第7話獄上の青春

「恋し浜のえるさん……だよね?」

「え、そ、そうだけど――誰? ウチ知らんし」

「おっ、俺だよ恋し浜さん! オレオレ、オレだって!」

「だから誰だよ! 知らん知らん怖ッ! マジ怖いんだけど!! 誰!?」

「あ、ああ、そうだった! 俺、転生したんだった! この顔じゃわからないよな!!」




 転生、だと? ベルフェゴールが眉間に皺を寄せると、勇者タケルは自分の顔を指差した。




「俺、タケルだよ! 綾里第一高校一年C組の、太田健! 同じクラスだっただろ!?」




 その言葉に、えっ? とのえるが考える表情になった後――はっ、と何かを思い出した表情で問うた。




「えっ、待って。まさか――オタケル君?」




 オタケル。そう呼びかけた途端だった。ぐはっ! とまるで吐血するかのような声を出し、勇者タケルががっくりと膝をついた。


 な、なんだ、なんで勇者はダメージを受けている? 


 困惑するベルフェゴールの前で、勇者タケルは剣にすがってようよう立ち上がった。




「そ、そうだよ、そのオタケルだよ……。だけどそれは転生する前の仮の俺のあだ名だ。今は勇者タケルって呼ばれてるんだよ……!」

「えっちょ、待って待って。意味わかんなくてますます怖いんだけど……!」




 のえるは激しく恐怖したような表情で後ずさった。




「だ、だってオタケル君、一年の二学期の時にトラックにかれて死んだじゃん……! 顔とかグチャグチャだったってウチの担任が……!」

「そ、そうだったの!? 俺そんな死に方したの!? うわぁグロっ――! だ、だから女神様はあんなことを――!」

「おい、待て勇者。貴様――会ったのか、創造の女神に」




 ベルフェゴールが問うと、勇者タケルが大きく頷いた。




「あ、会った。俺は召喚されたわけじゃない、この世界に転生したんだ! 前の世界で悲惨な生き方と死に方したから、可哀想だから勇者として転生させてあげる、代わりに勇者としてこの世界を救ってくれって――!」




 そういうことか。ベエルフェゴールは顔を歪めた。


 あの腐れ売女ばいため、とうとう勇者の異世界召喚をやめ、転生者を勇者に選ぶとは。


 つまり、あの勇者はこの世界の価値観に染まり切っていて、今までの勇者とは違い、魔族を殺すことを躊躇ためらわない。


 いよいよあの女神は魔族を殺戮さつりくするために手段を選ばなくなってきているようだ。




「恋し浜さん! そんな魔王みたいなヤツと一緒にいるな! 俺と一緒に帰ろう! ホラ覚えてるだろ!? 一回俺が授業中にノートの片隅に描いてたエロ絵、恋し浜さんだけはカワイイって褒めてくれたじゃないか!!」




 突然、勇者タケルがなんか妙なことを言い出した。


 そうなのか? とベルフェゴールがのえるを見ると、のえるは戸惑い全開の表情で硬直している。




「俺はあの時嬉しかった、嬉しかったんだ――! 転生前の俺は誰かに褒められたことなんかなかった! みんな俺をキモいキモいと蔑み、爪弾きにした――! けれど、恋し浜さんだけは受け入れてくれた! 俺の前世で唯一嬉しかったことがあるとするなら、あの瞬間だけなんだ!!」




 勇者タケルは涙目でそんな悲惨なことを言った。


 うわぁ、なんかしょうもないやつが勇者として選ばれたな。


 いくら魔王ベルフェゴールと言えど、今まで出会ってきた魔族たちにはそれなりによくしてもらった記憶があるし、同族にいじめられた経験もない。


 だからあんなに必死になってこの世界に縋ってんだな、可哀想な奴だ。




「俺、俺――恋し浜さんが好きだッ! 転生した今も、君が大好きなんだぁっ!」



 

 魔王そっちのけで遅れてきた青春を挽回しようとしている勇者は、涙目になり、洟水を垂らしながら叫んだ。


 ざわざわ、と、魔族たちが顔を見合わせる中、のえるは迷惑そうな、怯えたような顔でその決死の告白を聞いていた。




「あのときと違ってホラ、それなりに見られる顔になっただろ!? 今の俺ならどんな女の子にも優しくしてもらえる自信があるんだよ! 俺と一緒に来てくれ! そんで勇者と聖女として人間を守ろう! 魔族と戦おうよ! 俺たちでこの世界を救うんだよ! オタクにも優しかった恋し浜さんならきっとそれができる! 俺と一緒に帰ろう――!!」




 ハァハァ、と、勇者は全身で息をしていた。


 どうするんだ? と再びベルフェゴールがのえるを見ると……ひくっ、と、のえるの顔が引きった。




「いや……オタケル君と一緒とか、普通にムリですけど」




 ぐはぁっ! と、今度こそ勇者タケルは本当に喀血した。


 ビタビタ……と、乾いた大地に血が滴り、たまらずに勇者が地面に片膝をついた。




「だって……いくら顔がよくても、中身はオタケル君でしょ? つーか、今この状況でコクってくるとか、正直むっちゃキモいし。やっぱ中身はオタケルのまんまじゃん」




 ぐおおお!! という悲鳴が上がった途端、ベコベコォ! と勇者タケルが身につけた鎧が音を立てて凹んだ。


 なんだ? 何が起こっている? なんでたかが言葉で勇者ともあろうものにあれ程のダメージが?


 ベルフェゴールが困惑すると、のえるは更に言った。




「だいたいさぁ、授業中にエロ絵描いてるとか、常識的に考えておかしくね? 隣にウチいたじゃん。つーかさあの絵、確実にウチをモデルにしてたでしょ? 褒めなきゃムカつくからカワイイねって褒めただけだし。それだけじゃなくて、毎日毎日チラチラウチの胸とか脚とか見て――正直超キモかったんですけど。そんなヤツと一緒に帰るシュミないし。オタケルマジキモっ」




 ぐわああああ―――――――ッッツ!! と、クロコダインのような絶叫とともに勇者タケルが吹き飛び、地面に転がった。


 もうこれ、俺いらなくないか? のえるの口撃だけでもう再起不能のダメージではないか。


 俺、帰ろうかな……と半ば本気で迷っていると、「お、おのれ……!」という声とともに、勇者タケルがびっくりするぐらい膝を笑わせて立ち上がった。




「お、おい勇者、悪いことは言わん、今日は諦めて帰れ。そんなんでは俺と戦えぬだろうが……」

「だ、黙れ……! おっ、俺の聖女のえるを魔道に堕としておきながら、よくもいけしゃあしゃあと……! 貴様はやっぱり暴虐の魔王だ……!」

「はぁ? 意味わかんない。勇者だか敗者だか呼ばれてるからって調子乗んなオタケル。おめーがベルベルの何を知ってんだよ」

「聖女のえるはそんなこと言わない、聖女のえるはそんなこと言わない、聖女のえるはそんなこと言わない……! 今のは幻聴だ、魔王のまやかしの魔法なんだ……!」




 ブツブツとそう繰り返す勇者タケルに、魔族たちでさえ怯えた。


 こ、コイツ、自己暗示で今の言葉を聞かなかったことにしようと――!?


 魔王ベルフェゴールでさえその尋常ならざる気持ち悪さに顔をしかめた途端、勇者タケルが血の涙を流しながら顔を上げた。




「魔王ベルフェゴール……! 俺の聖女のえるを洗脳し、あろうことかオタクに厳しいギャルに仕立て上げるとは――! この俺にはこれ以上なく効いたぞ! だがもう効かない! 効かんのだ!! 何故なら、俺は前世ではみんなにこんな感じで気持ち悪がられていたからだ!!」

「う、うわ、立ち直り方が気持ち悪ッ……! お、おいのえる、お前の世界の人間はみんなこうなのか!? 獄上に気持ち悪いではないか!!」

「ふざけんなよ! ウチらの世界がオタケルのせいでドン引きされてんじゃん! 最悪! マジキモい! 帰れよオタケル!!」

「がああああああああああ!! 効かん!! 効かん聞かんで二倍の防御力!! きっと魔王が消えればこの罵声も、この状況も、何もかも消えてなくなるはずなんだぁ!!」




 うわぁ、コイツ本気で気持ち悪い――!


 ベエルフェゴールが今度こそ顔をしかめると、血涙と洟水とをダラダラと流しながら、勇者タケルが一歩前進した。




「うぉのれぇ、【焦熱の魔王】ベルフェゴール・リンドヴルム……! 何があっても聖女のえるは連れ帰るぞ……! そして絶対に結婚する、結婚するんだ! 貴様なんかに渡してなるものか……! ちょっと顔がいい、ちょっと顔がよくて、ちょっと力があって、ちょっと権力もあるだけでみんなからチヤホヤされてる、貴様のような穢れた魔族なんかに……!!」




 勇者タケルが呪いの言葉を吐いた、その瞬間だった。






「ふっっっっっっっっっっっっっざけんなよオタケル!! ベルベルや魔族をおめーみてぇなキモキモの実の能力者が馬鹿にしてんじゃねぇっ!!」






ここまでお読み頂きありがとうございます。

全三万字程度で本日中に完結します。



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そう思っていただけましたら下から★で評価願います。


何卒よろしくお願い致します。

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