第九羽「手や腕がなくても」

その獣人じゅうじんは自分のことをフルータと言った。

「待たせたね」

彼女かのじょが持って来たリンゴは食べやすいように一口大に切られている。

「本当にありがとうございます、フルータさん」

私があらためて礼を言うと、彼女は苦笑気味に顔の前で両手をった。

「そんな何度もやめとくれよ。たいしたことじゃないんだから」

「それじゃあいただきます!」

行儀ぎょうぎ良くフェリテが手を合わせる。私はそうすることができないので、代わりに頭を下げることにした。

さて困った。リンゴにありつけたのは本当に喜ばしいことなんだけれど、食べ方を考えていなかった。

フルータさんやフェリテがいる前でいつものように口を近づけてかじりつくわけにもいかない。

「どうしたんだい。食べないのかい?」

けげんそうな顔をするフルータさん。

「いや、その……」

どう説明するべきか迷っていると、何かを思いついたらしきフェリテが言った。

「ロンディ、口大きく開けて」

突然とつぜんのことに困惑こんわくしつつも私はその通りにする。

次の瞬間しゅんかん、口にあまいものが入れられた。

「ぼくがきみの手とうでになるよ」

フェリテは笑顔で宣言する。

私は口の中を空にしてからたずねた。

「い、良いの?」

「うん!だってロンディはぼくの羽になってくれたから!」

「……ありがとう、フェリテ」

「ロンディ、あんた自分の食べ方であたしやこの子を不快にさせたらって、気にしたんだろ」

フルータさんに言い当てられた私は小さくうなずく。彼女は言葉を続けた。

「行儀を気にするハルピュイアもいるんだねえ。おどろいたよ」

「まあ、そういう個体がいると知ってもらえて良かったです」

「覚えておくよ」

フルータさんは歯を見せて笑った。

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