第6話獄上の対峙
勇者。その単語に、のえるが息を呑んだ。
ベルフェゴールはのえるに近寄ると、有無を言わさずにその細い体を抱え上げた。
「うわっ!? べ、ベルベル――!?」
「ほぼ間違いなく、勇者の目的はお前の奪還だろう。悪いが一緒に来てもらう。いいか、これからは絶対に俺の傍を離れるな。何があろうとも俺の隣にいよ、よいな?」
「は……はひ――」
「ん? なんだその顔は? 熱でもあるのか?」
「い、いや、なんでもないです……」
何だか物凄く赤面し、縮こまっているのえるを不思議そうに見つめ、ベルフェゴールはトン、と床を蹴り、浮遊魔法で虚空へと舞い上がった。
そのまま、大混乱の様相を呈する中庭に降り立ち、静かにのえるを地面に下ろした。
「陛下――!」
「魔王陛下!!」
「聖女のえる様もお隣に!」
「おお、いよいよ魔王陛下と聖女様が揃ってご出陣だ! みんな喜べ!」
傷つき、押されていた魔族たちが一斉に
その喝采を右手ひとつで鎮めながら――ベエルフェゴールは土煙の中に
「【焦熱の魔王】、ベルフェゴール・リンドヴルムの下問である。恐れ多くもこの魔王城を騒がせる痴れ者よ、貴様は
ベルフェゴールの声に、ゆらり、と土煙が揺れ――中から、一人の青年が歩み出でてきた。
「初めまして、だな、【焦熱の魔王】ベルフェゴール・リンドヴルム。――人類の希望である聖女を誘拐し、魔道に堕とそうとする悪魔め! その野望、必ずやこの俺、勇者タケルが
如何にも勇者らしい、真っ直ぐな言葉とともに現れたのは、一人の黒髪の青年である。
ベルフェゴールやこの国の人間とは違う、どこか東洋人の面影を残す青年は、黒く太い眉の下の目でベルフェゴールを真正面から睨みつけた。
「ふん、勇者タケル――数年前にこの世界に出現したという異世界人か。この世界とは縁もゆかりもない存在である貴様が随分と張り切っているではないか。何ゆえにこの世界のために命を懸ける? この世界は俺を含めてわざわざ救ってやる価値などない、堕落しきった世界だぞ」
「黙れ! この世界は素晴らしい! 貴様のような暴虐の君主にわかるものか!」
勇者タケルは剣を構え直し、その切っ先をベルフェゴールに向けた。
「この世界は異世界人である俺を受け入れ、温かく迎えてくれた――どの人もどの人も、俺が死なせたくない人たちばかりだ! だから俺は戦う! 彼らを守るために!」
ああ、やはり勇者としてこの世界に召喚されるだけはある青年だ。
真っ直ぐで、熱くて、他に何も目に入っていいない。
この世界において人間を守るということは、魔族を殺すということと同義であると知らない。
己の信じる道を信じているから――どこまでも残虐になれる人間。
勇者として召喚される人間はそんな人間ばかりだ。
忌々しいものだと思っているベルフェゴールの横にいたのえるが――ふと、つんつん、とベルフェゴールの肩をつついた。
「ねね、ベルベル。今あの人、勇者タケルって言った? つーことは日本人ってこと? この世界と日本ってそんなイケイケになってるん?」
「あ、こら! お前は口を挟むんじゃない! これは勇者と魔王にとっては大事なシーンなのだ! シーしろ、シー!!」
「だってあの人はウチを取り返しに来たんでしょ? ウチが帰る気がないってわかれば帰ってくれるかもじゃん! ウチがまず話してみた方がよくね?」
「そ、そういうもんじゃないのだ! いいか、勇者と魔王というのは話し合いとかしないから勇者と魔王なのであってだな――!」
ベルフェゴールが慌ててのえるの口を塞ごうとした、その瞬間だった。
はっ、という声がどこかから聞こえた。
「恋し浜、さん……?」
――不意に、勇者のそんな声が聞こえ、ん? とベルフェゴールとのえるは同時に勇者を見た。
勇者の顔は――
先程までの闘気と覇気がまるっと霧散したような表情で、勇者タケルは恋し浜のえるを凝視していた。
◆
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