第18話:余韻  ♥♥

「それにしても先輩、すごかったです」

「ああいう体位は初めてだったかしら?」


 アキヒコ君との行為の後、私はヌードモデルを務めながら感想戦を行う。


「右脚で腰を捕まえられるとは思いませんでしたよ」

「四十八手の一つ、八重椿やえつばきっていうのよ」

「いい名前ですね。俺、絶対忘れませんよ」


 ベッドの上で仰向けになった私は、裾除けと湯文字をめくり上げ、右脚を大きく広げて彼を迎え入れた。斜めから私の中に入ってくる彼の腰に右脚を絡めて繋ぎ止める。不安定な体勢になった彼の両手は、私の胸の上へと自然に収まるようになる。二人の影は、淫らに美しく咲く愛の花となるのだ。


「肌着とは言え、着衣で乱れる先輩が……こんなこと言ったら怒られるかも知れませんが、とても淫らでした」

「いいのよ、セックスは淫らになる時間なんだから。女も男もね。それにしても、あんなに堂々といただかれちゃうとは思わなかったわ」

「ええ、据え膳食わぬはなんとやらですし、それに誘ってくれた先輩に恥をかかせたくありませんでしたから」


 おそらく、彼はアオイさんもサクラさんも抱いたのだろう。部の風紀を守る立場としては、彼の行いは咎めるべきなのかも知れない。しかし、年頃の男女が裸で向かい合えばセックスするのが当たり前だし、その触れ合いの中でしかできないコミュニケーションも大切だと思う。


「あれだけ求めた俺が言うのも変ですけど、今の先輩は完全に裸ですけど全然いやらしくないですね。むしろ清楚なくらいで」


 浮世絵の春画の男女は、たいていは着物を身に着けたままでまぐわっている。これは当時、呉服屋の宣伝も兼ねていたという事情もあるようなのだが、伝統的に裸体そのものに欲情する文化がないのかも知れなかった。


「それにしてもツバキ先輩、本当に綺麗な体ですね」

「もう。他の子にも言ってるんでしょ」

「まあ、アオイもサクラも綺麗ですけどね。女性はみんなそれぞれ美しいんですよ。でも先輩の体は特別綺麗だと思いますよ本当に」


 少し不摂生で運動不足なところがあるアオイさん。胸は大きいけれど全体的にはまだまだ未成熟なサクラさん。もちろん、それゆえに魅力的であるという見方もあるのだろうけれど、私は体に自信があるというのは確かなので、褒められると嬉しい。


「どこが一番綺麗だと思う?」

「それはもう、ここから見る曲線美ですよ。程よい膨らみに上向きの乳首、引き締まったウェストに豊満なヒップ。やっぱり日本女性は正座したところを斜め後ろから見るのが一番ですね」

「ありがとう。でも、あんまり具体的に言われるとちょっと恥ずかしいわね」


 今日、私は初めて明るいところですべてをさらけ出した。自分でもここまで大胆になれるとは思っていなかったが、彼が女体美というものを尊重してくれると思ったからこそ、裸を……それこそ淫らな姿も、清楚な姿も見せることができたのだろう。


「できました! どうですか?」

「ええ、とても良く描けていると思うわ」

「ありがとうございます! このポーズ、ずっと描いてみたかったんですよ」


 プロのモデルさんならともかく、1時間前後も正座で同じ姿勢を保つのは難しいだろう。私も、一番綺麗な姿を描いてもらえて嬉しい。


「それじゃ、私はそろそろ帰る支度をしないとね」


 再び肌着を身に着けて、襦袢を羽織る。


「あ、手伝いましょうか」

「ありがとう。それじゃ、帯を結ぶのを手伝ってくれる?」


 私はアキヒコ君の手で着物を着せられる。こうすることで、彼の中でより強く「裸の私と、着物を着た私」の印象が残るだろう。今後、私が彼の前で肌を晒し、まして重ねる機会がもう一度あるかどうかはわからない。でも、私を見るたびに裸を思い出させることができるだろうと考えると、なんだか少し嬉しくなる。


 **


「お見送り、ありがとうね」

「ええ、先輩もお気をつけて」


 駅まで見送ってもらい、改札で別れた。彼にとって今日が忘れられない一日になりますように。

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