第11話
陽葵が家を出た後、いつも通り勉強をしながら過ごして、あっという間に食堂へと行く時間になった。
僕は簡単に着替えてから家を出た。
ご飯を取りに食堂へと向かうと途中で一人の少年とすれ違った。
彼は普段見慣れない僕を見てか「うわ、キモっ」と言い残して去った。
一体何なんだろうか。
食堂に入ると今度は別の少年とすれ違う。
「うわ、陽葵だ」
「……えっ?」
少年は何故か僕を陽葵だと勘違いしているようで嫌そうに話し掛けてきた。
「──なあ、陽葵。お前なんで俺らと一緒の生活しねえの」
「いや、それは事情があるからっていうか……」
陽葵は事情があって他の子とは違う生活を送っているはずだ。
何の事情かは話してくれないから知らないけど。
「お前が学校に通わねえから、俺まで色々言われてんだよ」
「ひなが学校に通わないから何?それって人のせいにしてるだけじゃん」
「……は?陽葵の癖に生意気言ってんじゃねえよ」
少年は僕に殴り掛かってきた。
それに対して僕は、なんでこんなに自然と身体が動くのか、と自分でも不思議に思いながら相手の攻撃を躱し続けた。
少年の必死な拳を適当にいなして腕に一発を与えると抵抗されると思っていなかったのか、一瞬怯んだ彼はそれを食らったことで激昂し更に激しく迫ってきた。
そこにたまたまさきほどすれ違った少年がやってきて喧嘩に加わってきた。
流石に二対一は分が悪く、焦っていたところで職員が来て止めに入ってくれた。
少年二人は逃げるように食堂から出て行った。
なんやかんやとありつつも食堂でご飯を確保して家に帰った。
帰り着いた頃には15時半を過ぎた頃だった。
陽葵はいつもならこのくらいの時間には帰ってくるし、帰ってくるまで待って一緒にご飯を食べようと思い待つことにした。
けれど16時を過ぎても陽葵が帰ってこない。
何かあったのか、と少し心配になりつつも我慢した。
しかし、その我慢も3分も持たずにソワソワとしてしまって玄関をウロウロした。
──まだかな、まだかな。
その後、慌てた様子で帰ってきた陽葵とご飯を食べてから、課題の質問なんかをして勉強をしていた時だった。
玄関のインターホンが鳴り、陽葵は玄関に向かった。
ガチャりと音を立ててドアを開けた陽葵は慌ててドアを閉めようとした。
あ、これはいつものパターンだ。そう思った。
僕はまだ顔を見せない施設長さんの来訪を悟り、勉強道具を片付け始めた。
いつものパターン通りならまた二人はリビングで言い合いをする。
案の定、リビングへと入ってきた施設長さんは僕に喧嘩の前予告をしてくれた。陽葵は遠回しに『聞かれたくないから耳を塞いでいて欲しい』と伝えてきた。
部屋へと篭もりベッドに腰を掛けた。言い合う声が聞こえてくる。
一応言われた通りにヘッドホンだけ付けてみても丸聞こえだった。音楽を流してみても二人の声が混じって不協和音にしかならなくてすぐに曲を止めた。
しばらくして施設長さんが帰ったのか家の中が静かになった。
すぐに激しい物音が聞こえてきて、それが止むと今度は陽葵の泣き喚く声が聞こえてくる。
部屋から出て彼女を慰めてあげてから、時計を見るともう21時を回っていた。
ご飯を取りに食堂に行って帰ってきて、部屋に入ると何処か怪我をしていたのか絆創膏だらけになった陽葵に出迎えられた。
手当てのついでに塗っていたファンデーションを落としたようで目立つ青い痣の上に貼られた絆創膏が痛々しさに拍車をかけていた。
ベッドで横になると陽葵が寄り添ってきて愚痴り始めた。
過去に遭ったこと起きたことを話してくれた。
僕は今日の言い合いの内容がそういう背景から来ていたんだって知って、慰めようとして口を開いた。
それなのに途中から無意識に彼女を責めるようなことを言ってしまった。
偉そうに指摘なんかをしてしまって、酷く後悔した。
「かな、ただいま!」
「おかえり」
家に帰ってきた陽葵はスッキリとした晴れやかな顔をしていた。
僕は陽葵に着替えてくるように言って、夜ご飯の用意を始めた。
ご飯を食べながら施設長さんとどんな話をしたのか聞いてみると、きちんと施設長さんに謝った後でこれからの決まりについての話し合いなんかも出来たそうだ。
「かなのお陰だよ。ありがとう」
陽葵はそう言って僕にお礼を述べた。別にお礼を言われるような特別な事をしたわけじゃないのに。
ご飯を食べ終わり、僕はリビングで勉強を。陽葵は自分の部屋で読書をして過ごしていた。
「かな、今日はもう寝よう」
「えっ、いつもよりかだいぶ早いけど……。まあいいか、分かった」
部屋から出てきた陽葵に誘われ、勉強道具を片付けて二人で布団に潜った。
「明日からの話だけど──」
陽葵は施設長さんと決めた新しい決まりについて話してくれた。
改めて他の子供達との接触を禁じられたこと。それを守るためにも生活リズムを整えるためにも出掛ける日の生活スケジュールが常となること。
僕も陽葵同様に生活をすること。
そのため明日からは少しずつ時間を調整していく必要があるらしい。
だから今日は早めに眠るのだそうだ。
翌朝、目が覚めると時間は6時を回った頃だった。
いつもはあまり気にならない朝日がとても眩しい。まだ眠っている陽葵は顔の高さまで布団を被って
「ひな、朝だよ」
布団に包まったままの陽葵に声を掛けながら彼女の身体を軽く揺すった。
「……んー。」
ひなは目を擦りながら起き上がった。
リビングで食事を摂りながら生活スケジュールについての話をおさらいした。
食堂でご飯を確保したのち夕方に眠り、夜に起きて食事と入浴を済ませて夜中から翌日の夕方に活動する。
このルーティンを繰り返す。
新しく決まった生活リズムはこんな感じだ。
「ごめんね、私の生活に付き合わせる形になっちゃって」
「ううん、大丈夫だよ」
「ありがとう」
そう言って笑い合いながらご飯を食べる。ご飯を取りに行く時間についても調整しとかなきゃだ。
食後に勉強を教えてもらいながら過ごしているとすぐに時間が経った。
相変わらず陽葵の教え方は上手い。すんなり問題が解けていき、一人でやる時と比べ倍ほどの量が片付いた。
昼前になるといつものように陽葵は保育園へ行った。
僕もいつものように課題を取り出して勉強を続けた。
昼食の時間になり、ご飯を取りに食堂へ来ると一人の少年とすれ違った。
「あっお前、昨日の偽物!」
「……えっ、突然何」
「あの後、本物と会ったんだよ。頭が白い方にな」
「あー、ひなが会っちゃった子供ってこの子の事だったんだ……」
「昨日はよくも騙してくれたな」
「いやいや、騙すも何も勝手に勘違いしたのそっちじゃん」
「おまけにお前に殴られたところ腫れたままなんだぞ」
「それは、悪いと思ってるけど」
適当に聞き流していると職員が来て私を睨んだ。
敵視されている意味がよく分からない。
もうこの場に居続けるのも面倒くさかったので未だに何か騒いでいた少年を無視して僕は用を済ませて食堂を後にした。
彼の態度を見て、施設長が僕に陽葵と一緒に生活するように言った理由が何となく分かった。
昼食を食べる気も起きず、リビングでゴロゴロしているといつも通りの時間に陽葵が帰ってきた。
「かながそんな風になってるの珍しいね」
帰ってきて僕の姿を見た陽葵は開口一番そんなことを言った。
「……少し、色々あって」
「そっか、困った事があったら言ってね。いつも助けられてるんだし、私も力になるからね」
「うん、ありがとう」
陽葵がご飯を用意してくれて一緒に「いただきます」とご飯を食べようとした時だった。玄関のインターホンが鳴り、陽葵が玄関を開けるとそこには施設長さんがいた。
僕が知る限り二日連続の来訪は初めてだった。
「なに、また私なんかした?」
「いえ、そうじゃないわ。今日は彼方さんの方に用があって来たの」
「そうなんだ。……なら私は席を外した方がいい?」
「彼方さんは貴方とは違うから。彼方さんが良いのであれば三人で話がしたいと思ってるわ」
「多分施設長さんの話ってあの子供達のことですよね。僕はどちらでも構いませんよ」
「まあ、かながそう言うなら、私も一緒に聞く事にするよ」
僕の了承を得て、施設長さんは話し始めた。
僕達はご飯を食べながら彼女の話を聞いた。
「彼方さんが言う通り、話っていうのは咲夜くんのことなのよ」
施設長さんが話してくれた。
『咲夜』という名前らしい彼は結構な人気者で職員の中にも彼を贔屓する者は多いらしい。
彼は昨日僕らに会って以来僕と陽葵の話を他の子供達に流布して回っているらしい。
『
髪が白色で短い方は本物。髪が黒色で長い方は偽物。
本物は臆病ですぐ逃げる。偽物はやり返してくる。
もし会いたいなら昼過ぎに食堂に居たら会えるはずだ。
』
とかなんとか。
おまけに僕に殴られた事を言って、職員達に泣きついたそうだ。
食堂で職員が睨んできたのはそういうことだったらしい。
「申し訳ないのだけど、食事は私か職員が届けるようにするから貴方達二人は今後食堂には行かないようにして欲しいの」
「職員は咲夜の味方なんでしょ?そんな人にうちに来られるの嫌なんだけど」
「全員が全員そうって訳じゃないのよ。一部そういう人がいるってだけよ」
「それでも誰がそうなのか判断出来ない以上はそんなの認められない」
二人が険悪な雰囲気になり、僕は慌てて間に入り二人にストップをかける。
「待って待って、二人とも落ち着こう。落ち着いて話し合おう」
「……はあ。そうね」
「……うん。そうだね」
勢いで椅子から立ち上がっていた陽葵が座り直し、施設長さんも一度呼吸を整えてから軽く座り直す。
「職員の一部がこの事で煩く騒いでいてね。彼方さんの扱いに対しての相談をされたの。『あんなのがいたら他の子供達が危険だ』とか『追い出しましょう』とか過激なものまでね」
「……僕が『咲夜くん』って子を殴ったのは事実なんだし、職員に恨まれていても仕方がないと思います」
「それは咲夜がかなに絡んできたからでしょ?正当防衛で殴ったんだったらかなは悪くないじゃん。そこまで言う意味が分からない」
「何も無ければその通りなんだけどね」
「何かあったんですか?」
「変な事を聞くようだけど、彼方さんあなた、過去に空手か柔道を習っていた憶えはない?過去の記憶が無いあなたに訊いても仕方がないことかも知れないけど」
「……ごめんなさい、分かりません」
「まあ、そうよね。実はね、咲夜くんの腫れがあまりに酷くて病院で検査したの。そしたら骨にヒビが入っていたのよ」
「……えっ、それって
「そうね、ただの子供同士の喧嘩では片付けられない問題だわ。その上、それを知った職員が 彼方さんを目の敵にしていて騒ぎ立てていて、何かあっては困るから。だから私としては貴方にはこの家に篭ってて欲しいと思っているわけなの。入浴については仕方が無いから上手く時間を調整するつもりだけど」
「なるほど、そういう理由なら……」
「さっきの陽葵さんの意見も最もだと思うし、通いの職員はこちらで厳選するわ」
「ちょーさんが来てくれればいいじゃん」
「そうしたいところだけど、私は『施設長』だからね。いつでも施設に居られるわけじゃ無いのよ」
「……そう、それは残念」
「陽葵さんがそんなこと言ってくれるなんてね」
「……私達に無関心な他の職員よりはまだ信用出来るから」
「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃない。その信頼に応えられるよう、あなた達が不利益を被らないようにきちんと選ぶからね」
話が終わると挨拶もそこそこに施設長さんはいそいそと帰って行った。
まだ食事は途中だったが、なんだか食事どころではなくなってしまった。食べ掛けをラップして冷蔵庫にしまった。
どうせご飯を取りに行けないし、夜はこれを食べればいい。
施設長さんが言ったお世話係の配置。
これは本来の施設の形ではある。
ログハウス一つにつき交替で一人の担当職員が付いて身の回りのことは世話係である彼らが行い、子供達は施設外での日常生活を過ごす。
午後の担当職員が外から帰宅した彼らを夜まで見守り、眠るところまでを見届けるとそこで職員の仕事が終わる。
翌日にはまた別の職員が来てその日のお世話をする。
そうして何人もの職員にお世話をされながら生活する。
これが他の子供達の『普通』の日常だ。
元々僕達にはそういうものは無くて、僕らだけの生活を送っていたが、寧ろこっちの方が『異常』だったのだ。
本来の形になると思えば納得出来そうなものだけど、そんな簡単な話じゃなかった。
だって大人の手が入るようになれば、それは二人だけの生活じゃなくなる。
僕にとってはその事が結構応えていた。
陽葵も同じように感じているのだろうか。施設長さんが帰ったあとから一言も喋らない。
二人で最低限の会話しかしないまま、ベッドで眠った。
夜中に目が覚めると二人で昼食の残りを食べた。
「……私達、これからどうなるんだろう」
「少なくとも自由度は減ると思う」
「それは嫌だし、困る」
朝になるとまた施設長さんが来た。
「しばらくは私があなた達の面倒を見ることになったから」
そう言って食事や洗濯、身の回りのお世話をしてくれた。
なんだか落ち着かない。
知っている施設長さんでもこうなのだから毎日毎日知らない相手と接することになると考えるともうから憂鬱だった。
「真利愛がここにいれば万事解決かもしれないけどね。あの子は色々と忙しいみたいだから」
これは初めて知ったことだが、真利愛さんは検察事務官という仕事をしているらしい。
検事の助手といった感じの仕事だと施設長は教えてくれた。
僕は検事がどういう職業なのかも詳しくは知らないので詳細は何もわからなかったが、陽葵はそれを聞いて鼻高になっていた。
施設長さんの言うように真利愛さんが居て面倒を見てくれるのであれば子供である僕らにとってはそれが一番だと思う。
まあ、それが出来ないから施設預かりになっているのだけど。
翌日、またも施設長さんが来てお世話をする。眠れていないのだろうか、目の下の隈が目立っていた。
「良い人見つかりそうですか?」
「少し難しいわ。咲夜くんの話が既に職員の中で知れ渡っているから、彼方さんに関わろうとする人が居ないっていうのが現状ね」
「そう、ですか」
お世話中の施設長さんと話しをしていると、陽葵が外行きの格好をして部屋から出てきた。
「かな、私今日は出掛けてくるから」
「……いきなりどうしたの」
「今は施設の中に居る気分じゃないの」
「あなたね、ただでさえ難しい状況だって時に」
「だからこそだよ。もし職員がこの家に来て、この家の中で生活を送るようになるなら自然と『あの事』だって知られちゃうでしょ。私はそんなの嫌だもん。だからそうならないように動くだけよ」
玄関で靴を履きながら追い詰められた現在の状況に悪態を吐いた。
「そこもちゃんと考慮して決めてるとこだから。だから今は少し待ちなさ──」
「……じゃ、いってきます」
引き留める施設長さんを無視して、陽葵は出て行った。
そしてその日、 陽葵は夕方になっても帰ってこなくて、心配した。
心配で眠れずにリビングで待っていると彼女は深夜を過ぎた頃に泣きながら帰ってきた。
着て行った服はボロボロにされていて、身体はまた痣だらけだった。
「どうしたの、大丈夫?」
倒れそうになる陽葵を受け止めて抱くと彼女の身体はすごく熱かった。リビングに運び、体温を測ると39度の熱を出していた。
服を脱いでもらうと、身体にも何ヶ所もの痣が出来ていて見ていて痛々しかった。
身体を拭いてあげた後で軽く傷の手当てをした。
その後部屋へ運び、ベッドに寝かせた。冷蔵庫からアイスの枕を持ってきて頭の下に敷いてあげた。
「……かな 、ありがとね」
そう言って苦しそうに陽葵は眠ってしまっていた。
僕は一晩中苦しそうに眠る彼女を看病した。
苦しみ喘ぐ陽葵の背中を摩ってやったり水差しで水を飲ませたり。溶けてしまった冷却枕の代わりに濡れタオルを用意して額に置いてあげたり。
看病の途中でいつの間にか僕も眠ってしまっていたらしい。目を覚ますと僕は陽葵と抱き合う形で眠っていた。
寝ている間に三時間も時間が経ってしまっていたようで、時計を見るともう朝7時だった。
陽葵に一言声を掛けて僕は体温計で彼女の体温を測った。37.6度だった。下がりはしたもののまだまだ高熱の域だった。
汗だくの陽葵の身体を拭いていると、慌てて突き放されてしまった。
流石に無許可でこれは不味かったかもしれない、と僕は陽葵に謝った。
ご飯を電子レンジで温めてから少し手を加えて部屋へと運んだ。陽葵に声を掛けてご飯を食べさせてあげた。
やはりお腹はすいていたようで少しずつではあったけど、ご飯を完食した。
食後すぐに熱を測ると陽葵はまだ高熱が続いていた。
「私、行かなきゃ……」
昨日の今日で約束があるらしく、陽葵は家を出ようとして準備を始めた。僕は急いでそれを止めてベッドに寝かしつけようとしたけど彼女は言うことを聞こうとはしなかった。
「そんな状態で出掛けたってキツいだけだよ。ちゃんと休んで体調治してから出掛けたらいいじゃん」
「かなには分からないだろうけど、これは私にとっては大事な事なんだよ」
「そんな言い方ってなくない?僕はひなのこと心配して言ってるのに」
「……それは分かってる、心配してくれるのは嬉しいよ。でもこればかりは譲れないことだから」
「ふーん、そっか。だったら勝手にすればいいじゃん」
「…………うん、勝手にする。いってくるね」
まだ赤い顔のまま彼女はそう言って出ていった。
昼過ぎに世話をしに訪れた施設長さんは僕の話を聞いて溜め息を吐いてから最低限の事だけをしてすぐに家を出ていった。
夜になり、施設長さんと陽葵を背負った真利愛さんが医師を連れて帰ってきた。
出て行った時同様顔が赤いままの陽葵は昨日以上に身体中に痣を作って帰って来た。
彼女は医師に触診をされ、何度か痛みに叫んだ。その後、熱を抑えるためか、何かの薬を飲まされていた。
真利愛さんに尋ねるとやっぱりまだ熱が下がっていない上、怪我が酷いため治療が必要なのだとか。
しばらくして、陽葵は気を失うようにして眠った。
僕はそんな彼女の姿を見て不安で心が押し潰されそうだった。
今日、言い合いをして別れて、帰ってきた陽葵はまた発熱して怪我までして意識を失ってしまった。
もしこのまま、陽葵が目を覚まさなかったらどうしよう。
目が覚めたら今日のこと謝らなきゃだ。
「彼方、陽葵の熱が出たのはいつからか分かる?」
真利愛さんからそう聞かれ、考えた。昨日帰って来た後高熱を出していた陽葵だけど、いつから熱があったのかというのは正直定かではない。
「多分昨日か一昨日だと思います」
「そう、ありがとう」
感謝の言葉を述べながら真利愛さんは僕の頭を撫でた。
その晩は「風邪が感染ったら大変だから」と言う真利愛さんに従って彼女と共にリビングで寝ることになった。
「退院してからはどう?」
「ひなが居てくれるので毎日楽しいですよ」
「なら良かったわ。仕事を理由にあなたのこと全然見てあげられなかった、ごめんなさいね」
「大丈夫ですよ」
それから僕は最近あったことを彼女に話した。
学校に行かない陽葵を施設長さんが叱った事。今までもそんな感じだったのか陽葵が施設長さんを目の敵にしていた事。そんな陽葵が施設長さんと少し仲良くなったこと。
食堂で出会った少年と揉めた事。そのせいで色々と厳しい目で見られるようになったこと。
話している途中で僕は睡魔に襲われて眠ってしまった。
「いつも陽葵のこと見てくれてありがと。今まで傍にいてあげられなくてごめんなさいね」
意識が落ちる直前、真利愛さんが泣きながらそう言う声が聞こえた気がした。
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