第5話 当て馬

「僕と付き合ってくれませんか。」


 これは勝が中学3年の夏の話。

 勝は緊張を押し殺し、いつも通りを意識して。しかし、この一瞬が永遠に感じるほどに長く感じる。


「うーん、ちょっと待ってもらってもいい?」


(…え?)


 てっきり答えは「はい」か「いいえ」だと身構えていた。なので予想外の答えに面を食らってしまう。

 しかし、告白は突然のものだから、考える時間が必要なことも多いのかもしれない。そう思いすぐに動揺を隠す。


「待つって、、、どのくらい?」


「2週間後にまた返事するよ!」


 告白をした相手、中田恋は少し長めの期間を提案する。


「わかった、じゃあその時はよろしく」


 動揺を隠すため、その場ではよく考えないで了承をする。


 そして恋と分かれ、1人で冷静に考えてみると押し殺していた感情が溢れてくる。


(2週間って長すぎるだろ!脈があるから保留ってことなのか?それかただ突然だったから考えたいってだけなのか?)


 緊張からの解放感と不安と期待と、それを抱えて2週間も待たなければならなくなったという後悔だ。


 恋と勝は席が隣になったことがあり、そこそこ話すようになった。しかし脈があるかどうか、なんてさっぱり見当が付かなかった。



 時間は流れ3日後、昼休憩の時に中田恋と男女のグループの会話を偶然盗み聞きしてしまう。


「草野くんの告白どうしようかなー」


 どうやら友人達にこのことは共有されていたようで驚く。


(振られたら、そのことがこのグループに伝わるのか)


「恋またその話かよー」


「付き合ってもいいんじゃない?悪いやつじゃなさそうだし、頭もいいし。真面目すぎるかもしれないけど」


「でも、まだそんなに仲良くないし…」


 自分があまりよく知らない人にそんな評価をされるのが気持ち悪く感じる。そして、そんな会話に一喜一憂してしまう。


 けれど、恋の会話を聞いてると、どこか違和感を覚えるが、この時はよくわからなかった。

 それがとても気になり、良くない事と感じながら、このグループの会話を見つからないように聞きに行くようになった。



 そして告白から10日経って、このような会話を何回か聞き、嫌でもその違和感の正体がわかる。


 それは、恋はこのグループにいる、ある男子に気があるんだろうということ。

 恋は告白を悩む素振りを見せながら、自分の理想な彼氏像を言っているように見えて。


 そしてそれを聞いている間、自分がとても小さく感じる。

 不安と期待による高揚感が少しずつ薄れて、諦めと恥辱が体を巡っていく。


 そして耐えきれなくなり、恋が1人になったタイミングで言う。出来るだけ早口で、でも聞き返されないようにしっかりと。


「前、告白したことは忘れてくれ」


 そしてすぐにその場を離れる。その時の恋の顔を思い出すことができない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る