第16話 アッシュの過誤

ヘイムダルの圧倒的な強さに絶望したとき突如来てくれたマーガレットが救世主に見えてしかたなかった。

思ったより彼女は強いようで、メインスキルこそないものの古式魔法はかなり腕前だ。きっとあのマザーに徹底的に鍛えられたのだろう。


「来てくれて本当にありがとう。この傷もすっかりもう元通りだよ」

「いえいえ!…それで、作戦はあるんですか?」

「あぁ、一応はある。ゼラさんが前に俺にやってくれたエルフの古の魔法”クオリア”を俺に使ってくれ。君なら俺の体にわずかに残っているアッシュの魂の残影を探し出して俺と対話させられるはず。」

「無茶です!あれは本来敵を廃人にさせる精神攻撃の魔法です、。最初からゼラさんはあなたを殺そうとしていたんですよ?!」

優しかったはずのゼラさんの本性を知ってしまった気がした。聞かなきゃよかったと思う反面、疑いが確信に変わり覚悟を決めた。


「第一、小次郎さんは自分の魂だから対話できたものを他人の、しかも憎んでるかもしれない相手と対話するなんて…。自殺するようなものです!」

「君はどう思うんだ?アッシュは俺を殺すと思うか?」


俺がそう聞くと彼女はしばらく黙って清々しい表情で言った。

「アッシュなら小次郎さんを信じて託してくれると思います!」

「ありがとう。そうと決まれば俺はあいつを全力で足止めするから魔力をため込んで全力の拘束魔法をあいつにぶつけてやれ。そしたらその間に俺にクオリアを発動させるんだ。  精神世界は物理的な時間は流れていないから数秒だけ拘束できればそれでいい。」


「お話は終わったかな?そろそろ行かせてもらうぞ」

「どこまでも上から目線な奴だなぁ!糞野郎がぁッ!|指豪嵐銃(ゼファートリガー)!」

手の指を銃の形にして指先から風魔法を高圧力で飛ばした。ヘイムダルは簡単に斧ではじいてしまった。


「糞野郎?私が君に何をしたのだね?」

「なにもしてないのが問題なんだよ。お前はこの世界の腐った部分も全て見てきてそれを救える手段と十分な魔力があるにも関わらず、何もしなかった!たくさんの人が死に、悲しみ、苦しんできたのになにもせずただここでずっと見るだけ。クズもいいところだ。」

「君はわかっていないようだね。虫たちが捕食し増殖しても見るだけなのは当然だ。手を出すのは毒牙を我々に向いてきたときのみ。そしてそれが今だ!」

横に斧を二回大振りして光の斬撃を二発飛ばした。


「|常盤岩威(トキワギ)!」

両拳を地面に叩きつけて岩魔法で厚い壁を出して斬撃を防御した。俺は両手を岩で覆い打撃メインの物理攻撃に切り替えた。相手がパワー重視ならこちらもそうする。

「力比べか。岩の魔法で再生の防御と力を増しても私にはかなわないぞ」

「それはどうかな?切り札はまだまだあるんでね!」

俺はヘイムダルに殴りかかったがあいつは斧をその場に刺して置いた。拳と拳で俺と戦うつもりのようだ。


見た目通り、いやそれ以上のパワーだ。殴っても互いの拳が当たってこっちの岩の拳が砕けてしまう。咄嗟にまた岩魔法で覆っても絶え間なく崩していく。このデカブツはちっとも動かない。

「無駄だということが分からないか!」

「分からないから力尽くで分からせてみろ!|零電磁(レイボルト)!」

岩の手から雷魔法を放ち、近距離でヘイムダルに攻撃を当てられた。


「これは少し応えたが、神の身体は君たちとは少し違ってね」

雷撃を与えた肩の傷はみるみるうちに再生してしまった。

「とんだ化け物だな、」

「小次郎さん!準備OKです!」

マーガレットがそういうと俺は水魔法を発動した。

「|大水体蛇(アクアヴァイパー)!」

俺は体を水化させてヘイムダルの体に絡み拘束した。


「今だ!俺ごとやれ!」

「|険悪なる宵月(グリムノーチェ)!」

前より一層大きな闇拘束魔法を俺たちに向けて放った。

俺は直前で転移して拘束を逃れた。


「ありがとう。あいつが起きないうちにやっちゃおう。」

「えぇ。そこに座ってください。結界を張ってクオリアを使います。」

俺は彼女の前に胡坐になりマーガレットはすぐに結界を張った。

「さぁ、準備はいいですか?」

「あぁ。そっちは?」

「いつでも大丈夫です。やりましょうか。」

「クオリア!」



目を開けるとアッシュの精神世界にいた。この前の星空のような空間ではなく、エルフの里で行った孤児院のようだ。

「ここは…今にも子供たちがたくさん来そうなところだな。」

「何をしに来たんだ。ここはエルフの住む地だぞ。」

目の前に俺にそっくりな少し貧しそうな恰好をして耳の尖った青年がいた。


「君が…アッシュだな。ハンサム顔ですぐわかったぞ。」

「今すぐ出ていけ人間。俺の体を汚らしい種族に変えただろ。」

少し暗い顔をしている。頬もゲッソリして猫背になっている。孤児院で見た写真とは大違いだ。

「変えたのは俺じゃない…お前、傷ついてるんだな?」

「あぁ!!そうだ!お前が全てを奪ったんだ!」

彼は俺に大きな声で怒鳴った。


「お前がこの世界に来たせいで、俺の人生も誇りもなにもかも全て奪われたんだ。分かるか?奪われた側の気持ちが…」

アッシュは泣き目になっている。俺はこういう風にはなったことないから不思議な感覚だが、彼の悲しみと怒りが魂に直接伝わっていくような感覚だ。

「好きな女も、幸せな生活も、未来も、エルフとしての誇りも…ある日突然無くなったんだ。人間の貧民街で生まれた家族のいない俺を、マザーたちは助けてくれた。このエルフの里に連れられて友達も家族も彼女もいて幸せだった。でもある日突然俺をエルフの誇りを捨てた愚か者がさらった。そして目を覚ますとここにいたんだ…。なにもかも失って、ずっとここで傍観することしかできない…。」

アッシュは泣きながら俺に訴えかけてきた。


「ここにきて嘲笑おうってのか?このまま、一人にもさせてもらえないのか?頼むよ…もう、これ以上俺を傷つけないでくれ…。」

「…すまない。俺はこの場所を奪う気はない。」

俺は孤児院の中を少し歩いた。

「ここにはあの写真はないのか?」

「なんだ、それは…。なにを言っているんだ」

「君は俺が孤児院に行って治療してもらったとき、気づいてもいなかったのか。玄関には君との写真が飾ってあった。」

「写真一枚がなんだっていうんだ!!」

「一枚だけじゃないぞ。君とマーガレットとの写真に、孤児院の子供たちの集合写真、君たちが遊んでる写真も。それに君との思い出の品物がそこにはたくさん並べてあったぞ。」

「…それがなんなんだ」

「…その思い出の数々は不思議なことに埃が全く無かった。毎日毎日、君を想って掃除していたんだ。俺の姿を見たマーガレットやマザーや子供たちは、悲しんだ顔じゃなく家族が帰ってきたかのような顔をしていたよ。あいつらは毎日君を想って、信じていたんだ。君なら生きてまた帰ってくると。」

彼の表情が変わった。俺の言葉は彼に届いているようだ。


「かたや君はどうだ?…この精神世界は、君の魂に基づいて作られている。あそこの花壇やこの壁にある子どもたちの身長記録から見るに、俺が孤児院に治療したときの景色に更新されている。あの時ちゃんと俺と一緒にここを見ていたんだ。なのにあの思い出たちだけは見ていなかった。つまり、君は自分がもう忘れられていると決めつけていた。もう自分はもういない、全て奪われたと思い込んだんだ。」

「そんな…でもあいつらは」

「マーガレットたちは君が俺の中のどこかで生きていると信じていた。魂は肉体と違って不滅だ。滅多なことがない限り消えやしない。そして思い出もな。」

「俺は、間違っていた、。信じてくれた、信じるべき相手を信じることができなかった…。」

アッシュはとても暗い顔をしてうつむいている。


「君は俺の中にいて、俺とずっと生きている。その事実は変えられない。でも君と俺の大切なものを守ることはできる。君のスキル|調律者(レギュレーター)と俺の|盗賊(バンディット)スキル、そしてあの|神律眼(しんりつがん)があれば敵はいない。本当に奪われた側の人間を救うことができるんだ、どうか俺に君のスキルを使わせてくれ。」

「俺なら…俺たちなら、全て救えるんだな。約束してくれ、この世に蔓延る不平等や理不尽を正すと。」

アッシュの表情が明るくなった。

「あぁ、約束する。やろう!俺たちで!」

俺はアッシュに手を向けた。

「あぁ!!」

彼は俺に応えて手を握ってくれた。そしてその瞬間に暗い色だったこの精神世界が鮮やかになり、俺は目を覚ました。

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