第5話

 家の電話が鳴って受け答えをしたのは、お母さんだった。

「アカリ、ミズキちゃんが……!」

 受話器を置いたお母さんは、今まで見たことがないほど厳しい表情だった。

「お母さん? ミズキが何?」

 事の重大さを感じたけれど、まるで見当がつかない。

 ワケがわからないまま連れてこられたのは、街で一番大きな総合病院だった。

 無人の窓口を通り過ぎ、エレベーターで三階に行く。ナースステーションで受付をしたら、お母さんは震えるわたしの肩を抱いた。

「落ち着いて、大丈夫だから。ミズキちゃん、たいしたケガじゃないから安心しなさい」

 家を出る前とは打って変わって、意外なほど落ち着いたお母さんの声。

「よかった……」

 わたしはホッとした。

 そうとわかったら一刻も早くミズキに会いたい。

 だけど、お母さんは眉を曇らせた。

「ミズキちゃん、自転車にぶつかってケガをしたの。でも、ミズキちゃん、だんまりで……。仲のいいアンタに聞いてもらえれば、何か話してくれるんじゃないかって、ミズキちゃんのお母さんから相談の電話だったの」

「どういう意味……? お母さん、全然わかんないよ」

 なんだかイヤな予感がする。

 お母さんは、わたしを地べたに突き落とすような一言を言い放った。

「ストーカー」

「えっ?」

「アカリには言ってなかったけれど、ミズキちゃんストーカー被害にあってたの。一人では絶対帰らないように言い含めてたのよ。なのに今日は途中から一人で帰ってきたらしくて。それで今回の事故でしょう。関係していると事が事だから、急いで来たのよ」

「そんな、そんな……」

 まさか、まさか。わたしと別れたあと一人になったミズキを狙って? 追いかけられて逃げたミズキが、誤って自転車の前に飛び出してしまったんだとしたら……。

 全身の血が凍りついた。

 もし一緒に帰ったのが、わたしじゃなくてヒカルだったら、ミズキを一人にしなかったはずだ。家まで送り届けたに違いない。そうしたらストーカーも手出しができず、ケガをしないで済んだはず……。

 そうだ。わたしがウソをついて、ミズキとヒカルを引き離した。ミズキを一人にしてしまったのは、わたしのついたウソが原因なんだ……。

 こんなはずじゃなかった。ちょっとした意地悪のつもりだったのに。

 ヒカルの真剣な横顔を思いだして、わたしはくちびるを噛かんだ。血がわずかににじんだようで、口の中に鉄の味が広がる。

 川の水底に沈んだ小石のように、自分も沈んでしまえたら。そう願わずにいられなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る