なんか短いのまとめ
愚図星
バーチャル礼賛
「おいしい?」
「はい」
わたしはイタリアンのサブスクに、いわゆるファミリープランというやつで入れてもらった。月額でメニューの中のなんでも食べ放題ってやつ。目の前の知人は嬉しそうな微笑を浮かべており、私はイタリアンと言いながら用意されたアメリカンなミートボールパスタを極めて上品なサイズに巻いて口に入れた。私は目の前のこの人のことが好きなのだ。目の前の人はちなみに、ミートボールを口に入れるなり「肉の味がして美味しい」という全く不躾な食レポを残して以降、食べ物に関する感想を一切口にしなかった。
「太らないから……いいですね」
「そう?」
興味がなさそうなのは、この人が極端に太りづらいからだろう。そこそこ食べてるくせにリアルの方でもいっつもガリガリ。アバターの方が肉付きがいい。私は「リアルと違って」スレンダーだ。でも別に、向こうでも太ってるってわけじゃない、多分。
「頬張らないの、もっとこう、いい感じに……」
いい感じ、とは。曖昧な物言いだが、言いたいことはわかる。私だってルパンと次元みたくがっつきたい。ふと、テラス席と中の席を隔てるウィンドウに映るアバターを見る。赤いチェックの傘の下、頓珍漢なアバターの前に座る、スレンダーでお淑やかな美人。美人だ。アニメ顔の美人。これならいいか、とミートボールを刺したフォークでパスタをぐるぐる巻く。その様子に目の前の人もご満悦らしく、そうでなきゃ、という顔で自分もそういうふうにする。
口をあんぐり開けてもサマになる! やっぱりバーチャルでなきゃ。現実にない全てがある。真相、自由、公平、完全、幸福! バーチャルなミートボールパスタは味蕾を刺激しないが、然るべき脳のパーツを刺激する。電極を刺さなくても思いのままの夢が見られる。それがバーチャル。わたしは油と肉とトマトの香りにうっとりして、いくらでもお腹いっぱい食べちゃう。
「美味しい?」
多分三回目の質問。私は口が埋まっていたので首を縦に振って応じる。前の人はなぜか私より幸せそうに笑っている。私のことが好きなのだろうか。嘘。絶対に。デフォルメされた顔だからそう感じるだけだと思う。
皿を空にした私は、次はアーリオ・オーリオを召喚するが、こんな破廉恥もバーチャルでなければ許されないだろう。パスタを取っ替え引っ替え、そのうえこのあとデザートも食べる気満々、なんて!
「バーチャルがない時代の人は、どうしてたんでしょうね」
私はふと聞く。
「よく止まってたらしいよ、電車が」
私も止めちゃうかも、電車。バーチャルじゃどうしようもできないあなたの心が手に入らなかったら。目の前の人の目を思わずじっと見てしまうと、やっぱり笑われた。どうしたの、と言われても、変なアバターだなと思ったんです、としか言えなかった。
なんか短いのまとめ 愚図星 @karakara
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