少年と少女。
第9話
一人の子供がとある児童養護施設に運び込まれた。少女は酷く憔悴しており、栄養失調が疑われた。
施設の職員である女性は病院へ連れて行こうと考えたが、いかんせんその少女は未元が不明だった。何も携帯していなかったようで身分証らしきものも無い。
これでは治療を進めることが出来ない。
そんな時だった。
「私がその子を引き取って面倒をみるわ」
一人の女性がそう言った。少女を施設へと運び込んできた彼女だ。彼女は少女をある小さな家に運び込んだ。
女性は知り合いの医師を呼ぶと彼に少女の診察をさせた。そして診察の結果を元に治療にあたった。
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随分と長い間眠ってしまっていたらしい。思うように身体に力が入っていかない。ベッドの上に横になったまま知らない天井を見る。木造建築のその天井を見ながら頭を巡らせた。
──僕は誰だっけ、どこから来たんだっけ。どうしてこんな事になってるんだっけ。
考えることしか出来ることが無くて、ボーッと天井を眺めているといきなり部屋の扉が開けられた。
「あ、おはよう。目覚めた?」
入ってきたのは一人の少女だった。
銀に近い真っ白い髪色をしていて、その短い髪を首の辺りで縛っていた。
少女はベッドの横に腰掛けると目覚めた僕の手首や首筋に触れた。
そして僕の前髪をかき上げて額と額を突き合わせた。
「熱は無さそう……かな。体調はどんな感じ?」
「身体の節々が痛いです。上手く力も入らなくて……」
「まあ三日も寝続けてたらそうなるよね」
「ははは、そうですよね……」
その後、僕は彼女に介助してもらいながらゆっくりと身体を起こした。
その後、用意してもらったご飯を食べながら少女と話をした。
名前や家の住所、家族の連絡先なんかを聞かれたけど、いざ答えようとしてもやっぱり何も思い出せなかった。
「ごめん、何も覚えてない……」
「そっか、別に無理に色々思い出そうとしなくてもいいからね」
頭を悩ませている僕に、彼女はそう言って頭を撫でてくれた。
「ここは『光の園』って名前の児童養護施設でね、身寄りの無い子供が預けられる場所なの。私もその一人なんだ。まーさんが私を養子に迎えてくれたんだけど、事情があって今もここで生活してるんだ」
「そうなんだ。なんか大変だね」
「まあね。あ、まーさんが言ってたんだけど、あなたも私と同じようにまーさんの子供になるんだって」
「……えっ、僕も?」
「あら、目が覚めたのね」
彼女はベッドの傍に来て僕の手に触れながら挨拶をしてくれた。
「私は
彼女が道端で倒れていた僕を見つけて、ここまで連れてきてくれたらしい。
連れてこられた僕は彼女の知り合いの医師に治療をしてもらった、という訳だった。
「そういえば私も自己紹介がまだだったよね。私の名前は志村
そこまで言ってから少女は僕の方を見てから「そういえば」とハッとして真利愛さんの方を向いた。
「ねえ、まーさん。この子の名前はどうするの?」
「そういえば名前が分からないんだったっけ。なら何かつけてあげなきゃね」
真利愛さんは腕を組んで斜め上の方向を見ながら頭を悩ませた。
隣に座る少女も同じようなポーズを取って名前を考えてくれた。もしかしたら母親の真似をしていただけかもしれないけど。
「……そうだ。あなたの名前は『
笑いながらそう言って、真利愛さんは僕に名前をくれた。
僕達はお互いを ″ひな″ 、 ″かな″ と呼び合い、顔を見合わせて笑った。
こうして記憶の無い僕は『志村 彼方』としての新しい人生を歩み始めた。
後日、僕の体調を鑑みて僕は病院に入院することになった。
母となってくれた真利愛さんは最初こそ毎日陽葵と一緒に来てくれていたけど、仕事があるからと次第に病室に来ることは減っていった。今はほとんど会うことは無い。たまに廊下までは来ているのか扉の外で声がするくらいだ。
そんな状況だからだろうか。陽葵はずっと僕に着いていてくれた。
毎日見舞いに来てくれて陽葵その日あったことを教えてくれたり過去に読んだ本について話してくれたりしてくれた。
週一で着替えを届けてくれたりもした。
やる事も特に無く、周囲の状況を知ることが出来ない僕にはそれがとてもありがたかった。
どうしてここまでしてくれるんだろうか。
週一回くらいの頻度で医師が僕の状態を診察しに病室を訪れた。
その時には僕の説明に陽葵が補足をする形で色々説明してくれていた。
そんな彼女の献身のお陰もあり、僕はそう月日が経たず退院出来た。
退院の時には真利愛さんも来てくれて一緒に施設の家へと戻った。
退院して施設に戻ってきてから僕がまず行ったのは自分の姿を確認することだった。僕は何故か陽葵とそっくりの見た目をしていた。
鏡を見て自分の姿を知った僕は真利愛さんに頼んで髪を切ってもらった。肩口くらいの長さで切り揃えてもらい、毛先を少し巻いてもらった。耳の上辺りに団子を作ってもらって完成だ。
鏡の中の僕は一人の女の子のようだった。
その後、陽葵に教えてもらいながら顔の洗い方、ニキビの治し方なんかを一緒に実践した。
その翌日は外に出て何故か人目を気にする陽葵に施設を案内してもらい、要所要所で彼女は説明をしてくれた。
『
規模の大きいこの養護施設の中には小型のログハウスが幾つか建てられていて、一つのログハウスにつき二人ないし三人の子供が暮らせるようになっている。
部屋割りは部屋が一つと吹き抜けのリビング、それにトイレが一つだ。
入浴や洗濯、食事に関しては施設の中にある共用の施設を利用する。
毎日一つのログハウスにつき必ず職員が一人一日交替で世話係を担当する。
子供達は昼間は学校に通うか施設内の保育所で子供達のお世話をしたりして過ごす。
そして夜になると各々の家に戻り就寝する。
』
施設の子供達はこんな感じで生活を送っているらしい。
陽葵曰く、僕らは色々と例外らしいが。
職員から僕が退院して帰ってきたと聞いたらしいこの施設の施設長が僕達の住むホームを訪ねてきた。彼女から健康状態や怪我の状態を聞かれてそれに対して特に問題が無いことを伝えた。
すると彼女は「なら学校に通わなきゃね」と告げた。
僕ではなく、陽葵に向けて。
クッションの上で他人事のように話を聞いていた陽葵は施設長の一言を聞いてビクッと怯えた。
その後で施設長の方を向いてから慌てて僕の後ろに隠れ、警戒するような目で彼女を睨んだ。
そんな陽葵の態度に施設長は溜め息を吐いた。
「……はあ。貴方はいつまでそうやって我が儘を通すつもりなの?しばらく貴方を見逃してあげていたのは彼方さんの世話をしてくれていたからよ。その必要も無くなったのだから、もういいでしょう?」
施設長さんはそう言って陽葵を叱責した。
学校という所に通いたくない理由があるらしい陽葵は僕の世話を口実に学校を休んでいた。
陽葵が僕に献身的に尽くしてくれていたのは学校に行かないための口実だったと分かったからだと分かった僕は少し安心した。
「今はこうして施設の中で暮らしていけるからいいかもしれない。けど学校を卒業した後はどうするの?高校に行くの?それとも働くの?中学校に行っておかないとそういう将来のことにだって影響するのよ?私達施設は一生貴方のことを預かってあげられるわけじゃないのよ」
施設長としてはきちんと学校に行って欲しいようだった。
一応自立支援を促すための措置を名目としてこの施設がある訳だし、自分はその施設長だから児童を中学校すら卒業出来ない状態で施設から送り出す事はしたくないらしい。
怒鳴られて黙ったまま目に涙を溜めている陽葵は決して施設長と目を合わせようとしなかった。
「……私は学校には行かない。どうしてもあんな場所に行かなきゃいけないって言うなら私は自殺する」
陽葵は今まで聞いたことがないような低い声でそう言った。
僕は通っていたことが有るのか無いのか。記憶が無いから分からないが、学校というのはそこまで言うほど酷い場所なのだろうか。
僕は陽葵の気持ちを分かってあげられないから何も言えない。
「貴方が色々な事を悩んでいるのは分かるのよ。その気持ちだって理解してあげられるつもりよ。けどね、いつまでも逃げている訳にはいかないの」
「……ちょーさんには私の気持ちなんて絶対分からないよ」
それだけ言って陽葵は部屋に逃げ込んでしまった。
そんな彼女の態度に施設長はポリポリと頭を掻いて俯いた。
「参ったね。怒鳴るつもりは無かったんだけど」
「何でひなはそんなに『学校』を嫌がってるんですか?」
「あなたが来る少し前にね、他の生徒から嫌がらせを受けたんだよ。結構な嫌がらせを、ね。それが理由であの子は学校に行くことを怖がるようになったの」
「その『嫌がらせ』って?」
「……それに関しては私の口からは言えないわ。あの子自身の事も話さなきゃいけなくなるから」
「そう、ですか」
施設長はまた来るとだけ言い残して僕達の家から出て行った。
僕は施設長を見送った後、部屋に行った。
ベッドに突っ伏して枕に顔を埋めている陽葵の傍に寄りその背中を撫でながら声を掛けた。
「ひな、施設長さん出てったたよ」
「あのオバサン、私と顔合わせる度に『学校行け、学校行け』ってそれしか言わないんだよ。どれだけ嫌だって言っても耳を貸してくれない」
「ひなのこと、考えてくれているからこそじゃない?」
「絶対違う!私のせいで施設の評判が落ちないかどうか、とかそんなことしか考えてないって」
僕が何を言っても陽葵はそういった様子で聞く耳を持たなかった。
似たもの同士というか同族嫌悪というか……。
結局僕は陽葵に寄り添って彼女の愚痴を聞いてあげることしか出来なかった。
施設の敷地内を動き回れるようになって気づいたことがひとつ。
他の子供達と陽葵が全く違う生活リズムで動いていることだった。
他の子供達のタイムスケジュールはこんな感じだった。
『
朝6時に起床して歯磨きや洗面が終わったら食堂にて朝食を摂る。
その後、子供達は学校へ行く。
夕方18時に夕食を食べた後は浴場を使って入浴の時間だ。
後は22時の就寝時間まで各々自由な時間を過ごす。
』
それに対して陽葵の生活リズムはこんな感じだった。
『
朝9時に起床。歯磨きや洗面の後、自宅で朝食を取る。
11時に保育所へ行き、交替で昼休憩に入る職員の代わりに子供達の面倒を見る。
15時になったら自宅へ戻り、昼食を摂る。
それからは部屋に篭もり自由な時間を過ごす。
22時になったら浴場へ行き入浴を済ませて、その足で食堂へ行き夕食をもらってから家へ戻る。
24時に夕食を食べて1時頃に就寝する。
』
まるで他の子達とは時間をずらして生活しているようだった。
学校に行かない陽葵は昼間は施設構内にある託児所で子供達の面倒を見て過ごしていた。
「……この子は桜月ちゃん。最近施設に預けられた子でまだ3歳なの」
一人一人子供達の事を紹介してくれて、騒ぐ子供を宥めたり、一緒に遊んであげたりと世話をした。
僕もそれを手伝ってあげようとして傍にいた男の子に話し掛けようとした。
すると、陽葵は僕の腕を掴むと首を横に振って「その子は駄目だよ」と言った。
何かそういった決まりでもあるんだろうか。
「ごめん、余計なことしちゃったかな」
「ううん、大丈夫だよ。謝るようなことじゃないから」
「お世話に関して何か決まりとかあるの?」
「……そういう訳じゃ、ないんだけどね」
陽葵はそこで言葉を濁して幼児の元へ戻っていった。
結局僕は世話をする陽葵を見ていることしか出来なかった。
ある程度の時間そうして保育所で過ごしてから二人で家に戻った。
「ごめん、さっき話が途中だったよね」
「えっ?」
リビングで寛いでいると突然陽葵がそんなことを言った。
「ごめん、何の話?」
「ほら、お世話の決まりが何とかって話」
「ああ、そうだったね」
突然話を振られて戸惑ってしまった。
あそこで話は終わったものだと思っていたが、ちゃんと後で説明するつもりだったみたいだ。
「子供って素直だから思ったことはなんでも口にしちゃう。良いことも悪いこともなんでも、ね。だから少し接し方を間違えただけでもすぐに不満を言ったり騒いだりするんだよね。そうなると保育士も手がつけられなくなっちゃったりして大変なの」
僕は自分の子供時代の事すら憶えていないから子供がどういうものかも漠然としか分からない。
けど確かに言われてみれば子供ってそんな感じだった気もする。
「それにね。中にはそんは子供に腹を立てて手を出しちゃう保育士だっているみたい。だから基本的には資格を持っていない人は保育という行為に関わっちゃいけないんだよ」
「だったらひなが子供のお世話をしてるのもマズいんじゃない?」
「保育士が傍にいる時だけってのが条件で幼い子のお世話する許可を貰っているの。特別にね」
「そう、なんだ」
「まあ、元々は施設の職員さんに『学校に行かないなら子供の面倒を見るの手伝ってあげて』って言われて始めたのがきっかけなんだけどね」
「職員の人がそれを言っちゃダメじゃん……」
「その時は丁度人手不足が深刻だったんだよ。まあそれは今でも変わらないみたいだけど」
しばらくは保育に関しての話をして、話が尽きるとそれぞれ別々のことをして過ごした。
陽葵は部屋に戻って本を読み始め、僕はリビングで溜まっていた課題に着手した。
病気で休学の扱いになっているらしい僕には毎日学校から課題が届けられているそうで毎朝必ず職員が家を訪ねて渡してくれた。
少し前までは体調不良で勉強どころではなかったから課題をする余裕も無かったけど、快復した今はそうは言ってられない。
山のように溜まってしまっていた課題をきちんと片付けていかなければいけないのでこうして毎日少しずつ片付けている。
やっと一部を終わらせたと思ったら翌朝にはすぐに新しい課題が届けられるので、一進一退感が否めないが。
課題の山を片付けるべく、今日もこうして用意された問題に向き合う。
記憶が無いはずなのに何故か問題が解けてしまうのは少し気持ち悪かった。
やっぱり所々は解けなくて空白のままだが、一通り解き終わって次の課題に移った。
本を読み終わって暇になったのか部屋から出てきた陽葵は、いつの間にか僕の解き終わった課題を採点し始めた。
「やっぱり記憶が無いせいか所々分からなかったんだよね」
「ううん、これ多分習ってないから分からなかっただけだと思うよ。これ中学に入ってから習うところだし」
「へえ、そうなんだ。じゃあ他の問題は小学生で習う範囲ってこと?」
「うん。もしくは小学校で習った問題の応用とか」
「まともに小学校に通ってたかどうかは憶えていないのに何故か習ったことは憶えてるなんて変だよね」
「そうだね。中学で習うとこ除いたら全問正解してるし、かなはきっと頭いい方だったんだね」
というか、当たり前のように採点して結果を伝えてくれているけど、それが出来るってことは 陽葵も普通に頭がいいんじゃないかな。
どの学年で習う範囲かっていうのも把握して、しかも習ってないはずの問題の答えも分かってるみたいだし……。
そう考えると、確かに陽葵は学校に行って授業なんて受けなくても問題ないかもしれない。
でも学校って授業を受けるだけじゃないって話を聞いたし……。
陽葵はなんで学校行かないんだろう。
なんて考えていると、陽葵が怪訝な顔でこちらを見てきた。
「……なに?」
「ううん、なんでもないよ」
誤魔化しつつ問題の中の分からない部分の解き方を教えてもらって、課題をこなしていった。
陽葵の教え方が上手いお陰か、こうして毎日少しずつ山を削っている。
ちなみに不登校児の陽葵には課題は届いていないみたいだ。
そんな生活を続けて半年ほどが経ったある日のことだった。
少し寝坊をして目を覚まして部屋を出ると、洗面所とリビングを行ったり来たりする陽葵の姿があった。
今日は出掛ける日なんだ。
そう思いながら歯磨きと洗面を済ませて机の上に用意されていた朝食を食べる。
「じゃあ、行ってくるね。夕方には帰ってこれるはずだから」
「うん、いってらっしゃい。気をつけてね」
朝食を食べ終わると、丁度準備が終わって出掛けようとする陽葵を玄関で見送った。
それからは洗濯物を施設内にある共用の洗濯場まで運んで洗濯して、乾燥させてから家に戻った。
リビング、部屋、洗面所、トイレなど家の中を軽く掃除して回ってから食堂に遅い昼食を取りに行き、帰って来てからリビングで食べる。
陽葵は一週間に一度くらいの頻度でこうして何処かへ出掛けることがある。
いつも昼間には出掛けて夕方頃に帰ってくる。
そんな日には疲労困憊といった様子で帰ってくるので玄関から部屋のベッドまでの移動を介助してあげてからベッドに寝かしてあげると、彼女にひと声掛けて食堂に夕食を取りに行く。
戻ってきてからラップ掛けした夕食を冷蔵庫になおして ひな と同じベッドで一緒に眠る。
夜中に起きて一緒にご飯を食べた後は勉強タイムに入る。
と、こんな風に時間を過ごす。
今日もいつもと同様、陽葵は夕方に帰ってきた。
「──ただいま」
「うん、おかえり」
帰ってきた ひな はぐったりとした様子で、靴を脱ぐと出迎えた僕に寄りかかってきた。
僕は何も聞かず彼女の頭を抱いて撫でてあげた。
肩を貸して一緒に部屋まで向かった。
「かな、いつもありがとね」
「ううん、気にしないで」
夜になり食堂にご飯を取りに行って戻ってくると陽葵は下着姿のまま眠ってしまっていた。
傍に湿布やら塗り薬やらが置かれているのを見ると自分で手当てをしようとして、けれど手当する前にベッドに横になりそのまま眠ってしまったのかもしれない。
眠る彼女のその身体には幾つも痣が出来ていた。
首には手の痕がくっきりと残っていて、首を絞められたであろうことが分かる。
そんな状況だったからだろうか。
眠る彼女の目元には泣いた跡が残っていた。
いったいこんな風になるまで、何をしているんだろうか。
何をされているんだろうか。
問い正すのは簡単だと思う。
ただ、「いつも何をしているのか」と聞けばいいだけなのだから。
けれどそれを聞いてしまったら、彼女の抱える何らかの事情に踏み込んでしまったら、全てが崩れてしまうような気がした。
ここ数ヶ月で築いてきた僕達の関係に亀裂が入ってしまうかもしれない。関係が修復不可能なほど壊れてしまうかもしれない。
そんな事を考えてしまって、僕は踏み込むことは出来なかった。
だから彼女の方から話してくれるまで待とうと思った。彼女が話したいと思える時まで待とうと思った。
「話してくれるの、待ってるからね」
そう言って僕は彼女を抱き寄せてから眠った。
翌朝目を覚ますと、目の前には裸で自身の怪我を手当している陽葵の姿があった。
見てはいけないものを見てしまった気がして、慌てて目を逸らした。
「ひな、おはよう」
「……うん、おはよう」
僕は気まずさからとりあえず挨拶だけ済ませて慌てて部屋を出た。
部屋を出て洗面所で顔を洗っていると、肌触りに違和感を覚えた。
リビングに戻り陽葵の私物が入っている引き出しから鏡を取り出して自分の姿を見た。
その姿はこの施設に来て初めて見たあの頃の姿とは少し違っていた。
髪が長いのはそのままだが、彫りが深くなったその顔は『可愛い』という形容が似合わないものになっていた。
以前よりも肩幅は広くなっていて、首元には変なしこりができていた。
これが『大人』になっていくって事なのだろうか。
僕は少しずつ成長していく自分が怖くなった。
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