第12話:品定め   ♥

「今度の土曜、アオイの家で一緒にデッサンしないか?」

「アオイ先輩の家で、ですか?」


 部活中、アキ先輩に誘われた。


「ああ。いい機会だから、サクラにも経験させたいって」

「経験って……その、ヌードですよね?」

「まあ、たぶんな」


 部活中なので小声で尋ねてみると、曖昧に肯定された。あとでアオイ先輩にも聞いてみようかと思うが、アキ先輩が言うからには信用できる話である。


 ヌードデッサン。ポーズ集の模写はしたことがあるが、生身のモデルを描いたことはない。他の女性の裸だけなら、プールの着替えや修学旅行の風呂場で見ることはあっても、まじまじと観察したことはない。自画像は一度描こうとしたことがあったが、恥ずかしくなってやめてしまった。


 もし本当にアオイ先輩のヌードを描けるのなら、またとない経験になることは間違いない。年齢的にもそうだが、プロのモデルでもアオイ先輩のようなタイプはあまりいないような気がする。


 *


「アオイ先輩、私もご一緒して大丈夫ですか?」

「ええ、もちろん。アキのお友達だもんね」


 お友達、という言葉からは勝ち誇ったようなニュアンスを感じた。あくまでも本命は私で、あなたは所詮セフレなのよと言わんばかりの。まあ私としてはそれでも全然構わないのだが。


「どんなポーズをとっていただけるんですか?」

「うーん、イメージとしてはこんな感じかも」


 画集のページを開く。フランスの画家ジャン=レオン・ジェロームによる《ローマの奴隷市場》だ。片足に重心をかけて立っている全裸の女性(タイトルの「奴隷」だろう)が、両手を上げて買い手の群衆の前にすべてを晒しているのを後ろから描くという刺激的なモチーフである。


 ジェロームは同じ題材で複数の絵画を残しているが、モデルが背中を向けているのはウォルターズ美術館に所蔵されているものである。私としては真正面から描いたバージョンよりも、敢えて背面から描くほうが想像力が掻き立てられて面白いと思う。


「手を上げるポーズは大変だから、全く同じのは無理だと思うけどね」

「後ろ姿ですか。私あんまり自信がないんですよねぇ」

「私もそんなにないんだけど、アキはきれいだって言ってくれるし」


 ここでもマウンティングしてくる。もっとも、他の女の子との関係を許してくれるだけでも普通ではない。芸術のためであれば道を外すことすら厭わない先輩たちの感性がちょっと怖いかも知れない。


「アキ先輩が好きだという体、私にも描かせてくれるのは楽しみです」


 少なくとも、こればかりは本心である。


 ***


「いらっしゃい。さっそくだけど、始めましょうか」


 ゆったりしたワンピース姿で出迎えてくれたアオイ先輩は、部屋に入るなりそれを脱いで裸になった。予想通り、下着は付けていない。正面から見た体は中学生のようにすら見えるが、後ろから見たヒップはしっかりと成熟している。バストとの均整は絶妙であり、美術モデルとしては理想形の一つかも知れない。


「サクラは左から描いていいぞ」

「いいんですか?」

「ああ、一番きれいに見える角度を譲ってやる」


 ひと目見てわかったのだが、アオイ先輩は乳房も乳首も左側のほうが整った形をしている。私も左側のシルエットのほうが自信があるので、女性はだいたいそういうものなのかも知れない。


「ポーズはこんな感じでいい?」


 アオイ先輩は椅子の上に立つと、右ひざを軽く曲げて左脚に重心をかける。ちょうど、ジェロームの絵画とは左右対称の形となる。私とアキ先輩は床に座り、斜め後方から見上げる角度でデッサンをする。まるで、舞台の上に晒された「売り物」を見る群衆のように。


 *


「私も描けました。先輩、お疲れ様でした」

「やっぱりきつかったぁ! 普通に立つポーズにしておけばよかったなぁ」


 アキ先輩に続いて私も描き上げると、アオイ先輩はそのまま椅子に座り込んだ。


「二人とも、よく描いてくれたじゃない」

「先輩が描いた絵、魅力的ですね」


 相互に絵を品評する。私は乳首がぎりぎりで見えない角度で描いたのに対して、アキ先輩はしっかりと乳首を描き込んでいた。全体的にも陰影が強調されて肉感的であり、男性的なエロティックな視点だと感じた。そして多分、アオイ先輩のことを本気で好きでないと描けない絵だとも思う。


「サクラのも上手いな。名のある彫刻をデッサンしたと言っても通じると思うぞ」


 私のほうは均整のとれた美術品をイメージして描いたので、そのように見てもらうのは納得である。逆に言えば肉感は弱いというか、官能的ではないというのが欠点かも知れない。


「そりゃ、モデルが良かったから……なんてね。きれいに描いてくれてありがとね」


 そういって、とても嬉しそうな顔をしているアオイ先輩がうらやましい。


「ねえ、アオイ先輩にアキ先輩、時間はまだまだありますよね?」


 私はそう言いながら、自らの服に手をかけていく。ゆったりしたジャンパースカートとブラウスを脱ぐ。


「今度は私がモデルになってもいいですか?」

「ええ、もちろん!」

「俺も描いてみたいな」


 カップ付きのキャミを脱ぐ。こんな展開を予想して、跡の残るブラは付けてこなかった。さすがにノーパンというわけにはいかなかったけれど。


「それじゃ、お願いします」


 私はアオイ先輩と同じポーズで椅子の上に立った。今度は私が品定めをされる番だ。アキ先輩は私のことも、アオイ先輩と同じくらいに見てくれるだろうか。

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