第26話
週が明けて、学校へ着き教室に入ると相変わらずクラスメイトからの痛い視線を食らった。
私は彼らの視線を無視して席に着く。
「朝のホームルームを始めます。皆さん席に着いてください」
そう言って教室に入ってきたのはこの学校の教頭先生だった。
帆南先生や楓奏が言うことが本当ならこの男こそ腐った教師達の大元で、最も頼りにならない教師だ。
私は教頭のことを睨みながら連絡事項を聞いた。
彼は分かりやすく私の方を見ながら「喧嘩が横行しているから辞めるように」とか「担任教師を勤めていた時任先生が急遽辞めてしまいました」と話した。
朝礼の最後、彼は「綾辻さん、話があるので来なさい」と私を呼び出した。
私はビクッと震えてしまった。そんな私の様子を見た楓奏が慌てて立ち上がり抗議した。
「先生そうやってまた愛梨に暴力を振るつもりですか!」
「さあ、何のことかね」
教頭は白々しくとぼけた。
クラスメイト達は何を言っているのかという顔で楓奏の方を見ていた。
「みんな、愛梨のその怪我は担任教師だったあの人につけられたものなんだよ!あの人が辞めたのだってそのせいなの!なのに教頭は学校の体裁を保つためにそれを隠蔽しようとしたの」
楓奏はそんなクラスメイトに答えるように彼らに向けて声を張った。
教室内に戸惑う声が聞こえ始めた。
「君はさっきから何を言っているんだ」
クラスメイト達の視線が私の方に向いた。真実を知りたいという目だ。
多分私が楓奏の言うことを真実だと告げたところでそれでも教頭はシラを切り通すだろう。
「私、あの日教頭先生に裸を見られました」
だからまずはクラスメイトの同情を買うところから始めようと思った。
「教頭先生は保健室のベッドの上で私が治療されている途中だというのにお構い無しとばかりにカーテンを開け中に入ってきました」
「だからなんだと言うのだ。君のその貧相な身体を見た所で私は何も思わん」
クラスの女子達は教頭のその態度に顔を顰めた。男子達は私の方を向いて何かを考えたようで顔を赤らめていた。
「大体君は身体中に包帯を巻かれていただろう。何をそんなに気にすることがある」
「年頃の女子はそういうの気にするんですよ、先生」
教頭のその発言は私の裸を見たと認めてしまったようなものなのだが、本人は特に気にもしない様子だった。
クラスの女子達が教頭を睨みながら私の一言に全力で頷いていた。
「私は先日担任教師だった男から暴行を受けました。蹴られ殴られ首を絞められて殺されそうになりつつも何とか逃げた私は、更に背後から蹴り飛ばされて窓ガラスに頭をぶつけました」
クラスメイト達は私の話に息を飲んだ。その光景を想像して口を押えた者もいた。
「楓奏や養護教諭の帆南先生のお陰で迅速な措置が取られ、私は保健室に運ばれました。そしてさっき言ったように教頭先生は保健室を訪れ、私の治療中であることなど構いもせずカーテンを開き、ただ一言『周囲に障害沙汰を悟られてしまうから救急車は呼ぶな』と帆南先生に言って立ち去ったそうです。私は帆南先生の車で病院に連れて行ってもらいました」
私の独白を聞き、教頭は次第に顔を強ばらせていった。
「怪我人がいるのに救急車を呼ばせないなんてありえない」
「ね、綾辻さん可哀想」
「学校の体裁守るためとか言って、それでもし綾辻が死んでたらどうしてたんだよ」
「最低だよね」
「ほんと、大人って汚い」
クラスメイト達は口々にそんな風に言った。
「みんな他人事みたいに聞いてるけど、これって私達に何かあった時もこういう対応取られちゃうってことじゃない?」
そしてとある女子がそう言った時、教室内が静まり返った。
彼女は私の元に寄ってきた。
「今まで酷いこと言ってごめんね。私綾辻さんが今まで何を思って喧嘩をしていたのか、少し分かった気がする」
彼女はそう言って教頭を睨んだ。
すると彼女の言葉に一人また一人とクラスメイトが私の元へと寄ってきた。
「なんだその反抗的な目は。教師の言うことに従えないクズどもめ。お前らクズがどれだけ束になって反抗しようが私は構わん。その代わり全てお前らの内申点に響いていくだけだからな」
そう言って脅迫紛いのセリフを残して教頭は教室から出て行った。
内申点は高校入試で合否をも左右するプロフィール代わりにもなる大事な物だ。それを人質に取られているのだと気づき、クラスメイト達は絶望した。
私の喧嘩に巻き込んでしまったせいで彼らの将来が潰れてしまうのは私だって嫌だった。
「みんな、ありがとう。私は大丈夫だから。みんなは自分の将来を大事にして」
そう言って私は教室を出た。
職員室に辿り着いた私は教頭の元へ行き、頭を下げた。
「先程はすみませんでした」
そう言って謝った。下げていた頭を上げた途端、教頭の分厚い掌が私の顔を叩いた。
近強いその一撃に思わず体勢を崩して倒れた私は教頭に見下ろされ力強く何度も何度も踏まれた。
「調子に乗るなよ、この小娘が」
そう言った彼に顔を踏まれそうになった時だった。
一人の生徒が割って入ってきて教頭の顔を思い切り殴った。
そしてそれはそこで終わらず何人もの生徒が教頭を囲った。羽交い締めにされた教頭は複数人に何度も何度も殴られ終いには気絶した。
「私達はもう綾辻さんの味方だから。だから一人で戦おうとしないで、私達を頼ってね」
「そうだよ、愛梨ちゃんはもっと人を頼らないと!」
「みんな、ありがとう」」
強くなろうと決めた私はクラスメイトという強い味方を作った。そして敵の大元を排除する算段は既に整っている。私は楓奏に合図をしてからクラスメイトに引きずられ、保健室へと連れて行かれた。
「……あら、また保健室に来たの?」
クラスメイトの一人に保健室に連れてこられた私は帆南先生から呆れ顔を向けられた。
「ええ、まあ」
私は笑いながらそう答えた。
連れてきてくれたクラスメイトに礼を述べてから帆南先生にベッドへと連れて行かれた。
手当てをしてもらいながら週末で両親と話し合ったことやその後に移した行動。そして今日起きたことを話した。
「……なるほどね。教師が頼れないならクラスメイトを味方につけて行動する。確かに効果的かもね。同じ立場にある彼らを味方につけておけば本当に困った時助け合えるもの」
「はい。まあ頼ったのはクラスメイトだけじゃないんですけどね」
そう言った直後、私の携帯電話が鳴った。父からの連絡だった。
「帆南先生、少し協力してもらいたいことがあるんですけど……」
手当てが終わり次第、私は帆南先生に合唱をして謝罪のポーズをした。
彼女はキョトンとした顔をして首を傾げた。私は彼女を連れて職員室へ向かった。
校内には警察車輌が押し寄せていた。
職員室で倒れていた教頭は手錠を掛けられて拘束され、その他の教師達も事情聴取の為にと連れて行かれた。
帆南先生はそんな現状を見てハッとした顔をした後に軽く私を睨んだ。そして呆れ顔をした後に「これ、貸し1だからね」と言い残して警察に連れて行かれた。
両親に向けて強く生きることを堂々宣言した翌日の金曜日、吉野が家を尋ねてきた。わざわざ学校を休んで見舞いに来てくれたらしい。
両親は微笑ましそうに彼を見ていた。私にはその笑顔の意味は分からなかったけど。
話を聞いた吉野は色々と考えてくれた。
まずは警察官である父に元担任教師である男を探すよう、私には楓奏に連絡を取るように言った。
この時間なら部活で学校にいるはずの楓奏は何故かすぐに通話に応じた。
楓奏に一言言って携帯電話を吉野に渡した。
彼は一言自己紹介のようなことをして何か話したあとで父に携帯電話を渡していた。
私も話に混ぜて欲しい。
その後通話を切った父は私に携帯電話を返してから自分の携帯電話で何処かに電話をして慌てて家から出ていった。
母はご飯を作りながら成り行きを見守っていた。私は舞菜を抱っこしながら何が起こっているのか、説明を待っていた。
その晩、帰ってきた父が全てを説明してくれた。
吉野と父は楓奏を経由して検事をしている楓奏の父親へ連絡を取っていたらしい。
番号を聞いた父は手嶌父の指示に従い警察署へ向かい、時任の居場所を突き止めてきた 、という訳だった。
明日の内に何とかして男を確保し、供述が取れ次第学校側の起訴に入る、という流れなのだと教えてくれた。
よっぽど私への暴力を振った男に対し頭にキていたらしい父は迅速な動きを見せた。
翌朝、「確保し次第連絡をする」私に一言言ってから家を出ていった。
そして
父が確保した時任はあっさりと全てを吐き、父から多少痛めつけられてから警察署へ送られた。
その他確保された教師達からも貴重な証言が取れた。
『教頭は時任に対し「学校の顔に泥を塗らないため」と退職届を書くように指示し、今回の件をお咎め無しとしていた。
全教師に向けて箝口令を敷いていた。
綾辻 愛梨という女生徒を退学処分として処理しようとしていた』
という話だった。
その日急遽授業が全て中止となって生徒は全員家に帰るように言われた。
一週間後、学園の理事から全生徒へ通達がなされた。
県教育委員会は臨時の措置として、新年度に入るまでの半年の間は在宅学習期間とし、それ以降は最寄りの中学校への通学が出来るようにしてくれるらしい。
同時に県内全ての学校において校則等の規則について、現代の価値観を取り入れつつ見直していく方針なんだそうだ。
在宅学習の期間を得た私は良い機会だと思い、自分の身を守る術を身につけるためにと父の勧めで合気道を習い始めた。
家を尋ねてきた帆南先生は私の顔を見るなり「警察署へ連行されるなんて二度とごめんよ」と、そう言って私を言い詰めてきた。私は彼女に何度も頭を下げた。
彼女はこのまま市内中学校の養護教諭として残ることが出来るそうで私は安心した。
時折、楓奏が楽しそうに家を訪れるようになった。
理由を尋ねたところ、「今までほとんど家にいなかったお父さんが帰ってくるようになったの!」と嬉しそうに言う彼女。
それを聞いた父の顔が固まったのが分かった。
──気にしないでいいからね、お父さん。私は仕事をしているお父さんのこと尊敬してるから。
と心の中で父を励ましつつ楓奏を迎え入れた。
そうして在宅期間は吉野と楓奏と三人で勉強会をすることが日課となった。
頭の悪い私達に勉強を教える吉野は大体疲れて帰って行った。
私が近所のスーパーに買い物に出掛けた時、一人の女性に声を掛けられた。
「もしかして、愛梨ちゃん?」
「……えっと、どなたですか?」
知っているはずなのに何だかボヤけて上手く思い出せなかった。
こんなに綺麗な知り合いいたかなと必死で記憶を探った。
「私だよ!覚えてない?彼方の従姉の──」
「あっ、
「そうそう……!」
「綺麗になってて分からなかった……」
「ありがとう。愛梨ちゃんも大きくなったね。美人さんになってる」
言われて思い出した。そうだ、好実さんだ。
最後に会ってから三年半が経過していたこともあってか当時中学生だった好実さんはとても大人っぽくなっていた。
一緒にスーパーで買い物をしながら話をして久々に家に来てもらうことにした。
好実さんもそれが嬉しいようで終始笑顔だった。
そんな彼女は思い出したように顔を曇らせてから中学校のことを話し始めた。
「そういえば聞いたよ。学校に検挙が入ったんだってね。私の時にはそんな酷くなかったのにね。どうしてそうなっちゃったんだろ」
「丁度好姉が卒業した後に教頭先生が変わってたみたい。そこから教師のための学校になっちゃったんだって」
「何か思い出ある学校がそんな風になってしまってたのって結構ショックかも。これから少しずつ戻っていけばいいね」
「そうですね、ちゃんとした学校になればいいなって思います」
買い物が終わり、好実さんに買ったものレジ袋に詰めてもらいながら最近の生活のことを少し話した。両親のこと、舞菜のこと。吉野のこと、楓奏のこと。
「ねえねえ、愛梨ちゃん。さっきから話に出てくる ″舞菜″ って誰のこと?」
そう聞かれてハッとした。そういえば好実さんは舞菜のこと知らないんだった。
「あ、言うの忘れてました。私妹が出来たんですよ!」
「えっ!いつ……」
「私が中学生になる直前です」
「その子のお父さんは……?」
「私のお父さんですよ。あっ、お母さんとお父さんが正式に結婚して──」
呆気に取られた様子の好実さんは『父』の話を聞いた時だけ少し顔を強ばらせたように見えた。
けどすぐに元通りの笑顔に戻って話を続けた。
「舞菜の誕生日、彼方と同じ日なんですよ」
「……3月26日?」
「はい、そうです」
好実さんは驚いていた。
そして何度か『かなた、かなた』と呟いたように聞こえた。
好実さんを連れて家に帰って来た私は父と妹を紹介した。
「初めまして、
「こちらこそ初めまして。私は愛梨ちゃんの友人の齊藤 好実と申します」
「そして、この子が舞菜です」
私は二人の自己紹介が終わるのを見計らって舞菜を連れて来た。
「ええ、どうしよう可愛い……」
好実さんは相好を崩して舞菜を見た。
舞菜は少し人見知りの
例に漏れず好実さんに対しても警戒心を露わにして私の腕の中に隠れた。
「もう、愛梨。そんなにほいほい舞菜を連れ回さないでっていつも──」
母はそう言って台所から出てきた。
そして玄関にいる好実さんを見て固まった。
「……好実ちゃん、久しぶりね」
複雑な表情をしてそう言った。
嬉しいような悲しいような、そんな声音で。
「はい。ご無沙汰しています、由紀菜さん」
好実さんを家の中に通すと、母は彼女を連れて自室へ向かった。
二人だけで話があるらしい。
それから吉野と楓奏が家に来た。勉強会をするためだ。
私は夕方から道場へ行かなければならないので時間は限られている。
もう少し好実さんと話をしたかった気もするが、仕方がない。
私は母の部屋にいる好実さんに一言告げ、二人を連れて自室へ向かった。
朝は散歩がてらに買い物。昼間には三人で勉強会。夕方は合気道の道場に通う。夜は舞菜とリビングで遊んだ。
そんな半年を過ごすと私達は二年生になり最寄りの、けれど家からは少し離れた中学校に通い始めた。
学区ごとで通う中学校が分かれてしまったため、以前と同じ中学に通っていた同級生達も半分は別の中学校に行ってしまっているため、知った顔はそう多くはなかった。
私達が元々いた中学校──、青山中学校の生徒達は学年ごと一クラスを割り当てられているようで、私も吉野も楓奏も同じクラスの在籍になるそうだ。
色々と変動があった中で、今まで通り吉野や楓奏と同じ中学校に通えるってだけで私は幸せに感じていた。
県教委によって色々と改革されたらしいこの中部中学校もカリキュラムがキッチリと組まれて生徒個人の自由はかなり減り、校則も以前より厳しくなったようだ。
月に一度必ず身嗜みに関するチェックが入るようになるため、不良だった生徒もなりを潜めて、全員髪を黒に染め直していたし、服装も正していた。
私達転入組は本来この学校に通う生徒達とは別棟の教室をそれぞれ宛てがわれ、区別されながら生活をしなければならなくてそれはそれでストレスが溜まってしまいそうだった。
当初、そうしたことが起因になり、中部中の生徒と旧青中の生徒とで揉め事は絶えなかった。
中部中生の一部は私達に自分達の領域に踏み入られたくないようで、教師を通じて抗議をしてきたし、元青中生はそれに反発した。
けれどそれも最初だけだった。
馴染んでしまえば早い物で、いつの間にか『中部中生』だとか『元青中生』だとか、そういった壁は取り払われ、皆が平等に『中部中学校の生徒』になっていた。
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