第21話




翌日、僕と真利愛さんは市役所へ行って戸籍の手続きを行った。

その間、陽葵は約束通り施設長さんの所へ行くらしく、一緒には来なかった。


申請した内容が反映されるまでは少し時間も掛かるらしいが、

学校が始まる日までには間に合うそうでホッとした。


帰宅途中で僕はもう一つ真利愛さんに言うことがあったのを思い出して話をした。


「僕の女性化治療は一旦保留にして、先にひなの治療を進めてあげて欲しいんです。もしひなの性依存や情緒不安定な面がホルモン不足から来ているものならこの状態が続くのは良くないと思うんです。なので僕の事より先にひなを優先してあげてください」


そういう話だった。


「確かにあなたの言う通りだと思うけど。でもあなたはそれでいいの?このまま男性として成長してしまってもあなたは後悔しない?」


「まだ自分の事をちゃんと思い出せていない時に治療を進めた結果、いざ記憶を取り戻した時にもう後戻りが出来ない、なんて事態は避けたいんです。もし記憶が元に戻った上で僕がまだそうだったなら、また近い将来治療を始めればいいと思うので。だから今はそれでいいです」


「ええ、分かったわ」


真利愛さんは僕の話を了承してくれた。

人目があるにも関わらず僕を抱き締めて頭を撫でてくれた。


「ほんと、あなたが妹想いのお兄さんで助かるわ」


そう言って褒めてくれた。


帰宅すると少し機嫌の悪そうな顔をした陽葵が出迎えてくれた。


「おかえり、『ひな』」


気早にも陽葵は僕の事をそう呼んで出迎えてくれた。

定着しないそのあだ名はなんだか紛らわしくも思えた。

今までは彼女の事をそう呼んでいたのだから。


けれど名前を元に戻すというのは僕自身が言い出した事ではあるので何も文句は言えない。


「……『かな』、ただいま」


今は慣れないこの呼び方もこれから少しずつ慣れていくんだろうか。


僕は靴を脱ぎながら慣れようとして『かな』を連呼した。

そしてなんだかしっくり来るものを感じた。


不機嫌な理由を聞くと、どうやらやっとこさ寝付けそうという時に鳴ったインターホンで起こされたそうだ。


「なんで今日に限って鍵持ってないかな」


「もう、ごめんってば」


「罰として抱き枕にさせて」


「はいはい」


そう言って二人でベッドに横になった。


『もうすぐで寝付けそうだった』という言葉通り、横になってすぐに『彼方』は眠ってしまった。


抱き着かれているので身動きが取れない。


「あら、もう寝るの?」


後から帰ってきた真利愛さんがベッドの上の僕達を見てそう言った。


「いや、そういう訳じゃないんですけどね……」


事情を話すと真利愛さんは小気味良さそうに笑った。


「まあ、どうせ身動き取れないんだったらそのまま一緒に寝たらいいわ。今から何をするって訳でもないんだし」


「じゃあそうします」


「ええ、おやすみ」


「はい、おやすみなさい」


そう言って僕は目を閉じた。


ふと夜中に目を覚ますと、隣で眠っていた『彼方』が熱を出して苦しそうにしていた。


僕は焦り焦り看病をした。


途中、じたばた動き回ったせいで眠っていた真利愛さんを起こしてしまって不機嫌そうに詰ってきた彼女に事情を説明した。


事情を説明しつつ真利愛さんと『彼方』の顔を交互に見た。そして場違いにもこんな風に感じてしまった。

この二人本当に血が繋がっていないのだろうか、と。寝起きの不機嫌な顔があまりにもそっくりだったのだ。


気を取り直して真利愛さんの言う通りに水桶やら冷却剤やらを用意した。


「頭が痛い痛いとは思ったけど、まさか熱を出すまでなるとは思わなかったよ。ただの知恵熱か何かだと思ってたのに」


とは、真利愛さんに看病されている『彼方』の言だった。


翌日目が覚めた頃には『彼方』の熱は下がっていて、本人はケロッとしていて元気そのものと言った感じだった。


寝不足な僕と真利愛さんは力無く喜んだ。


『彼方』は施設長さんと約束があるからと家を出ていった。


その間、力尽きた僕と真利愛さんはリビングで二人一緒に横になって眠った。




目を覚ますと家には誰も居なかった。


不安になり慌てて家の中を探し回っている途中で玄関のドアが開いた。


真利愛さんは買い物に出掛けていただけだったらしく、食材や冷凍食品が入った買い物袋、それから缶ビールの段ボールなんかが台所に置かれていた。


真利愛さんに言われて食材を仕分けていると、真利愛さんは買ってきたビールを底の深いコップに注いでから飲み始めた。


まだ日も浅いのにこんな時間から飲み始めてしまって大丈夫だろうか。


「真利愛さん、こんな時間からお酒を呑んじゃっても大丈夫なんですか?」


「色々あって我慢出来なかったの。許してね」


「別に僕の許可を得る必要は無いですけど」


「子供の前でお酒を飲むって、ある意味の育児放棄だから。だから子供の許可は必要なのよ」


そう言って真利愛さんはビールを片手に酒を飲むに至った経緯みたいなものを話し始めた。


「前にちらっと話したけど、私の姉が一人亡くなってるの。今の私の方が歳上なくらいに、若いまま病気で、ね。その姉は幼い頃からイタズラ好きでね。よく母さんに叱られてた。そしてその度に頭痛がするって言って寝込んでいたわ」


「それって不貞寝してただけなんじゃ……」


「そんな事ないわ。毎回熱出して苦しそうにしてたもの」


なんとなく熱出してそれを誤魔化そうと試行錯誤を重ねていた彼方の事を思い出した。

状況は正反対だけど、多分やってる事自体は同じようなことなんだと思う。


僕が何を言ったところで真利愛さんは耳を貸さないだろうから言わないけど。


「昨日、母さんのところから帰ってきた彼方が体調を崩したじゃない?それで姉の事を思い出しちゃったのよね。それで今日目を覚まして叶多がまだ帰ってきてないのを見て慌てて母さんの部屋に行こうとしたの」


同じように頭痛を抱えて帰ってきた彼方もお姉さんと同じようにいつか死んでしまうのではないか。真利愛さんはそんな風に考えてしまったんだと思う。

けど正直、真利愛さんの話は彼女の誇大妄想でしかないとそう思えてしまうから素直に頷けない部分が多かった。


そのお姉さんのは頭痛で寝込んでいたわけではなくて不貞寝だったのだろうし、昨日の彼方のあれは原因こそ分からないけど施設長さんのせいではないと思う。

今日まだ彼方が帰ってきていないのだって施設長さんと込み入った話をしているだけだろう。

真利愛さんと居るのが気まずくて長々とそうしてるだけかもしれない……、というか間違いなくそうだろうけど。


そんな彼方だから、多分無理矢理話に割って入ってこられるというのは嫌がると思う。


「でも思い直したわ。彼方は今の私との距離を測り兼ねてるから、そんな事をしたら嫌がるんだろうなって」


僕は内心でホッとしてしまった。

子供ながらに真利愛さんが僕と同じ事を思っていて嬉しいと思ってしまった。


「そう考えたら、どうやったらあの子との距離が縮まるのかってそればっかり考えて、でも上手くまとまらなくて。頭を整理するためにお酒の力を借りようと思ったのよ」


早くも500mlの缶一本を飲み干して、次の缶を手に取っていた。

机の上に残りの四本が置かれたままになっている辺りまだまだ呑むつもりなんだろう。


「私は亡くなった姉の事が大好きだったからすごくショックだった。後追いを考えてしまうくらいには、ね」


「真利愛さん、自殺しようとしたんですか?」


「ええそうよ、未遂に終わって今もこうして生きてるけどね。ほら、この傷見える?これがその時の傷なの」


そう言って真利愛さんは着ている服の袖を捲って腕を見せてくれた。

そこには傷とそれの縫い跡が薄らとだけ残っていた。


ナイフか何かを突き刺したような痕だった。


十年以上が経ってまだこんなに残っているのだから、傷が出来たばかりの頃はもっと酷かったんだろうな。

痛々しく生々しい傷を想像すると少し気分が悪くなってしまった。


「まあ自殺に関してはその直前に色々あったからってのもあるから一概に全てが姉のせいだったって訳でもないけど。あの頃の私は生きるのが辛くて耐えられなくて、全てを投げ出してしまったのよ。私はあなたを産んだばかりだったから本当ならもっとちゃんとお世話をしてあげなければならなかったんだろうけどそうもいかなくて、全てを夫に任せてしまったのよ。ほんと酷い母親よね」


「そんなことはないと思いますよ。昔そうだったとしても今はこうして一緒居てくれてるじゃないですか」


その時ばかりは素直にそう思った。

本当の意味で酷い扱いを受けて育ってきた妹兼恋人が居るからこそそう思えたのかもしれないが。


「今日ね、医師をしている知り合いに会ってきたのよ。それで彼方の事を色々相談して、もう少し身体の状態を見て知ってあげた方がいいんじゃないかって言われたのよ」


「それってどんな?」


「陽葵だから話すけど、あの子の膣って皮とお腹の中の膜を無理矢理繋ぎ合わせて造った物なのよ。だから傷つきすぎると内側の皮膚が裂けてしまって大変な事になるみたいなの」


「……えっ、それって大丈夫なんですか?かな今まで結構な回数重ねてきてるし、おまけに酷い目にあってきてますよ。それに今だって──」


ここ数日を除いて、僕は毎日のように彼方との行為を続けてきた。

それがリスクを伴うものだなんて考えもしなかったかもしれない。


「僕今までそんなの全く意識してなかった……。かななんで言ってくれなかったんだろ」


「敢えて言わなかったんじゃない?それだけあなたとの触れ合いが大事だったから変に意識されて気を遣われるのが嫌だったとかね。まあ本当の事は本人に聞かなきゃ分からないんだけど」


不意にも以前から自虐するように何度もかなが言っていた事を思い出した。


『私は偽物だし妊娠のリスクを考える必要が無いから男性の性欲処理には好都合なんだよ。だからかなも変に気にしなくていいからね。どれだけしたって私には何も起きないから』


僕は彼方がよく言っていたその言葉を鵜呑みにしてしまっていたから、彼方とだったらそういう事をしてもリスクは無いんだってそう思い込んでいた。


けどそれがリスクを孕むものだったと分かったら、もう気軽に性行為なんて出来ない。

というかそもそもリスクが無いからと調子に乗ってしていい事でも無かった。


リスクのある女の代用品として彼方を抱いてきた男性達と同じ事を僕もしてしまっていたのだと気がついた。

そしてそんな事に今更気がついた僕はいつの間にか『男』という性に染まってしまっていた自分に辟易した。


自己嫌悪に頭を抱えていると玄関のインターホンが鳴った。


多分、彼方が帰ってきた。


「おっ、噂をすればね。おかえりなさい、彼方」


「ただいま」


彼方は少しテンションの高い真利愛さんに圧倒された様子で帰宅の挨拶をした。




僕との性行為によって彼方が危険な状態に陥ってしまうというのなら、もうこれ以上はしない方がいいのでは無いか。


それをするために『恋人』という関係になったのだから僕らは元の『兄妹』の関係に戻った方がいいのではないか。


僕はそんな事を考えてしまった。




帰ってきた彼方は真利愛さんに連れられるまま部屋へ行った。数分後、顔を真っ赤にしながらぼぼ全裸といった格好のまま慌ててトイレへ入っていった。


後から出てきた真利愛さんは洗面所で手を洗った後で弁明するようにトイレに向けて話し掛けていた。


僕はそんな二人の様子を見て何があったのかなんとなく想像出来てしまった。


こんな事があったんだし、今からは三人で話す流れになるだろう。

そう思って僕は軽く周辺の整理をした。


主には机の上の空き缶の処理とビールの開封作業をした。


多分真利愛さんは落ち込んだ勢いでもっと飲むだろうし、色々とマセている彼方は便乗して飲みたがるだろうと考えたからだ。


話が着いたようで彼方がこちらに身体を向けた。

僕も彼女の方を向いて腕を広げてみた。


僕は勢いよく飛び込んできた『妹』を抱いた。

その後、小柄な彼女を膝に乗せた形の姿勢で真利愛さんの話を聞いた。


まず話したのはホルモン治療についてだった。


僕と真利愛さんの間では話が決まったけど、本人の意思はまだ聞けていなかった。


彼方は女性ホルモンの分泌量も少なく、男性ホルモンの活動も停滞しているため、身体のホルモンバランスが不安定になりやすい。

ホルモンバランスの乱れから精神的に情緒不安定な状態に陥りやすい彼方は定期的に女性ホルモンの投与を受ける必要がある。


「これ以上、二人に迷惑を掛けちゃ不味いしね」


そう言って当事者である彼方は通院を了承した。


「ひなはどうするの?」


「僕は一旦保留にしようと思ってるよ」


「どうして?」


「これは真利愛さんにも話したことなんだけどね。記憶が無くて自分の事が不鮮明なまま治療を進めてしまうと後で自分を取り戻した時に後悔するかもしれないから。だから記憶が戻るまではやめておこうってそう思ったんだ」


「……確かに。性別違和の治療は不可逆だから慎重にやらなきゃなんないもんね」


あっさり納得した彼方は膝の上から降りて僕の方へ向き直ると頭を撫でてくれた。


これは褒めてくれているのだろうか。

それとも僕の心情を慮って慰めてくれているのだろうか。


ひと通りそうしてから彼方は僕の隣に座り直した。


「あのね、実は最近疲労感が強いんだ。体力が無いのも原因の一つかもしれないけど、とにかくすぐに疲れたり眠くなったりしちゃう。これがホルモン起因の物なのかどうかは分かんないけど。それに傷の治りが悪い気もする。前だったら痣なんて翌日には消えていたのに、今ではこんな感じに何日も残ってるんだ」


先の話に関連する事柄だからなのか、珍しく彼方が自分から自らの身体の話をしてくれた。


身体の痣について話をされたので傷の観察ついでに裸の彼女を手当てしながら見てみた。


以前だったらこのくらいの痣は二日経てば完治していた。

だが、今は治癒力が低下しているのか、今では一昨日に出来た痣がまだそのまま残ってしまっていた。


そして頬の手当てをする為にと顔を見た時に薄くシミが出来てしまっていることに気がついた。

鼻の周りから頬にかけてがやや赤くなっている。


「このシミどうしたの?」


「シミ?どれの事?」


「顔だよ。頬から鼻にかけて少し赤くなってるよ」


「ええ、また熱出てるのかな」


そう言って彼方は僕と額を着け合わせ た。

けれど特に熱くもなく平熱といった感じだった。


「別に熱が出てるってほど熱くないけど」


「ええ、じゃあなんだろう」


僕らが額を合わせて体温を計っている間に真利愛さんが体温計を持ってきてくれた。


「はい、体温計。これでちゃんと熱測ってみなさい」


「……うん、分かった」


彼方は体温計を渡され熱を測る。


数分後、音が鳴って確認すると35.4度だった。寧ろ低過ぎるくらいだった。


よくよく考えたら彼方はほぼ全裸だったからそのせいで身体が冷えているのかもしれない。


「かな、とりあえず服を……」


「彼方、とりあえず服を着て来なさい」


ほぼ同時に僕と真利愛さんの二人に言われて彼方は服を着る為に慌てて部屋に行った。


そして彼方が部屋に行くのを見送ってから僕は一度トイレへ立った。


戻ってくると真利愛さんが彼方にビールを勧めたようで彼方は当たり前のようにすぐに一杯を飲み干しておかわりをしていた。


「真利愛さん、かなにお酒呑ませちゃって良かったの?」


「本人が飲みたい、酔った方が素直に色々話せそうだからって言って飲み始めちゃってね。私も彼方と腹を割って話したかったから丁度良かったわ。まあこのお酒自体はそんなにアルコールは強くないから大丈夫よ」


「へえ、そうなんですか」


僕は真利愛さんの説明に耳を傾けつつ席に着いた。

すると彼方がわざわざ立ち上がって僕の膝の上に乗ってきた。


もう既に酔っているらしいく、首の後ろに腕を回してきてにへら顔で絡んできた。


「ね、ひなも飲もうよ」


「僕はいらないから」


「そう言わずに、ほら」


「いらないってば」


「いいから、ね?美味しいし、呑んだら気持ちよくなるよ」


「だから呑まないって。もし呑んで何かあったらどうするのさ」


「大丈夫だよ、そんな心配しなくても。ひなが言う『何か』なんて起きないから」


お酒を呑んで今の彼方のようになってしまったら、勢いでなにかしてしまうかもしれない。


恋仲を辞めて兄妹に戻ると決めたばかりなのにそんな事になってしまったら、僕は……。


そう思うと呑む気にはなれない。けれどそんな人の気も知らず、彼方は拒否する僕に何度もお酒を勧めてきた。


聞く耳を持たない彼女に次第に苛立ちを覚えてしまう。


「だからさっきから呑まないって言ってるじゃん。それなのに何でそんなに執拗く勧めてくるの?いい加減に諦め──」


「まあまあ、そう怒らないで。せっかくなんだし、少しだけでも呑んでみたら?少し呑んでみてダメだったならその時は無理に呑まなくてもいいから。だから、ね?」


真利愛さんにまでそんな風に言われてしまった。

どうしてこう、この二人はこういう所だけは似ているのだろうか。


「何度も言いますけど、僕は呑みません。これだけ言ってまだ呑め呑めと勧めてくるなら場違いなようなので僕がこの場から立ち退きます。

そして今日は施設長さんの所に泊めてもらうことにしますので、どうぞ二人は存分楽しんでください」


いい加減鬱陶しく思った僕は二人に向けてそう言い放った。


真利愛さんは顔を顰めて諦めたようだった。対照的に彼方は呆れ顔で僕の方を見てきた。

どうして僕がそんな顔をされなきゃいけないのか分からない。


「……はあ、しょうがないなあ」


彼方はそう一言を零してから僕の身体から離れた。そして缶ビール一本を手にしてから向き合う形で僕の目の前に座った。


何をされるのかと思考を巡らせつつ敢えて身体を逸らせた。


「ねえ、ひな。なんでそっち向くの、こっち向いて。私の方を見て」


ねだるような声でそう言われ思わず僕は彼方の方を向いた。

そしてその瞬間、彼女に押し倒された。彼女は脚を使って僕の両腕を固定して拘束した後、自身の口にお酒を含んだ。


この姿勢に何の意味があるのだろうか。


彼方は口の中のお酒を飲み込むでもなくリスのように頬を膨らませたまま上から僕に覆い被さるように身体を倒すと流れるように僕の唇にキスをした。


そのキスはいつものように舌を絡ませるようなものでなく、彼方の唾液と共に何かが流し込まれていた。

僕は無抵抗のままに長い口付けを受け続け、喉を上下させながらそれを飲み込んだ。

僕らは真利愛さんの前だと言うのを気にも掛けずにしばらく唇を重ねていた。


キスの心地良い感触と血の巡る感触とで一気に身体が火照って唐突に目眩がした。


僕はだいぶ遅れてからお酒を口移しされてしまったのだと気がついた。


「お酒の味はどう?」


唇を離してから彼方がなんのことはない様な顔でそんな風に尋ねてきた。


僕は既に酔ってしまったのか彼女の浮かべるにへら顔がとても可愛い物に見えてしまって仕方がなかった。


「……キスの感触が強すぎてお酒の味はあんまり分かんなかった」


正直にそう吐露しながら身体を起こして、彼方に勧められるまま机の上に置いてあったジョッキ一杯を一気に呑み干した。


「……なんか頭がふわふわする」


僕はそんな一言を零し、おもむろに次の一杯を煽った。

呑んでも呑んでも口が寂しく思えてしまうのは、多分彼方とのキスのせいだ。

僕はキスの代わりにお酒を煽り続けた。


「真利愛さん、お酒って美味しいですね」


「そうでしょ。まだあるけどいる?」


「……呑みます」


真利愛さん煽られながら何杯も何杯も呑んで、そうして僕は酒に溺れていった。


完全に酔って思考が定まらない僕は思った事をそのまま口に出しながらお酒を飲み続けてた。


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