第2話

「ご主人様、強引すぎます! ムリヤリ解凍してしまっては彼女が壊れます……!」

「おれ様を誰だと思っているのだ、ランドルフ? そんなヘマするものか」

「ですが、天使長様がおっしゃっていたではありませんか。人間は弱いのです。時には優しく、時には真摯に、次の段階へ導いていかなければならないのだと……」

「ああ、もう! うるさい! 下僕の分際で! おれ様は気が短いんだ。さっさとフローズン・ワードを集めて天界に帰りたいんだよっ」

 天使、神……?

 奇妙な会話が続いていたけれど、途中で聞こえなくなった。


 なんて気持ちがいいのだろう。

 ユラユラと揺れて、お母さんの子宮の中に帰っていくようだ。

 少年が作りだした光の球体にゆっくり溶けていくのがわかる。手も足も何もかも残さずに消えていく。

 なぜだか今のわたしにとって一番正しいことのような気がした。


***


 暗闇の中から、わたしを呼ぶ声がする。

「アカリ、アカリ!」

 辺りがザワザワと騒がしい。なんとなく懐かしい空気を感じるけれど。

 ぼんやりしていた意識がハッキリしてきた。永い眠りから覚めるように、徐々に視界が明るく広がっていく。

「寝てた?」

 学校の制服姿の女の子が笑っている。

 わたしは驚いて彼女の顔を凝視した。

「あ、え……と、ミズキ?」

 まさか、そんなはずは。

 けれど、わたしの前に彼女がいた。小学生の頃からの大事な親友。高校までずっと何をするのも一緒だった彼女が。

「おかしなアカリ。早く衣装を仕上げないと間に合わないよ」

 ミズキは首をかしげる。

「衣装……?」

 不思議に思いながら下を向くと、膝の上にサテンのようなキラキラした長い布が置かれていた。そこでやっと、自分が何をしていたのか思いだした。

「学園祭の準備をしていたんだっけ……」

 高校生活最後の文化祭を迎え、推薦で一足早く受験勉強から解放された生徒たちは、手伝いが必要なところへかり出されていた。わたしとミズキも、演劇部OBとして衣装作りの真っ最中だった。

「シッカリしてよ、本番は明日だよ」

「うん、ゴメン……」

 あやまったものの、正直なところ現実感がなかった。まるで借り物の器の中に魂が入っているみたい。こんな違和感、今まで感じたことがない。どうして?

「いた……!」

 鋭い痛みが走った。ぼんやりしていたせいで、針を刺してしまったのだ。人差し指の先に赤く丸い粒が浮かぶ。

「大丈夫、アカリ?」

「えへ、ドジっちゃった」

「消毒! 保健室に行かないと……!」

 ケガをしたのはわたしなのに、ミズキの顔はひどく青ざめていた。

 そういえばミズキは、血に弱いんだったな。

「こういうことがあるかもと思って、ばんそうこ持ってたんだった」

 ペロッと舌をだして笑う。

「手を洗ってこなくちゃ。わたしも行こうか?」

「ううん、一人で平気。すぐ戻るね」

 わたしは教室を出た。

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