第6話:ヌードデッサン  ♥

「もうちょっと背筋を伸ばして」

「うん」


 お風呂上がり。改めて余韻を噛み締めた後、私は改めてデッサンのモデルになっている。今度は生まれたままの姿でベッドに腰掛け、真正面から。目の焦点が合わないのが嫌だから眼鏡だけはかけさせてもらったけど。


「もうちょっと痩せたほうがいい?」

「俺は健康的でいいと思うけどね。だいたい裸婦画のモデルってふくよかな体型だし」

「まあ、確かにね」

「でも筋トレくらいはしてもいいんじゃないか……ほら、また背中が丸まってる」

「あ、ごめん」


 鏡を見ながら姿勢を整える。背筋を伸ばして胸を張ったほうが見栄えが良いのはわかっているが、このポーズを維持するのはなかなか難しい。


「ベッドが柔らかすぎるのも良くないのかも。椅子に座っていい?」

「うん、アオイがやりやすいようにして」


 椅子にタオルを敷いて、背もたれに深く腰掛ける。これなら姿勢を保ちやすい。それまで床に座っていたアキが今度はベッドに腰掛けて、高さを合わせる。


「それにしてもアオイ、本当にいい顔してる」

「どうしたの急に」

「自然体と言うかリラックスしてるというか。裸なのに」


 裸。改めて意識するとちょっぴり恥ずかしくはなるが、今さら隠そうとも思わない。


「最初に背中を描いたとき、後ろから見てもガチガチなのが伝わってきたから」

「ほんと、なんであんなに恥ずかしがっていたんだろう」

「恥ずかしがるのは当たり前だって。モデルになるって言ったときも勇気を出してくれたんだろ?」

「うん。私、絵を描いているアキが好きだから、できることならしてあげたいって思ったし」


 これも本心には違いないが、それだけではない。裸になることでアキをその気にさせたかった。いざ本番となるとやっぱり恥ずかしくなって、なかなかスムーズはいかなかったけれど、アキが思っていたより積極的で良かった。


「本当にありがとな……脚、閉じて」

「あ、失礼」


 今ならどんな姿でも見せられる気がする。とはいえ、今はあくまでもお淑やかに座っているだけのポーズだ。


 **


「今日はこれくらいにしようか、お疲れさま」

「疲れたぁ~」


 立ち上がって体を伸ばし、さっそくスケッチブックを見に行く。


「なんだか美人だね。スタイルもいいし、本当に私?」

「そう、俺の目にはこう映ってるってこと」


 人でも景色でも、写真で見るのと肉眼で見るのとでは印象がまるで違うということはよくある話である。自らの瞳で見て、心に感じたままの姿を残しておけるのはカメラにはできない、画家だけの特権なのだ。


「今度はどういうポーズにする?」

「そうだなぁ、後ろ姿も描いてみたいな」

「えー、お尻ってこと?」


 後ろ姿はあまり自信がない。それに、一方的に見られているようでやりづらそうだ。


「ちょっと、立ってみてよ」

「しょうがないなぁ……」


 私は彼の真正面で後ろ向きに立ってみた。前から見られるより恥ずかしいかも。


「うん、背中だけよりもオールヌードのほうがずっといいね。後ろ姿は」

「ほんとに?」

「女体美というか曲線美というか、全部つながってこそ美しいんだ」


 女性が男性の肩幅や広い背中に惹かれるように、男性は女性の曲線に惹かれるのだろうか。


「真後ろより少し斜めから……胸の膨らみもわかるくらいの角度がいいかな」


 アキは私のベストアングルを探る。なんだかすごく恥ずかしい気がするが、あくまでも真剣に見ているので、私も背筋を伸ばしてまっすぐに立つ。


「……ねえ、冷えてきたからそろそろ服着ていい?」

「あ、ごめん。……今日は本当にうれしかった。ありがとう」


 アキはそう言うと、後ろから私をそっと抱いてくれた。私の裸の体を、柔らかなパーカーを着た彼の腕が包む。今までに味わったことのない、不思議な暖かさ。


「うん、また機会があったらいつでもモデルになってあげる」


 私は彼の方に向き直り、今度は自分から抱きしめる。


「服、着なくていいのか?」

「もう少しだけ、このままでいさせて」


 私は今しばらく、全身でアキのぬくもりを味わうのであった。

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