ! という凄まじい音とともに迸った魔力の斬撃が地面を抉り、大気そのものを斬り裂きながらのえるに殺到する。
逃げられない。
のえるがぎゅっと目を瞑った、その瞬間――。
ゆらり、と――。
まるで夜の闇を吸いきったかのような影が視界を覆い尽くし――後は何もかもわからなくなった。
どれだけ目を瞑っていたことだろう。
のえるがふと目を開けると――目の前にあったのは、大きな影。
あまりにも巨大に見える影だった。
「獄上だ。曲がりなりにも勇者である存在が、あろうことか聖女を手に掛けようとするなどとは――」
嘲るような、その行動に呆れ果てるかのような、低く、凍てついた声。
いつの間に現れたものか、【焦熱の魔王】ベルフェゴール・リンドヴルムが――右手を盾のように構え、のえるの前に立っていた。
「だが、そうはさせん。勇者相手に立ちはだかるべき存在は、この地上にただ一人だけ――魔王以外にありはしないのだからな」
◆
ここまでお読み頂きありがとうございます。
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