第6話
ミズキの部屋はすでに照明が消えていた。カーテンのすき間から明るい月の光が差し込み、話をする分には十分だ。
「アカリ、来てくれてありがとう」
わたしが来るのがわかっていたみたい。学校で会うのと同じように、ミズキはニコニコ笑っている。だから、わたしも、いつもと同じように声をかけることができた。
「ミズキ、具合はどう……?」
「ただのスリ傷だから。一応、脳の検査のために入院しただけなの。何も問題がなかったら、すぐに退院できるって」
闇の中にポッカリと白く浮かぶ、その姿はとてもはかなくて、今すぐにでも消え入りそうだ。
「そっか、よかった。なんか、あの、さっき聞いたばかりでびっくりして……」
大きな二つの黒い瞳がわたしをジッと見つめている。
その瞳の中に何もかもを見通すような光を見たような気がして、思わずわたしはミズキの手を取った。
「ミズキ、ゴメンなさい! わたしが家までミズキを送っていたら、こんなことにはならなかったのに……」
すると、ミズキはわたしの手を握り返した。
「事故に遭ったのは、わたしがうっかりしていたからだよ。アカリが気にすることじゃないって。それにね、ちょうどいい機会だったんだ」
「ちょうどいい機会?」
「あのね、わたし、学校をやめるの。お父さんの仕事の都合でアメリカに行くことになったのよ。だから退院したあと学校には戻らずに、このまま消えようと思ってる」
「なんなのそれ……消えるって……ウソ、ウソだよね」
だけど、ミズキはゆっくりと首を横に振って、わたしの願いを否定した。
熱い涙がシーツの上にぼろぼろと落ちた。
「ヒカルは。ヒカルは、どうするの? 勉強がんばっているのに」
「もちろん、ちゃんと話すよ、ヒカルには……」
ミズキの声が震えた。
「わたしこそゴメンね、アカリ。アカリの気持ちに気づいていたくせに、ヒカルにボディガードを頼んじゃって。おつきあいしているフリをしているうちに、わたしも好きになっちゃって、なかなか言いだせなかったんだ。ズルをして本当にゴメンね……」
「ミズキ、ミズキ……!」
暗い部屋で二人、わたしたちは一緒に泣いた。お互いの肩に頭を乗せ合って。
――神様、これは罰ですか。わたしがウソをついた……。
こんなふうに別れの時が来るなんて思わずにいた。ずっと、ずっと一緒にいられると思っていた。たとえ同じ人を好きになったとしても。
それなのに。
「わたし、ヒカルなんか好きじゃないよ。ミズキとヒカルがおつきあいしていてもかまわないよ。だから、消えるなんて言わないで……!」
強く強く、胸の奥に何か得体のしれないものが生まれるのを感じる。
『好き。本当は、わたしもヒカルが好き。だけど、どっちかなんて選べない。ミズキが大切だから、絶対に本当のこと言わないよ』
表には出さず、ずっとずっと胸の奥深くに沈める、この思い。二度と思いださなくてすむよう自ら凍ってしまえ。誓いの言葉ごと全部、まるごと飲み込んで。
そうしたらきっと、生きていける。わたしの罪さえ思いださなければ。
そのとき、とつぜん暗闇が濃くなった。
ミズキの姿が消えていく。
手がするりと解け、感覚さえなくなり――わたしは無になった。
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