第7話
気づいたら病院ではなく、どこかの部屋だった。天井には豪奢なシャンデリア。まるでスイートルームような雰囲気だ。
わたしはベッドに寝かされていたが、どのような経緯を経てここにいるのか思いだせない。
待って。あわてないで。
落ち着いて順に思い出そう。
ヒカルと待ち合わせしていたのは覚えている。それから、素敵な男性店員が来て、そうしたら、羽を背中にはやした少年が目の前にあらわれて――そうだ、あの子! 変なことをされたんだった!
「イタ……!」
ズキンと大きく痛みが走った。ハッと胸に手をあてる。わたしはすべてを思いだした。
――ミズキ。ミズキは?
たった今、病院のベッドで抱き合っていた。
あれは夢だったの? それに、あの言葉は。
『好き。本当は、わたしもヒカルが好き。だけど、どっちかなんて選べない。ミズキが大切だから、絶対に本当のこと言わないよ』
あの不思議な声は、わたしのものだった。
バカ、バカ! あのときの誓いを思いだしてしまったら、ミズキに許してもらえない。どうして思い出してしまったの……?
「そんなの決まってんじゃん。おまえが望んだからだ」
「だ、だれ?」
ソファの端にあの金ピカ少年が座っていた。足を高く組み、いぶかしげな視線をこちらに向ける。
「だれとは、お世話さまだな。この店のオーナーだ」
彼はムッとした。
「おれ様の名前は、ちゃんとある。まあ、もっとも下界用で真実の名ではないけどな。聞いたって、どうせ人間には発音できないだろうし」
なんだか人を小馬鹿にしたような口ぶりだ。
「なんでもいいから教えて。名無しだと不便だもん」
負けずに言い返したら、彼はソファから立ち上がり、こちらに近づいてきた。そして、恭しくわたしの前に片膝をついた。
「マドモアゼル。あなたへの敬意のしるしに祝福を授けよう。我が名はアッシュ。位はアークエンジェルだ」
「ひゃっ!」
き、キスされてる……!
あまりにも突然のことに、頭の中が真っ白。
何も抵抗することなく、彼のくちびるを受け入れてしまう。
「よし、これでいい」
くちびるが離れると、アッシュは優雅に微笑んだ。
「おびえているのか? もう怖がらなくていいぞ」
「で、でもっ! キスされた!」
「キスぐらいでそんな顔をするな。性的な意味はまったくない。祝福のキスだぞ?」
「それでも、いきなりしないで。前もって言ってくれたら……」
「おとなしく受け入れたか?」
彼の問いに、激しく首を振って答える。
アッシュは、声を出して笑った。
「面白いやつだな。気に入った」
わたしのどこを気に入ったんだろう。
全然わからない
「そ、そういえば!」
彼の気をそらそうと、わたしは言葉を繋いだ。
「君、さっきわたしの心の中をのぞいたんだよね。わたしの心は土足厳禁なの。天使かなんだか知らないけど謝って!」
アッシュは、ひゅうっと口笛を吹いた。
「ああ、そうだ。おれ様はおまえの心にふれた。けど、少し違うな。解凍しただけだ。記憶までよみがえったのは、いわゆる副作用というやつだ」
おかしなことを言う子……。
でも、わたしはすでに理解していた。そう、これは普通じゃない。わたしの身に普通じゃない出来事が起こったんだ。
「人は誰でも、凍らせてしまった言葉、フローズン・ワードがある。それを見つけて集めるのが、おれ様たちの目的だ」
アッシュは話を続けた。
「フローズン・ワード? そんなの聞いたことない。なんのために?」
「知らないのはあたりまえだ。おまえら人間は好奇心が強すぎるから、世界のすべての理を知ることは許されていない」
「だけど今わたしが知ったじゃない。ぺらぺら話したのは、君でしょう? こんなことしていいの?」
「そうなんだよなあ。普通の人間ならば、おれ様たちのことやフローズン・ワードを覚えていない。すっきりした顔でメシ食って帰るだけってのに。こっちが聞きたいくらいだ」
「何が言いたいの?」
「いや、別に。深い意味はない。おまえが、へんてこりんな人間であると証明されたけだ」
アッシュは立ち上がり、部屋のドアのところまで行った。「ああ、そうだ」と声をあげて振り返る。
「おまえの連れが来たぞ。あの、ヒカルとかいうやつ」
「えっ、ヒカルが?」
「記憶がよみがえった今となっては、伝えたい言葉があるんじゃないのか? 言っとくけど、今回だけ特別だからな。ホントだったら、おまえの記憶ぜんぶ奪っちまうところだったんだぞ。慈悲深いおれ様に感謝しろよ、アカリ」
パタンと扉がしまった。
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