第6話 不穏な知らせ



くすのさんと……昨日だけの関係じゃなくて、今後も会話する仲になれるといいなぁ。あわよくば友達に……いやいや、高望みしちゃダメだ!


そんなことを思いながら、見上げた空は積雲せきうんが広がり、暖かい朝日が私に降り注ぐ。


 ︎︎それから私は、昨晩ライアーが言った言葉を思い出した。



「────今日のまゆりの行動は大きな一歩だよ。きっと、楠さんといい関係を築けるはずさ」




 ︎︎何度も何度もその言葉を胸の中で繰り返していると、いつの間にか教室のドアの前まで来ていた。


────金曜日。週末を目前に控えた喜びよりも、楠さんとの良好な関係を願い、私は教室のドアを開けた。

1番後ろの端の席へと向かっている途中、教室を見渡したけれど、楠さんはまだ来ていないようだった。


……いつもと変わらない風景。だけれど、私の心はいつもと違う。今朝の陽光のように暖かく、澄み渡っているのを感じる。


 ︎︎ 5分ほど経ったところで、ガラガラっと少し古くなった教室のドアを開けた音が聞こえた。窓の向こうの風景からドアの方へ瞬時に視線を移す。


視線を移した瞬間、ドアの前から歩く楠さんと目がばっちり合った。

楠さんもそれに気付くと、ほほえみながら小さく手を振ってくれた。 私も同じように手を振り、笑みを浮かべた。



楠さんは、カバン掛けにスクールバックを掛けると私の席へと来てくれた。




「おはよう、栗本さん」



「あ、おはよう。楠さん」



「あれ、栗本さん、今日なんか前髪違う……あ、もしかして切った?」



「え、よく気づいたね。昨日の夜に、前髪が目にかかるくらい伸びてたから切ったんだ」



「やっぱり!昨日会った時より、顔周り明るくなっている気がして!似合ってるよ」



「嬉しい、ありがとう」



 ︎︎ 他愛のない会話をしていると、チャイムが鳴り「じゃあ、また!」と言って、楠さんは自席へと戻っていった。


さりげなく言ってくれた「また!」が、私にとってはものすごく嬉しく感じた。昨日だけの関係じゃないんだと確信して安心した。


……そういえばライアーは朝、自宅で見て以来見ていない。


もしかしたら、私と楠さんが話すのを気使ってどこかに行っているのかもしれない。


……ライアーは私と楠さんが上手くいくことを確信していたのだろうか。


……一体、ライアーにはどこまで見えているのかな。






 ︎︎午前の授業が終わり、昼食時間となった。


ライアーは今もいないことから、おそらく今夜以降に会えるのだろう。



それよりも、私はこの昼食時間を楽しみにしていた。 なぜなら2時間目の休み時間に、楠さんから一緒にお弁当を食べないかと誘われたからだ。


 ︎︎さっそく楠さんの元へと行くと、「こっち、こっち〜」と2人分の空いた席を指さし、一緒に座る。


 ︎︎お互い弁当の蓋を開けると、私のは紅じゃけとほうれん草のおひたし、白米にたまごふりかけがかかっている。楠さんのお弁当は、私よりひと回り大きく、ソーストンカツと唐揚げ、白米が入っていて意外にもガッツリと食べるようだった。




 ︎︎楠さんは、ソーストンカツを白米の上にワンバウンドさせ、咀嚼し飲み込むと話し始めた。




「そういえば、来週の月曜日の朝、数学のテストあるよね〜 土日の内に復習しないと私、ヤバいかも。栗本さんは余裕?」



「え、ううん。数学苦手だから、いつもテストだと全教科の中だと1番低いよ。私もまだ復習していないから、土日に勉強する予定」



「へぇ〜そうなんだ。私は数学好きだけど、得意かって言われたら違うんだよね〜。私も勉強してテスト受けているのに、なぜか数学の点数低い傾向があるんだよね。でも、私日本史とか社会科のテストは得意で、高いんだよ!」



たしかに楠さんは、歴史系の席次だと学年で5位以内に入っている。


 ︎︎紅じゃけとふりかけのかかった米を食べながら振り返る。



「楠さんは、歴史とか政治とかそういうの好きなの?」



 ︎︎いつの間にか口の端に付いてるソースをおしぼりで拭き取り、私よりボリューミーな弁当を食べ終わっていた楠さんは、うーんと言いながら少し考える。




「……歴史とか政治が好きっていうより、紙媒体が好きだからかも」



「……紙媒体?」



予想外の答えが返ってきて思わず聞き返す。




「そう!元々、読書が好きで。そこから新聞や雑誌、パンフレットとか読むようになって。 今はスマホとかでも見れるけど、私は絶対紙派!紙の方が、写真とか大きく載せれるから迫力あるし、何より紙の質感が好きでさ〜……あ、ごめんね。一気に話しちゃって」



「ううん、気にしないで。なんで楠さんが紙媒体に興味あったのか気になったから聞けて良かった。……あ、もしかして。社会の授業って、新聞とかメディア系の内容も結構あるから楠さんは得意なんだ?」



「そうそう!やっぱり少しでも自分の興味があるものって、テストの点数でも反映されやすいものかもね〜。 あ、栗本さんの得意な教科って美術?」



「……え、すごい。よくわかったね!」



「高二の美術の授業ってほぼ座学で、たまにテストもあるでしょ?テスト返却の時に先生が90点以上発表する時に、毎回栗本さんの名前呼ばれているからそれで記憶に残ってて。あと、4月の時に自分の手をデッサンする授業あったの覚えてる? その時の栗本の描いた絵、圧倒的に上手だったから、それが印象的で」



「……な、なるほど。よく覚えていたね。……ありがとう。嬉しい」



 ︎︎ 楠さんの記憶力に驚きつつ、自分の描いた絵が印象に残っているのが何より嬉しかった。


 ︎︎弁当の蓋を閉じ、箸をケースにしまっていると昼食時間の終了を知らせるチャイムが鳴った。



 ︎︎まったりと会話をしながら過ごした時間は、高一の4月頃にクラスメイトと食べたお弁当の時間より、圧倒的に楽しく感じた。

 ︎︎来週もまた弁当を一緒に食べる約束を交し、午後の授業の準備を始めた。










「おかえり」



「あ、ただいま」




 ︎︎学校が終わり、自宅に帰るとライアーが出迎えてくれた。 ちなみにお母さんは、今日は夜まで仕事だからいない。


 ︎︎ライアーが今日学校にいなかった理由はあえて聞かず、夕飯の準備まで時間があったため、楠さんとの会話をライアーにも話した。




「あ〜なんで今まで楠さんと出席番号、隣だったのに話さなかったんだろう。本当に後悔」



「でも、昨日まゆりが話しかけていなかったら、そもそも今日の出来事はなかった。同じクラスにいる間に仲良くなれたから良かったじゃないか」



「たしかにそうだけど……。でももう1月も終わる頃だよ。 はぁ……高三も同じクラスだといいのに」



「……僕がそうしてあげようか?」



「え、そんなことできるの?」



「どうだろうね。……それよりもまゆり。今夜は早く寝た方がいい」



「え、なんで??どういうこと?」



「すまない。説明はまた後でするから」



「え!?ちょっ……!」




 ︎︎ライアーは言うだけ言うと、外へと向かい消えてしまった。今夜は金曜日だからライアーとたくさん話せると思ったのに……。このもどかしい気持ちを誰にもぶつけられずに、夕飯の支度へと台所に向かった。









──結局、寝ようにもライアーの意味深な言葉に気になりすぎて電気を付け、土日にやる予定だった数学の復習をすることにした。





すると、ふわっと紺色のカーテンが浮いたのが横目で見えた。


……が、長い銀髪は見えない。



「ライアー……?」





カーテンの隙間から黒い毛先が見えた。















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