第8話:着衣のサクラ
アキ先輩とアオイ先輩は間違いなく付きっている。っていうか、多分セックスもしちゃってる。だいたい、下着のアドバイスを私に聞いてきた時点で、近いうちに「勝負」に出るつもりであることはわかりきっていた。おそらく、先週末の土曜か日曜だ。アキ先輩も童貞卒業したからか、雰囲気が堂々として男らしくなった。
でも、アオイ先輩はどういうわけか交際を否定して、アキ先輩もそれに同調した。理由はよくわからないが、言質は取っているので私は堂々とアプローチできるということだ。
*
「先輩、ヌードに興味あります?」
アキ先輩は、広げた美術書からゴヤの《裸のマハ》の模写をしていた。いくら美術部とはいえ、石膏像ではない裸婦画を男子が堂々と描いているのはちょっと珍しい。
「芸術の基本だからね」
「ですよね。ちゃんと向き合っているのはさすがだと思います」
思春期の男子は、いくら芸術とはいえ女性の裸を大っぴらに見たりするのを恥ずかしがる。まして同年代の女子の前ではなおさらだ。そこで逃げずに、堂々と裸婦画を描いている先輩は実際にすごいと思う。
「アオイ先輩とは付き合ってないにしても、お友達なんですよね。普段どういう遊びをされるんですか?」
「そうだなぁ。一緒に散歩とか買い物とか。家でゲームしたり、あとは絵を描いたり」
「へえ、絵を描いたりもするんですね」
同じ美術部の男子とは付き合ったことがないので意外だったが、デートで絵を描くというのもありなのか。
「やっぱり、お互いをモデルにして描いたりとかするんですか」
「まあ、ね」
ヌードを描いてるんですか、とは聞けなかった。ここで堂々と肯定されたら、どう返していいかわからなくなるから。さすがに私でも、ヌードを誰かに描いてもらったことはないし、もちろん描いたこともない。前の彼氏に裸の写真を撮られそうになったことはあるが、さすがに拒否した。
「先輩、私の絵も描いてくれませんか?」
「この前、モデルになってもらったばかりじゃん」
私が先輩をモデルに絵を描いたように、先輩が私をモデルにしたことも当然ある。
「いえ、美術室だとできるポーズとかも限られるので、もしよろしかったらうちに来ていただけないかな、って」
今日はアオイ先輩はクラスの用事でもあるのか、まだ来ていない。誘うなら今だと思った。
「いいの?」
「え?! あ、はい。ちょっと家がどうなるかわからないので、あとで連絡しますね」
びっくりするほどあっさり食いついた。これ、むしろ私が罠にハメられてない?
**
「どうぞ、散らかってるかもですけど」
「お邪魔します」
土曜日、アキ先輩を家にお迎えすることができた。アオイ先輩が同伴する可能性も考えていたが、先輩は一人で来た。
「お茶飲んだら、さっそく描いてもらっていいですか?」
「あ、うん」
展開は早く。こちらのペースに持ち込む。私はベッドに横たわり、積み上げた枕やクッションの上に上半身を起こし、脚はまっすぐに伸ばす。
「あ、これってもしかして」
「題名は《着衣のサクラ》でどうですか?」
先輩なら当然わかるだろう。《裸のマハ》と並ぶゴヤの代表作である《着衣のマハ》のポーズだ。元ネタを意識して、白いワンピースの上に茶色のカーディガンを羽織った。鉛筆のデッサンだから色が付くわけではないけれど。
「先輩が望むなら、別のポーズや衣装でもいいんですけど」
「いや、それで大丈夫。だけどそのポーズ、結構疲れない?」
「ですね。ちょっと練習はしたんですけど」
「それじゃ、手早く仕上げようか」
先輩は素早くスケッチブックを開いて鉛筆を手に取る。
*
「できたよ、お疲れさま」
「本当に疲れました! モデルって大変なんですね」
正直、ナメていた。ある程度体は鍛えていたので自信はあったのだが、同じポーズを維持するのがこんなに難しいなんて。まして先輩の視線もある。結局、何度か休憩を挟んでようやく完成した。それでも早く仕上げてくれたほうだと思う。
「白いシーツの上に白い服はちょっとどうかと思ったんですけど、デッサンならかえっていいかも知れませんね」
「確かに。カーディガンはいらなかったかもな」
「あはは。まあ元ネタ再現ですからね」
着衣のマハは、白いドレスの上に薄茶色の袖の服を纏っている。カーディガンというよりは独立した袖とストールのように見えるのだが、手持ちの衣装で再現するにはこれしかなかったのだ。
*
「それじゃ先輩、また今度」
「またな。今度はアオイも連れてこようか」
「それもいいですねぇ」
アオイ先輩との直接対決も、それはそれで面白そうだと思った。私のほうが場数は踏んでいるから負けるつもりはないが。
先輩を見送って部屋に戻った私は、カーディガンを脱いだ。ワンピを脱いで、その下のロングキャミも、ブラも、ショーツも、もちろんソックスも全て脱ぐ。そして改めてベッドの上でポーズをとって、鏡越しにチェックする。
「今日は《裸のサクラ》でいかがですか? なんてね」
アオイ先輩にこんなことができるだろうか。
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