第22話
「ねえ僕達『兄妹』に戻った方がいいんじゃないかな」
「────、なんでそんな事言うの?」
「僕はリスクが無いって思ってかなと散々行為を重ねてきた。けど今日真利愛さんに聞いてそうじゃないって分かった。
やり過ぎると裂けちゃったりするかもしれないんでしょ。万が一があるかもしれないんでしょ。だったらもうやらない方がいいって思ったんだ。もしものことがあったら困るからさ」
頭は回らないのに舌はよく回る。
言わなくていいようなことまでペラペラと話してしまう。
「それに自分がかなをどういう風に見てしまっていたのかを自覚して、僕も今までかなを粗雑に扱ってきた男性達と変わらないなって思ったんだ。だから関係を見直すべきかなって考えた。このまま『恋人』を続けたら僕は本当に僕が憎むべき『男性』になっちゃうから」
僕の言葉を聞いた彼方は絶句していた。下唇を噛み締めて目元を潤ませていた。
「ねえ、かな。やり過ぎると壊れちゃうかもしれないって話。どうして僕に言ってくれなかったの」
「ごめん、隠してたわけじゃないだ。話さなかったのはひなとの行為が純粋に心地良いものだったから。だから言ってひなに気を遣われて純粋に楽しめなくなるのが嫌だったの。
それにひなとはそんなに激しくしてこなかったし、大丈夫だろうって思ってたから言う必要も無いと思って」
「僕のせいでかなに何かあったんだとしたら僕は自分の事を許せなかったと思う。元々僕があんな事を頼まなければかなは性依存症を克服していたかもしれなかったんだし」
「ひながそういう風に考えちゃうと思ったから言えなかったんだよ。
あくまで私は自分のわがままで男性達とやってて、途中からひなじゃなきゃ嫌って思うようになって、それで外での行為の頻度が減っただけだったから、別に性依存を克服出来ていたわけでもなんでもないんだよ。
ひなと気持ちが通じた後だって私は私の望むままにひなとしてたんだよ。だからそれでもし何か起きてしまったって私のせいだし、ひなは何も悪くないんだよ」
「それは素直に嬉しい話しだけど、それならなおさらちゃんと話して欲しかった。お互いに想い合ってした事だからってそこにかなだけがリスクを負うなんてそんなのは違うでしょ」
「私のわがままに付き合わせたせいで、ひなは男性としての成長が進んじゃったでしょ。それで苦しんだんでしょ。それなら痛み分けじゃない?
っていうかそもそもの話、もしひなと恋仲になれていなかったら私は今も変わらずに以前と同じように外の男性に性欲処理の道具にされ続けてただろうし、今頃にはボロボロに壊れていてしまっていたかもしれないんだよ?
だったら、そうなってないんだから私は感謝はしてもひなのことをを恨むなんて出来るわけないじゃん」
「そんなの結果論じゃん。もし僕とした事のせいで大変なことになってたらどうしてたんだよ」
「その時は膣を諦めたと思うよ。ひなとした結果でそうなったんなら、私は仕方ないって割り切るよ。
だいいち私が『恋人』になろうって言ったのはひなを行為の対象にするためなんかじゃない。ひなの事が大好きだから。だからそう言ったんだよ。私はひなのことをダイレーターの代用だなんて思ってない。ひなを抱きたくて、抱いて欲しくてしてたんだよ」
彼方が僕を想ってくれてる事は知っているし、彼方が僕を道具と思ってない事もこれまでしてきた事が彼方にとってただの治療行為の一貫だったなんて思っていない。
分かっていた事ではあっても実際に彼女の口から伝えられたその言葉その気持ちはとても嬉しかった。
僕も同じ気持ちだから──。
けれどだからこそ、彼女には自分を大事にして欲しいと思ってしまう。
大事にしたいから、何か危険があるのなら教えて欲しいとそう思う。
「そうだとしても、する事にリスクがあるって分かったらもうそんなの、今までのようには出来ないよ」
「それならそれでもいいよ」
「僕と出来なかったらかなはどうするの?医療器具を使ってするの?それともまた他の男性とするの?」
「ううん、どっちでもない。今の私はひなとしないんだったら膣自体無くても良いとさえ思ってるし」
「それはダメだよ。だって女性として生きるなら必要な物でしょ?だから今まで酷い目に遭ってまで苦労して保ってきたんじゃないの?」
「確かに私は昔から女性に憧れてたけど、それはこんな風になりたかった訳じゃないもん。だから今は女性として生きられるなら膣なんて無くてもいいと思ってるんだよ、私。
だって膣が無くたって女性にはなれるんだから」
そういえば彼方は以前にもこんな話をしていた気がする。確かあの時も酒を飲まされて酔っ払っていたのだったか。
そう思っているのなら彼方はどうして今まで酷い目にあってまで男性とまぐわってきたのだろうか。
待てよ、彼女はさっきなんて言っていただろうか。
僕としないんだったら膣なんて必要無い。
そう言ってなかったか?
それってつまり──。
「じゃあ変な話、僕と気持ちが通じるまで外で男性と性行為をしてきたのって──」
「……多分ひなが思っている通り。ひなとそうなる可能性もあるかもって思いがあったから。だから必死で膣を維持してきたんだよ」
「じゃあ最初から僕に男性的な面を期待してたってこと?僕に男性的になって欲しかったってこと?」
「そうじゃないんだよ。なんて言うか、ただ私の性的指向がズレているだけっていうか……。
私がひなを好きになったのはひなが私と同じ悩みを持っていて、私が思う『男性』じゃなかったからっていうのが大きいと思うんだ。だからこそ『男性』になっていくひなを見るのが辛かったしそれに悩むひなを支えてあげたかった。
けどそれがなんて言うかジレンマだったんだよ」
「ジレンマ……?」
僕が聞き返すと彼方は顔を真っ赤にしていた。
お酒が入ってるから赤くなっているのか、それとも他に理由があるのか。
彼女はちょびちょびとお酒を口に含みつつ、たどたどしく口を開いた。
「…………、これは言ったことなかったと思うんだけど。私ひなと出会ってひなを意識するようになるまで、そんなに時間掛からなかったんだよ。ずっと好きだったし、ずっとひなとって妄想をして、ずっと色々を我慢してた……から。支えてあげたい気持ちもあって、でも想い合うような関係にもなりたかった。だからどうするべきかすっごい悩んで、結局ひなが言ってくれるまで言い出せなかったんだ」
「そう、だったんだ」
「……うん」
向き合う形で座っていた彼方は告白じみたことを告げてただでさえ赤かった顔がさらにさらに赤く染まっていった。
そんな彼女の顔を見て僕まで熱くなってしまう。
「……あー、いや、ごめん」
「なんで謝るの」
「なんて言うか、思いの外嬉しすぎて。どう答えるべきか戸惑ってるっていうか」
「そ、そうなんだ」
「あ、でもこれだけは言いたい。──そんなに想ってくれてありがとう。僕もかなの事大好きだから」
「……うん、ありがとう」
「どういたしまして……?」
お酒を呑みながらずっと僕達のやり取りを静観してしていた真利愛さんは目元に雫を溜めながら嬉しそうにしていた。
「……と、ともかく。二人の関係をどうするかって話に戻るけど、私はひなと一緒に居られるならそれがどんな関係だって構わないから。はい、この話は以上!」
そう言って彼方が照れ隠しをしながら話を無理矢理終わらせた。
──うん。それがどんな関係だとしても僕はかなの事をずっと想い続けるよ。
僕はその後しばらくして彼方の肩を借りて眠りに就いた。
>
「おかえりなさい、彼方」
「ただいま」
帰ってくるとべろんべろんに酔ったまーさんに
出迎えられ、抱き着かれた。
お酒臭い。
今までこんなまーさんの姿を見たことがなかったので驚いてしまった。
まだ外が暗くなる前の時間なのに。
何故か神妙な面持ちで出迎えてくれた陽葵に話を聞くと溜め息を吐きながら話してくれた。
「真利愛さん、色々とかなの事心配してるんだよ。昨日体調悪そうに家を出て行って、また夜に体調崩して熱出したし。不安に思いながら眠ったら昼間ケロッとした様子のかなに起こされて。本当に大丈夫なのか、また体調崩して帰ってくるんじゃないかって、そればっかり。落ち着かないままにお酒飲み始めて今こんな感じだよ」
「まーさん、ちょーさんの事をなんだと思ってるんだろうね」
「亡くなったお姉さんが施設長さんと喧嘩をする度に頭痛で寝込んでいたんだって。真利愛さん、それを思い出して居ても立ってもいられなかったみたい」
「寝込んでいたっていうかそれ、不貞寝してただけなんじゃ……」
「うん。僕もそうなんじゃないかって思ったから言ったんだけどね。そうだって思い込んでいるみたいで聞いてくれなくて。『母さんの部屋に乗り込もうかしら』とか言い始めたところで丁度 かな が帰ってきたんだよ」
「あー。なんか、ごめんね。迷惑掛けちゃってたみたいで」
「ううん、別に気にしてないし、それはいいんだけど」
「……けど?」
「真利愛さん、聞いてみたらそのお姉さんが亡くなった時も『お母さんがあんなに叱るから姉さんが死んじゃったんじゃないか』って施設長さんのことキツめに責めちゃって、後でものすごく後悔したんだって。それがトラウマになってるみたいで、施設長さんのところに行くのは諦めてお酒に逃げるしか無かったみたいだよ」
そんな風に陽葵から報告を受けている時だった。後ろからまーさんが抱き着いてきて耳元で囁きかけてきた。
不意打ちでそれをされてしまったために体が反応してしまい、私はまーさんを睨んだ。
彼女は私の顔を見てほくそ笑んだ後で今度は面と向かって向き合った。
「話があるの。二人で部屋で話しましょう」
「なに?ここじゃダメな話?」
「そう、ダメな話」
「ええ……、まあいいけどさ」
私はまーさんに手を引かれながら部屋へと向かった。途中、振り返ると陽葵がこちらを見ながら手を振っていた。
多分今からの話の内容について予め愚痴か何かをされて聞いていたのだろう。
部屋に入るとベッドに座らされ、話の内容について訊くかどうか逡巡している内に上着を脱がされた。ブラウスのボタンを一つ一つ丁寧に外され、上半身を下着姿にされた。
そうされている意図が見えなくて戸惑っている私を気にも掛けず、まーさんはそのまま私を脱がせようと次は下に手を伸ばしてきた。
腰に手を当てられ慌ててその手を掴み制した。
「ベッドに押し倒されてそのまま……なんて展開は無いよね?」
「どうしてそんな風に思うの?」
「今不意に一回だけ女の人ともしたことあったなって思い出してね。元男ってバレちゃったからその人とはそれっきりになっちゃったんだけど」
「そんなことがあったのね。知らなかったわ」
「だからほら、トラウマって訳じゃないけどさ。女の人にこういうことされるのは少し苦手っていうか怖いっていうか……」
「怖がる必要ないじゃない。私はあなたの事情を知ってるんだし、知っているからこそやってる事なんだから」
「なら話せばいいじゃん、脱がす必要なくない?それとも押し倒して私に色々吐かせようってそういう魂胆なの?」
「……ええ、そうよ。毎晩あなた達の声聞いて私だって感じるものはあるのよ。だからせっかくだし試させてもらおうかなって」
「ごめん、気が回ってなかったのは謝るから……って、ちょっと待って。お願い、だからそういうのは……」
下着の中に手を入れられまさぐられて、涙ながらに懇願した。
懇願虚しくまーさんの指が膣内に入ってきた。そして優しい手つきでゆっくりじっくりといじられる。
「……ん、あっ」
「ここ?」
「……ちょっと待って、ほんとにお願いだからそれ以上は」
何度か指で撫でられ感じて身体が疼いて震えてしまう。
思わずイってしまった私は慌てて股を閉じた。
すると唐突に指の動きが止まり、指が引き抜かれて解放された。
「なんてね。そんなこと考えないわよ。押し倒す訳じゃないけど、あなたの身体の状態は見ておきたいって思っただけよ。あなた、隠すの上手いから、何かあっても気づけないし……」
そんな自供を聞きつつ私は慌てて下着を脱いで布団を身体に巻いた。
まーさんは私の行動を見て首を傾げた後で自分の手を見て絶句した。
液でドロっとしたその手のひらを開いたり閉じたりと遊ばせた後で私の方に向き直った。
私は顔から火が出そうな程に恥ずかしくて布団に身を包んだだけの姿で部屋から出てトイレへと逃げた。
すぐ側にある洗面所から水の流れる音がする。おそらくまーさんが手を洗ってる音だろう。
手を洗い終わったのか水の音が止んで、すぐにノック音と共に声が聞こえた。
「……その、ごめんなさい。あなたをどうするとか、そんなつもりは無かったのよ。今日知り合いの医師から人工膣も触診してあげた方がいいかもってアドバイス受けたのからやっただけなの。
ほら、あなたって今までずっとそういうことしてきたじゃない?傷ついて裂けちゃったりしても大変だろうし、定期的に診てあげた方がいいってそう言われたのよ。だから確かめようってそれだけで……」
まーさんとしてはただの触診のつもりだったんだ。
私が感じて疼いたのを痛みか何かと勘違いして
羞恥のままにトイレのドアを思い切り開けた。
「そういうつもりなら最初からそう言ってくれたらよかったのに。まーさんに襲われるかと思って変に反応しちゃったじゃん……」
「今まであなたが相手をしてきた男性じゃないんだから。酔ってたってそんな事しないわよ。それに説明したらしたでなおさらあなたは拒否したでしょ?また『大丈夫だから』って笑って誤魔化すでしょ?だったら無理矢理にでも確かめる方がいいかってそう思ったのよ」
「そうだけどさ、もう少しやり方ってものが──」
私はそう言いつつ目線を逸らした。そしてその先で陽葵と目が合って気まずく思いつつまーさんの耳元で囁くように疑問を尋ねた。
「こういう話をするために部屋で二人で話そうって言ったの?」
「ええ、そうよ。決してあなたを辱めたくてそうしたわけじゃないからね?」
「それはもう分かったから」
私は溜め息を吐きつつ、今日のちょーさんの言葉を思い出した。
『真利愛はあなたを大事に想っているのよ』という言葉を。
確かにそうなのかも。
今までだってきっとそう。私が不信感を覚えてきた事だってまーさんが私を想って行動してくれていた結果なんだ。
それが正反対の結果を産んでしまっていたとしても。
予めそうだと分かって、まーさんがそういう人だって知れれば無駄に嫌悪する必要も無い気がする。
とりあえず私はこのまーさんの空回りな言動を受け止めることにした。
「もう今更だから別に二人きりで話さなくてもいいよ。ひなも一緒に話した方が私も安心するし、寧ろ私の細かい事はひなの方がよく知ってるから。三人で話そう」
「そう、分かったわ。じゃあそうしましょう」
そう言ってまーさんに促され、私は布団に身を包んだだけの姿のままリビングへ直行した。そして待ってましたと言わんばかりに腕を広げる ひなの胸の中に飛び込んだ。
まーさんは溜め息を吐きつつも諦めて抱き合う私達を見守った。
三人でお酒を飲み、陽葵と言い合いしつつも最終的には伝えきれていなかった想いを伝えた。
それからもこれからの事など談笑をしつつ時間を過ごした。
限界を迎えたようで陽葵が私に寄りかかってきてそのまま眠ってしまった。
「そろそろ終わりにしましょうか」
そう言ってふらふらしながら缶やコップを片付けようとするまーさんを止めて、布団を敷くように言った。
すぐに酔っ払った私だったけど、お酒自体には強いのかもしれない。
今でも普通に立ってられる。
「そういえばひなって心臓悪いんじゃなかったっけ。お酒飲ませても大丈夫だったの?」
「それが不思議なんだけどね、あの子心臓移植を受けた後から人一倍元気になったらしいのよ。病気だったなんて嘘みたいにね」
「へえ。そんな事もあるんだね」
「その時の医師は『こんなに定着するなんて』って驚いていたみたいよ。まあだからって油断は大敵だけどね」
「それは違いないね」
一瞬、まさかと思い至った事があった。けれど、そんなのはただの妄想。
なんでも憶測してしまうのは私の悪い癖だ。
勝手な妄想や思い込みで堕ちてしまうなんてのは良くないと思う。
私は頭を切り替えてまーさんに話し掛けた。
そういえば言わなければならないことがあったのを思い出したから。
「まーさん、明日の予定は?」
「特には無いけど、明日は溜まってたここの家事をしなきゃでしょ?」
「それは私も思ってたよ。さっき着替えようにも換えが無くて困っちゃったし」
「でしょうね。じゃないとそんな派手な下着家の中で着ないもんね」
「……なんで気づいたの」
「着慣れないから知らなかったんだろうけど、そういう下着って結構形が浮き出るからね。もし次着る機会があったら気をつけなさいよ」
「……そうなんだ。分かった、気をつける」
まーさんはそう言って陽葵が眠る布団の中に入った。
私は残りの酒を呑みつつ、机の上やその周辺の片付けをした。
その後で二人と一緒の布団に潜った。
まーさんを家族として受け入れられるかは正直まだ微妙なところだけど、取り敢えずは今のこの生活自体は受け入れてみよう、とそう思った。
>
翌朝一番最初に目が覚めた私は部屋で着ていたベビードールを脱ぎ捨てて身体を拭いた。
身体中の湿布やガーゼを剥がしつつなかなか消えない痣を見ながら身体を拭いていると起きてきた陽葵が音を立てずに部屋に入ってきた。
「……かな、おはよう」
「おはよう、ひな」
抱き締め合って挨拶を交わす。
そして私は陽葵の少し強引なキスを受けて舌を舐めあった。
十数秒間そうした後で私はヒリヒリする舌を舐めながら顔を離した。多分、陽葵に舌を噛まれた。
その後で互いの身体を拭き合った。
「ひな、なんか今日の挨拶激しくない?」
ヒリヒリする舌を指で撫でつつ、背中を拭いてくれている陽葵に質問を投げかけた。
聞かれて慌ててタオルを取り落とした陽葵は口篭りながら話した。
少し聞き取りずらい。
「昨日の夜三人でお酒飲みながら色々と話してくれて、かなの気持ちいっぱい知れて嬉しかったから、だからついキスしたくなっちゃった。ごめんね」
「……キスするの自体は別に構わないよ。いきなりだったからビックリしただけで。それよりもさ、お酒飲んだって何、どういう事?」
「だから昨日の夜一緒にお酒飲んで──」
「いやいや、ないない。私、あんな苦そうな物呑めないから」
納得のいかない顔で私の方を睨む陽葵。なんかよく分からないけど、背中を拭く手に力が入っててちょっと痛い。
──お願いだからもう少し優しくお願いします。
そう、心の中で願った。
交代して今度は私が陽葵の背中を拭く番になった。
こうして触れるみるとゴツゴツしたものを感じて少し寂しく思えてしまう。
「もうちょっと強く拭いてもらってもいい?」
「ごめん、ごめん」
痛くないようにゆっくり優しく拭いていると私が感じたものとは真反対の苦情が入ってしまった。
少しだけ力を入れて拭くと、今くらいが丁度いいのか満足気に頷いていた。
力の塩梅が分かった所で口を動かしながら手を動かした。
「私が飲んだかどうかはともかくとして、ひながお酒呑むなんてね。どうだった美味しかった?」
「美味しかったっていうか呑んでて気持ちいい?なんかそんな感じだった」
「そうなんだ」
「かなも呑んでて気持ちよさそうだったよ」
「だから私呑んでないってば」
「一緒に呑んだんだって。もしかして憶えてないの?」
「……憶えてない」
「一番呑んでたあなたが全部忘れてるなんて、最高にタチが悪いわね」
頭を抱えながら部屋に来たまーさんがそんな事を言った。
「二人ともおはよう」
「まーさん、私本当に二人と一緒にお酒呑んでたの?」
「ええ。陽葵は途中で潰れちゃったけど、あなたは最後まで呑んでたわよ。買ってた物が綺麗さっぱり無くなってるところを見ると私が眠った後も呑んでたんじゃない?」
「……そっか。ごめん、全く記憶に無い」
「私決めたわ。あなた達が歳を重ねて20歳を越えても彼方とは一緒にお酒呑まないようにする。いえ、そうじゃないわね。彼方にはお酒は呑ませないようにしなきゃ」
「もう、なんでそんな事言うの?」
「あなたが昨日の事を憶えてないからよ」
「仕方ないじゃん。本当に呑んだ憶えないんだもん」
「仕方なくないのよ。酒で記憶を失くす人間にお酒は与えられないの。寧ろ今分かって良かったとすら思うわ」
「そこまで言う?」
「ええ、大事なことだからね。お酒を呑んで酔って何かしでかしてしまってもそれは全部自己責任になるから。だからこそ飲酒に年齢制限があるのよ」
「へえ、なるほど。そういう風に出来てるんだね」
「一応聞くけど彼方、何処から記憶が無いの?」
「何処からって言われても困る。薄らとひなに抱き着いてキスしたような気はするけど憶えてるのはそのくらい。気づいたら布団で寝てて朝になってたんだよ」
「……ほんの少し呑んだだけで酔っちゃってたのね」
「まあ、かならしいと言えばらしいのかも」
「あのさ。酔った私がどうなったのかとか酔ってる間に何があったのかとか教えてくれない?」
私は陽葵から昨晩の事について部分的にだけ話を聞かされた。そして酔っ払った私がした事についてを知り頭を抱えることとなった。
「押し倒して口移しで無理矢理酒呑ませたとか……。ひな、ほんとごめん」
「いいよ。お陰で色んな話出来たし、かなの気持ち知れたから」
「なにそれ。私酔ってる間に何を話したの?」
「それは内緒〜!」
随分と楽しそうに話す陽葵を見てると自分まで嬉しくなってしまう。
昨晩の事を綺麗さっぱり忘れてしまった自分が悔しく思いて仕方がない。
そしてその日は二日酔いなのか、それとも私に呆れているのか部屋に来てからずっと頭を押さえているまーさんとを伴って部屋から出て家の家事などをして過ごした。
明後日からはいよいよ中学校。
不安も恐怖もまだ私の中には強く根付いてしまっていて、少しでも油断すれば逃げてしまいたくなる。
だけど、陽葵が傍にいてくれて、支えてくれている。だからきっと大丈夫。
こうして施設で過ごす私の日々は終わりを告げようとしていた。
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