サクラの巻
第7話:小悪魔
月曜の部活。今日は俺がモデルになっている(もちろんヌードではない)。とはいえ何もしないでいるのももったいないので、部の蔵書である美術史の本を読みつつ、横顔をデッサンさせるという形だ。描くのはアオイと、後輩のサクラである。
「アキ先輩、なんだかイケメンになりましたね。最近いいことありました?」
「いいこと、かぁ。確かにそうかもな」
まさかアオイを抱いたなんて言えない。かといって否定するのもわざとらしいし、適当な理由をでっちあげておこうかと思った。
「ねえ、アオイ先輩は何か知ってます?」
「えっ?! さ、さあねぇ」
いくらなんでもそのリアクションはわざとらしすぎる。二人に何かがあったことがバレバレじゃないか。
「アキ先輩とアオイ先輩、幼馴染なんですよね」
「まあね、幼稚園の頃から。腐れ縁ってやつ?」
「どこまで進んだんですか?」
「そ、そんな関係じゃないって!」
俺が黙ってモデルをしていると、サクラの尋問でどんどんボロが出てくる。やめてくれ。
「ふーん♪ 私はキスくらいはとっくにしたと思ってたんですけね」
「な、ないない!」
「へえ♪ アキ先輩の唇、ちょっとつやつやしてますけどリップクリームが移ったんじゃないですか?」
「え、嘘?! 今日は付けてないのに!!」
アオイが口を押さえる。そう、俺たちは早めに部室に入ると、誰もいないうちにキスをしたのだ。
「本当にわかりやすいですね、アオイ先輩」
「おい、先輩をからかうんじゃないぞ」
「ごめんなさーい♪」
見かねたので注意してやったが、こいつ絶対反省してないな。
「もしかして、先輩たちは本当に付き合ってないんですか」
「そう! あくまでただの幼馴染!」
なぜかアオイはそう言い切った。俺は少し寂しかったが、よく考えてみれば肌は重ねても交際は宣言していない。そもそも異性として「好き」とすら言われていないし、言ってもいない。たまたま成り行きで肉体関係に発展しただけの、ただの幼馴染。アオイの中ではあくまでもそうなのかも知れない。
「へえ、それじゃアキ先輩はフリーってことでいいんですね」
「さ、さあ。私はあいつが誰と付き合ってるとか別に興味ないから」
「だ、そうです。どうなんですか、アキ先輩?」
「ノーコメントだ。人の恋愛事情に首を突っ込むな」
「わかりました、真面目に絵を描きまーす♪」
とりあえず、この場はなんとか収まった。
*
「なあ、俺たちって付き合ってなかったのか?」
帰り道でアオイと二人きりになったので、改めて聞いてみた。
「部内恋愛の話が広まるといろいろ面倒でしょ」
「まあ、確かにな」
男女混合の部活ではありがちなのだが、恋愛をきっかけに人間関係が崩れて、ひどい場合は退部者が続出することがある。そのため、表向きは部内恋愛を禁止するか、少なくとも自粛すべきだという風潮は学校全体にあるのだ。もっとも高校生の男女が一緒に活動して、恋に落ちないほうがおかしいとは思う。
「それに、私はアキの重荷になりたくない」
「重荷?」
「うん。アキは私だけじゃなくて、もっといろんな女性のヌードを描くべきよ」
「ヌードと恋愛はまた別じゃないのか?」
その言葉にアオイはため息を付いた。ああ、俺でもそこで割り切れるとは思っていない。
「アキは才能はあるかも知れないけどプロでもなんでもない高校生男子。……健康そのものであることは身をもって体験したわ」
少し恥ずかしそうにアオイは言う。あの日は結局、トータルで3回もしてしまった。自分でも短時間でそんなに連続できることに驚いたほどだ。
「そんな男子の前で女子が裸になって、絵を描くだけで満足すると思えるほど私はウブじゃない」
「まあ、確かに」
これは否定しない。女子としても、男の前で裸になった時点で、見せるだけで済むとは思わないだろう。
「これだけは約束してね。ちゃんとゴムは使うこと。相手の子を泣かさないこと」
「わかった。必ず守る」
「それと……わかってても私は嫉妬しちゃうと思うから、ちょっと不機嫌になっても許してね」
将来はどうなるかわからないが、俺とアオイは長い付き合いだし、お互いの初めてを捧げた相手でもある。特別な関係ではあり続けるのだろう。
「サクラちゃん、あんた狙ってるだろうから逆に落としてやりなさいよ」
「あ、ああ」
アオイの口から、他の女子を落とせだなんてことを言われるのはなんだか変な気がしたが、本人は乗り気のようだ。
「そうだ、攻略情報教えてあげる。あの子、下の毛は剃ってるみたい」
「は、はぁ?」
いわゆるパイパンというやつだろうか。
「……それで、どうしろと?」
「別に。どうということはないけれど、仮に知らずに見たら驚くでしょ」
「まあ、確かに……ところで、なんでアオイは知ってるんだ?」
「下着の相談でちょっとね。私の水色のやつ、あの子が選んだから」
なるほど。ショーツの前からヘアが透けるデザインなので、そのことについて話したのだろう。
「あの子、経験豊富みたいだから。ビビってペースに飲まれちゃ駄目だからね」
「わかった、気をつける。それじゃ、また明日な」
話しているうちにアオイの家の前に着いたので、ここでお別れだ。
「待って……」
彼女は足を止め、目を閉じて上を向いた。俺は決意を込めて、少しだけ激しいキスをした。
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