第16話:和装
「こんにちは! すごい、着物!」
「先輩、着付けもできるんですか? 今度教えてくださいよ」
約束の日、後輩たちを自宅に招き入れた。私は薄い藤色の着物で出迎えた。興味があるのか、サクラさんとアオイさんがまっさきに反応してくれた。
「着物姿の女性、間近で見るのって初めてかも知れません。ちょっとドキドキしてきました」
アキヒコ君も、この対応は予想外だったようだ。もっとも、気になっているのは着物の下かも知れないけれど。
*
「結構なお手前で……って言うんでしたっけ?」
「いいのよ、今は
ぎこちない正座でアキヒコ君が言う。着物姿の私がお茶を出したからか、妙にかしこまってしまうようだ。
「そういえば、先輩は『さどう』じゃなくて『ちゃどう』って言うんですね」
「そのあたりは流派にもよるけれどね」
実際にお茶を嗜んでいる方は、裏千家の「ちゃどう」と読むほうが多数派という印象だが、世間では「さどう」が主流で「ちゃどう」は誤りだと思う人すら少なくないようだ。
「この大福も美味しいですね。もしかして手作りですか?」
「さすがに買ってきたものよ」
サクラさんを意識したというわけでもないのだが、桜色の大福を用意した。餅は水を吸うので、腹に入れておけばトイレに行く頻度を減らすことができる。お茶会で食べるのはそのような配慮でもあるだろうし、今回のようにモデルをする場合にもうってつけだと言える。
*
「それじゃ、始めましょうか。正座でいいのよね」
「はい、先輩がやりやすい格好で構いませんので」
座布団の上に正座をして、背筋を伸ばす。サクラさんは右斜め前から、アオイさんは真横で右側から。そしてアキヒコ君は左斜め後ろに、それぞれ陣取ってデッサンを始めた。
「着物姿を描くのは初めてなので、いい経験になります」
後ろから声が聞こえる。今日の着物は無地の藤色。着物そのものを描くには柄は無い方がやりやすいだろう。さらに明るい色だと皺も目立つので、絵の題材には適していると思ったのだ。
また、着物は体の露出が少ないが、腰回りに関しては体のラインがそのまま出る。斜め後ろというのは最もエロティックな角度かも知れない。彼の視線が刺さることを想像すると、少しだけ気持ちが昂ぶってくる。
「本当に姿勢がきれいですね。私も練習しようかなぁ」
真横から見るアオイさんからは、なおさら良く見えるのかも知れない。姿勢が悪いと腰から全身を痛めるので、普段から気を使っている。高校に上がってからはなかなか行けなくなってしまったが、それでも月に一度は剣道の稽古に行っている。
「それにしても、部長って本当に美人ですよね」
「褒めても何も出ないわよ」
とはいえ、悪い気分がするわけではない。自分の顔立ちに自信が無いと言ったら嘘になる。今は化粧こそしていないが、乳液などでのケアは欠かしていないので、いつでも見せられる肌でいるつもりだ。
*
「そろそろ一休みしましょうか」
時計の長針が一周りしたので休憩を切り出す。立ち上がって、再びお茶の準備をした。
「すごい、痺れたりしないんですか?」
すぐに立ち上がった私を見て一番驚いたのはサクラさんだった。
「このくらいなら平気よ。慣れれば誰でもできるはずよ」
とはいえ、この「慣れ」というのが曲者で、小さい頃から正座に慣れていないと厳しいとは思う。今は正座する機会も減っているので、無理に慣れる必要もないかも知れないのだが。
*
「それじゃ、ありがとうございました」
「ええ、気をつけてね」
結局、この日は普通にモデルをしただけで終わった。いざとなれば脱ぐ覚悟もしていたのだが、さすがに先輩に対してヌードを要求するハードルは高かったのだろう。やはり、私の方から積極的になる必要があるかも知れない。
私は部屋で着替える。長襦袢、肌襦袢を脱ぎ、裾除けと湯文字を解いていく。和装用のブラなども持っているが、本気で勝負をするときは純和装、すなわちブラもショーツも付けないスタイルである。ゴムやストラップの跡が付かないのが良いし、その緊張感が自分の魅力を引き立ててくれる気がするから。
そして何より、着物の下にブラもショーツも付けていないことを知ると、男の人がすごく喜んでくれるのだ。
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