第12話

 タサの街から戻ったカサンドラは、シュシュと空いている客間に生活魔法を使い、きれいにした。


「アオ君。ここがあなたの部屋で、これが服と生活用品。この部屋のお風呂とトイレは小さいけど……自由に使って」


「オレが……こんなにいい部屋を使っていいのか? ドラ、シュシュありがとう」




 夕飯ができてアオ君を食堂へと呼ぶと。アオ君はお風呂を済ませ、シャツとスラックスに着替えてやって来た。人用のスラックスには尻尾の穴がないから、穴を開けて尻尾を出したとアオ君は言った。


「ドラに買ってもらったのに……ごめん!」


「気にしなくていいわ。アオ君の尻尾は立派だもの。後で、尻尾穴の必要な衣類に尻尾の穴をつけるわね」


「ありがとう、助かるよ」


 タヌキの姿から、半獣となったアオ君。彼は短い髪と琥珀色の瞳、頭には耳と太めの尻尾があった。私達よりも身長が高くて胸板も厚かった。


(可愛いモフモフの見た目から……素敵な、男性に変わったわね)


 少しドキドキしていたカサンドラに。

 アオ君はふかく頭を下げ。


「あらためて、オレの名前は獣人のアオといいます。……冒険者パーティを追い出されて、ここに迷い込みました――これからよろしく」


 私たちに挨拶してくれた。でも、冒険者パーティーを追い出されたと言うとき、どこか悲しげに語るアオ君が気になった。


(よほど、辛い事があったのね)


 だけと、ここへ来たからにはアオ君にも楽しく過ごしてもらう。それに冒険者だと聞いて、カサンドラは黙っていられない。


「やりましたわ、シュシュ。私、いちど冒険者になってみたかったの」


「よかったですね、カサンドラお嬢様」


「えぇ、私はカサンドラ・マドレーヌといいます。そうですわ、何か起きる前に先に言っておきます……私は少し前まで、カサドールの王子、アサルト皇太子殿下の婚約者でしたの」


「私はカサンドラお嬢様の専属メイドの、シュシュです」


「カサンドラはこの国の、王子の婚約者だったのか……」


「えぇ」

 

 誕生会の舞踏会で婚約の破棄を言われた……私の事を『おかわいそうに』『フフ、いい気味だわ』『わたくしだったら婚約破棄されないわ』など、小声だけどたくさん言われた。


(なりたかったら、なればいいと思ったし……何より、断頭台を回避できたことに喜んだ)


 でも、他の令嬢が考えている以上、皇太子妃は簡単じゃない……婚約者となった幼少期から王妃教育を受け、気の休まる日も、お出かけ。ましてや、同じ年頃の令嬢との、お茶会の席にも出られなかった。


(招待状を貰い誘ってもらっても、忙しくてお断りばかりしていたわ。それでも誘ってくるのは王族と関係を持ちたい、下心がある貴族ばかり)


『貴女に任せるわ』と言われて、王妃様主催のお茶会の茶葉とデザートを選び。何もしないまたアサルト皇太子殿下の代わりに。王城で行われるパーティーの来客決め、招待状の文章を考え招待状を何百通も書いた。


「カサンドラ……」

 

「アオ君、何も言わなくて言いの。たいへんな王妃教育が終わって、これからシュシュとアオ君とで楽しい日々を送るの」


「楽しい日々か、オレはドラをたくさん冒険に連れて行くよ」


「私はドラ様とショッピング、読書、もっと話をしたいです」


(フフ、シュシュまでドラ呼び、いいじゃない)


「冒険と買い物、読書に三人でのお茶会……明日から楽しいことがたくさんね!」


 この日、久しぶりに声をあげてカサンドラは笑った。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る