第14話:妄想 ♥
あくまでも芸術ですから……サクラさんはそう言った。男子であるアキヒコ君の前で、サクラさんとアオイさんはヌードモデルになったというのは間違いないようだ。あの場では部長として冷静に振る舞ったが、家に帰ってからあらためて、これはとてつもないことなのではないかと思った。
裸、つまり最も無防備な姿を異性の前に晒す。私もセックスの経験はあるが、いつも部屋を暗くしてもらうので裸をまじまじと見られた経験は無い。年上の知人を含めて話を聞いてみた限りでも、たとえ好きな異性の前であっても堂々と裸を見せられる女性は少数派だと思う。
もちろん、世の中にはヌードモデルという、裸を見られるのが仕事だという方々が存在することは知っている。しかし、今まで私は彼女たちのことを別の世界の人間というか、そもそも感情を持つ存在だと考えていなかったのかも知れない。実際に身近な人物がモデルになった絵を見て初めて、ヌードモデルもまた生身の人間であることを自覚したのだとも言える。
アオイさんは、私はスタイルがいいからモデルに向いていると言ってくれた。その場では否定したものの、少なくとも姿勢に関しては部員の誰よりも良いという自信はある。
明るい部屋で姿見の前に立ち、私が男子……例えばアキヒコ君の前でモデルになっている様子をイメージする。
「そろそろはじめましょうか」
「ええ、わかったわ」
彼のセリフを思い浮かべて声に出し、自ら受け答えをする。そして、服を脱いでいく。
「下着も外したほうがいいかしら」
「はい、ヌードデッサンですから」
声を真似ているうちに、鏡の中の私の目がアキヒコ君のように思えてきた。「彼」に言われるがままに震える指でブラのホックに手をかける。
「ショーツも脱いでください」
「わかりました……はぁっ……」
思わず息が漏れるくらいには興奮してしまっている。これでモデルが務まるのだろうか。試しにタイマーを10分にセットして、同じポーズを続けてみることにする。
*
「駄目、もう限界っ!」
タイマーが鳴る。なんとか10分は耐えられたが、体ではなく精神が限界となった。私は布団に潜り込んで、指先で自らを慰める。自分でも驚くほど、濡れていた。
「はぁっ……はぁっ……見られた……全部……」
あくまでもイマジナリーな「彼」に見られただけで、私はこんなにも興奮し、快楽に堕ちてしまっている。これがもし、本物であったのなら……。
「アキヒコ君、……来てぇっ……」
きっと、自分だけでは慰められない。アキヒコ君はこんなに淫らな先輩を見て失望しないだろうか。それとも、もっと淫らにしてくれるのだろうか。
***
「今日は風景画なのね」
「これ、家の近くにある川なんですよ。本当は直接見て描きたいんですけど」
いつもの部活動。今日のアキヒコ君は、タブレットの写真を見ながら水彩画を描いていた。
「印象派の色使いね」
「ええ。いずれ人物も描いてみたいですけど、まずは風景ですね」
思わず、私は想像する。絵の中の川べり佇む人物を。一糸まとわぬ姿を晒す私の姿を。
「……先輩、どうかしました?」
「別に、上手く描けてるなって。……今度、私も描いてもらおうかしら」
「え、部長を?」
そう言って私に向き直ると、頭の上からつま先まで舐めるように視た。彼の心には裸になった私の姿が見えているのだろうか。
「あんまり、じろじろ見られると恥ずかしいわ」
「あ、すみません」
「ふふ、いいの。頑張ってね」
**
次の日。アキヒコ君の絵を見ると人物が描き足されていた。ロングヘアの少女で、うちの高校の制服を着用しているようだ。横を向いているが、遠いので顔は見えない。
「風景だけだと寂しいので、ちょっと人を描いてみたんですよね。別に、誰というわけではないんですけど」
「そんなこと言ってるけど、私をモデルにしたんじゃないの?」
「あ、やっぱりわかっちゃいましたか。やっぱり絵になる髪型だなって」
ストレートのロングヘアの生徒は決して多くない。まして、部内では私しかいない。
「といっても、先輩そのものというわけでもないんですよ。あくまでイメージとしての女子像というか」
「ええ、言いたいことはわかるわよ」
肖像画や宗教画として描かれたものでもない限り、絵画の人物は基本的に匿名である。モデル自身の属性と、絵として描かれた人物は必ずしも一致しない。私をモデルとして描いたからといって、その絵に描かれた人物は「私」であるとは限らない。
改めてこのことに気づくと、ヌードモデルになることの障壁が消えていくのを感じる。絵として残る私の裸体は、私であって私ではない。特に、顔などの本人を特定する要素が含まれないのであれば、モデルの正体は本人と画家だけの秘密なのである。
もちろん、その前後にモデル以外の秘事を行ったとしても。
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