9話 落ちたトースト
『9話 落ちたトースト』
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マーフィーの法則、そのほとんどは経験則からくるただの勘違いだ。
人間は悪い出来事の方が印象に残りやすい。
だからこそ、物事を悲観的な方向に結びつけてしまう。
しかし、その全てが勘違いかというとそういうわけでもないらしい。
有名なのは落としたトーストの法則だろうか?
これは科学的に証明され、イグノーベル賞を受賞している。
実際、人間の直感というのは案外馬鹿に出来ない。
その的中率は8割を超えるという話すらある。
まぁ、直感と経験則からくる勘違いの差を見分けることは一般人には不可能な訳だが、その手の特別な才能を持つ人間の事を占い師などと呼ぶのかも知れない。
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とある警察官side
「本当にありがとうございました」
「いえ」
頭を下げ女性を見送る。
実際のところ、警察としては何も出来なかった。
情けない限りだ。
女性も、初めて出会った時よりだいぶやつれてしまっていた様に見える。
市民の不安を取り除くのが警察の役目だというのに……
このまま、例の事件の方も早急に解決してくれればいいのだが。
捜査に関わっていない俺としてはただ祈る事しか出来ない。
「家出してた女の子、戻ってきたんですね」
「らしい、な」
「どれみちゃんでしたっけ? これで一安心です」
「……」
一安心、一安心か。
俺たちにとってはそうでも、あの女性の心は全くもって休まらないだろうな。
なんたって夫を殺されたんだ。
「先輩、どうしたんですか?」
「いや、不幸の連続だなと思ってな」
事件の捜査は続けられているが、犯人はまだ捕まっていない。
現状としては、未解決のまま。
捕まえるどころか犯人の特定さえ出来ていない始末だ。
行方不明だった娘が見つかって、多少心労が柔らいでくれているのならいいのだが……
帰ってきたと言っても、心配で仕方ないだろう。
事件が未解決な以上、もしかしたら自分の夫を殺した殺人鬼が近くに潜伏しているかも知れないのだから。
「さっきの奥さんの事、ですよね?」
「あぁ」
「夫に先立たれ、その日の内に娘が家出ですもんね」
聞いた限りでは、なんの前触れもなかったそうだ。
いつも通り外出してそのまま。
家を出たのは事件の発覚以前、父親が死んでそのショックでという線も薄いだろう。
行方不明になった娘、女性は頑なにただの家出だと主張していた。
母親としてはそう思いたいだろう。
しかし、何処かで一生の別れかもしれないと覚悟もしていたはずだ。
夫が殺されてすぐの失踪だったのだから。
もしかしたらって。
当然、警察としてもその線で捜査した。
まぁ、結局それは杞憂だったんだが。
娘さんは、今日無事に家に帰ってきた。
最悪だけは回避出来たと言っていいのだろうか?
とてもそう言える状態じゃ無いが。
まだ、何も解決していないのだから。
警察はいつも後手後手。
これは、なにも今に始まった事じゃないが。
「事件の方も解決に向かうといいんですけど」
「だな……」
令和の切り裂き魔。
そう呼ばれる、謎のシリアルキラーによる連続殺人事件。
能力に依らないおそらくは純然たる人間による犯行。
その特徴として挙げられるは……
犯行に使われる凶器がカッターである事、
その凶器を被害者の遺体に刺したまま現場を立ち去る事、
事件の全てが都会で起こっている事、
そして、被害者が全て成人以上の男性である事。
関与がほぼ間違いないと言われている事案が8件。
まだ、関与が疑われてる状態の事案が5件。
それだけの被害を出しながら、未だ犯人の特定には至っていない。
先ほどの女性の夫が殺害された事件。
これも切り裂き魔の関与の疑いがあるとして捜査が進められている事案の一つだ。
もし、本当に奴の仕業ならこの事件が連続殺人事件の1件目だ。
ただ、特徴とされる点と乖離する部分も多い。
凶器こそ現場に残されていたが、それはカッターではなくナイフ。
しかも、都会ではなく田舎での犯行。
……例外的だ。
もし奴の関与が確定すれば、犯人の捜査に大きく役立つ。
しかし、誤認してしまえば奴の逮捕から大きく遠のくだろう。
だからこそ慎重に捜査されているのだろうけど。
それこそ、娘さんに何か話を聞けたらいいのだが。
勿論何か知っているとは限らない。
けど、その可能性もあると思っている。
それが、なんの前触れもなかったと母親が語った家出の理由に繋がるのかも知れない。
そう疑っている。
なんの前触れもなく家出したってことは、何かを見たのかも知れない。
事件現場とは言わないが、例えばお父さんと誰かが一緒にいる様子とか。
そして、それが娘として受け入れ難い光景だったとすれば……
だが、そんな事を聞ける状態じゃなさそうだ。
娘さんは帰ってきて一言二言話したっきり、部屋に閉じこもってしまったらしい。
精神状態を鑑みれば、警察が事情聴取を行えるのはしばらく先だろうな。
解決の糸口は見えているのだ。
そうすればあの母親もようやっと安心して……
いや、
とある噂がある。
切り裂き魔は、売春を装い被害者の男を人気のない路地に誘い込んでるんじゃないかっていう話。
だから、被害者が成人を過ぎた男性ばかりなのだと。
初めはただの噂だったと思う。
ただ、それを裏付ける様な目撃証言が何件か上がっていると言う話もある。
まだ確定ではない、しかしかなり信憑性の高い情報だ。
切り裂き魔はおそらく未成年。
警察の推定では、ちょうど女性の娘さんと同じような年齢だ。
そんな幼い子供と夫が……
俺が娘さんが何か見たんじゃないかと思った理由もこれだ。
自分の父親が、自分と同じぐらいの歳の女の子と親密に歩いてたとすれば。
十分に家出の理由になり得る。
たとえ事件が解決に向かったとしても、辛いだろうな。
死んだ人は帰ってこない。
なのに、事件の答えが死んだ人の名誉をさらに傷つけるものだとすれば。
世の中は不公平だ。
どうして、こうも一部の人間に試練が連続して訪れるのか。
俺はそれを防ぎたくて警察に成ったのに。
……
娘さんとちょうど同じ様な年齢、
事件の当日に家出、
そこから連続して犯行が発生、
考えすぎだろうか?
例の事件。
夫が娘に手を出し、その復讐で殺されたというのは。
それでも、突然の家出に説明はつく。
期間もそれぐらい。
大きな矛盾はない、か。
いいや、辞めよう。
そんな不幸なこと、あっていいはずがない。
神様は許さないだろう。
そもそも俺は捜査の本筋にいる人間じゃない。
それに、仮に父親に襲われて殺したとしても、だ。
そこから先、連続殺人を起こす動機がない。
切り裂き魔に殺される人間はロリコンである。
未成年に持ちかけられた売春にまんまと乗り、その結果人気のない路地裏まで誘導されてしまい。
そのままその人生を終える。
ロリコンなら、実の娘に手を出すかもしれない……
そうなのもしれない。
でも、俺がそう思ってるだけでそんなのただの想像だ。
どちらも別の性的嗜好だ。
俺は精神鑑定は素人。
そんな個人の妄想で疑いの目を向けるなんて、失礼極まりない。
大体、彼女の夫が殺された件だって切り裂き魔の関与が決まった訳でも無いんだ。
売春を装うって話だって確定情報ではないし。
もし娘さんが切り裂き魔だったとして、今になって家に帰ってくる理由もない。
彼女の夫が切り裂き魔の売春行為に乗ったなんて情報は無いんだ。
それを発展させてロリコンだ、娘も性的対象にするんじゃ無いかって……
死人の名誉を傷つけて、俺は人間のクズだ。
こんなの考えすぎ、だな。
事件の事は専門に捜査してる者に任せればいいんだ。
今はただ、行方不明だった娘さんが無事帰ってきたことを喜ぼう。
それでいいじゃないか。
「あ、佐藤くん。例の女の子戻ってきたんだって」
「それ本当ですか!?」
「うん、先輩がさっきお母さんと話してた。佐藤くん気にしてたみたいだったから」
「何処にいたとかは」
「それは、まだ。帰ってきてそのまま部屋に閉じ篭もっちゃってるみたい」
「まぁ、難しいですよね」
「そうだね」
ふと、2人が会話してるのが目に入った。
1人は俺の直属の後輩。
そして、もう1人は佐藤……
優秀な男だ。
キャリア組だったらしいのだが、なぜか都内から移動になってきた。
栄転って訳でもなく、こんな田舎に。
それでも腐らずやっている。
女の子の事も心配していて、親身になって女性の相談に乗っていた。
こんな男を左遷なんて、上の連中も見る目がない。
「あ、ちょっと外出てきますね」
「え?」
「車に忘れ物しちゃって」
「もう、佐藤くんったらおっちょこちょいなんだから」
「すいません」
佐藤が忘れ物なんて珍しい。
ま、誰にでもある事か。
いかんな、俺も切り替えよう。
やっと帰ってきた行方不明の女の子に疑いの目を向けたり、被害者の名誉を傷つける妄想をしたり、ちょっと頭がおかしくなっているのかも知れない。
警察の仕事は事件の解決だけじゃ無いのだ。
「さぁ、今日中にこの書類を処理するぞ」
「はい、先輩」
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??side
「ボス、報告が……」
「どうした? 定刻の連絡にはまだ早いようだが」
「例の少女、確認できました」
「っ!? ……お前からの連絡と言うことは、例の家か」
「はい」
「そうか、よくやった」
「いえ」
「お前はそのまま警察官の佐藤として行動しろ。処理はこちらで行う」
「了解しました」
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