8話 かくれんぼ

『8話 かくれんぼ』

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天才と凡人を比較するような言葉は数多ある。

どちらも変わらないと言う者もいれば、両者の間には越えられない壁があると言う者もいる。

普通と、特別……


ただ、一つだけ注意しなければいけない事がある。

それは天才の言葉しか残っていないと言う事だ。

その他大多数である普通の人の言葉は残らないし、たとえ普通を自称していたとしても言葉が残った時点でその人は特別だ。


天才と凡人を比較しその答えを出すのが許されるのは天才だけだ。


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「あー」


 ベットに寝転がり声を出す。

 いつもの癖だ。

 何もやる事がない時、ぼーっとしていると自然と音が漏れる。


 もはや独り言ですらない。

 意味のない鳴き声みたいなものだ。


 多少無理して帰ってきたわけだが、帰宅して早々暇になってしまった。

 ま、それも当然だろう。

 そもそも、もう帰れなくなるかもしれないからって言うただそれだけの理由で帰って来たのだから。


 希少価値以外何も感じていないかったのだし、蓋を開けて仕舞えば大体こんなもんだ。

 ならさっさと移動しろよ、と言う話なんだが……

 最後だと思うと何故か惜しくなって、結局時間をただ無為にしていると言う。


 私の声が天井にぶつかり反響する。

 ホテルとも路地裏とも違う、私の部屋だけの反響音だ。

 懐かしいは懐かしいんだけど、なんだかなぁ。


 窓の外はもう薄暗くなって来た。

 結構な時間が経っている。

 私の捜査も、もう本格的に始まっている事だろう。


 今回は目撃者がいる。

 それも魔法少女だ。

 そう遠からず見つかるだろうな。


 今日の夜か、明日の朝か……


 終わりがあるとわかっているんだ。

 別に多少怠けてたっていいだろ。

 無価値な時間ってやつも、私はそれほど嫌いでは無い。


 一年ぶりの私の部屋は特に何も変わっていなかった。

 黙って出て行ったのだし、物置にされていたとしても不思議ではないのだが。

 まるっきり、そのまま残っていた。


 視線を横に向けると、ウサギのぬいぐるみと目が合う。

 別に私の趣味ではない。

 確か、誰かに貰った物だった気がする。


 いつだったか、まだ幼いころ。

 同い年ぐらいの女の子だったと思う。

 誕生日プレゼントだって渡された。


 なんで飾ってるんだっけ?

 確か貰ってしばらくは箱に入れたまま埃をかぶってたと思うんだけど。


 カッターを取り出し、すっと投げる。


 刃がウサギの首を貫通し、壁に突き刺さった。

 ぶらーっと、まるで磔にでもされているみたいにウサギのぬいぐるみが壁に固定される。

 どこかで見た絵画を思い出す。


 傷口からぽろぽろと生米が落ちる。

 ただのぬいぐるみなのに。

 まるで本当に血を流してるみたいだ。


 ……


 って、米!?

 なぜにぬいぐるみから米が?


 あぁ、そう言えばこのぬいぐるみは使用済みだったっけ。

 よくよく見れば、赤い糸で縫った跡がある。

 しまったままなのも勿体無いし、何か有効活用しようって事で作業したのを思い出した。


 しかし、我ながら下手くそだな。

 縫い目の間隔がバラバラだ。

 まぁ、揃ってたとて糸が赤い時点で上手くは見えないんだろうけど。


 これは一種の黒歴史って奴なのだろうか?

 別に恥ずかしくはないが。

 ただ、自分でも馬鹿なことをやっていたなとは思う。


 別に信じていた訳ではない。

 オカルトに興味があった訳でもない。

 なんと言えばいいのだろうか……


 私は人とは違う、そんな自覚が昔からあった。

 今ではむしろ私が他の人と同じな訳が無いと思って居るが、当時は悩んだことさえあったのだ。

 どうして私だけが周りと違うのだろうか、と。


 でも、そうじゃないのだと気付いた。

 きっかけは父だった。

 あれは、私が中学校に入学してすぐぐらいのことだったと思う。


 私は今と同じ様に、ベットでただ横になっていた。

 そこに父が入って来た。

 アルコールの匂いがしたし、酔っ払っていたんだと思う。


 最近、父からやけにねっとりとした視線を感じるのは気付いていた。

 しかし、気にしてはいなかった。

 人から視線を向けられるなんていつものことだし、その類いの視線も父以外からは日常的に感じていたから。


 私が寝ていると思ったのだろう。

 そっと手を伸ばしてきた。

 起こさないように、慎重に……


 その手が、私の胸に触れる。


 もう中学生だ。

 経験はなかったが、流石に知識ぐらいある。

 それが何を意味するのか直ぐに理解出来た。


 そして、親子での行為が一般的ではないことも……


 ただ、別に忌避感は無かった。

 声を上げるでも、手を振り払うでもない。

 私は寝たふりを続けた。


 でも、それだけだった。

 結局父は胸に触れただけ、その先には進まなかった。

 部屋にはアルコールの匂いだけが残った。


 まさか脈をはかりに来ましたななんて事はないだろう。

 おそらく父はそのつもりだったと思う。

 ただ、私を目の前にし胸に触れその土壇場になって辞めたのだ。


 怖くなったのか、

 後ろめたくなったのか、

 単に酔いが覚めたのか、


 その時の感情は本人にしかわからない。

 が、一つ言える事がある。

 父の本能は理性に負けたのだ。


 なんて情けない人、その時そう思った。

 同時に理解した。

 別に私は本来特別なんかじゃないんだ、と。


 私が人と違うのは私が理由じゃない。

 単に、私以外の人間が愚かなんだ。

 そう認識を改めた。


 誰だって人を殺したいと思った事はあるはずだ。

 誰だって人を犯したいと思った事はあるはずだ。


 そんな大事ではなくても、もっと些細な事。

 宿題やりたくないとか、学校サボりたいとか。

 そんなんだ。


 やってはいけないと知りながら、それでも一瞬やってみたいと思う。

 些細な事ならきっと誰もがやった事がある。

 でも、ちょっと事が大きくなると途端にやる人が少なくなる。


 みんな私と同じ様な欲求があるくせに、諦めてしまうのだ。

 常識であったり、法律であったり、後は単純に出来ないと勘違いしてしまっていたり。

 総じて、本能が負けてしまっている。


 私は違う。


 その日、私は父を処分した。

 情けない父親なんていらない。

 そう思ったから。


 人を殺しちゃいけない事は知っていた。

 でも、それは本能を止める理由にはならなかった。

 もちろんバレないような努力はしたけど。


 人は結局動物だ。

 殺してみて思った。


 少し大きいだけで、猫や犬と何も変わらない。

 それに人間は別に動物の中で特別大きいと言うわけでもない。

 私に経験がないだけで、牛や豚をバラした事がある人はきっとなんの感想も抱かないだろう。


 ただ、それとは別に久しぶりに高揚感を覚えた。


 動物を殺しただけなのに、だ。

 それは、人を殺してはいけないと知っていたからだと思う。

 それを破ることに興奮したのだ。


 自分は普通。

 でも、他の人とは違う。

 相対的な特別。


 多分、私は退屈してしまっていたんだと思う。

 だから、どうせ意味ないなんて知りながらうさぎのぬいぐるみにに生米を詰めたりなんてしていたんだ。

 そして、私は退屈の凌ぎ方を覚えた。


 結局は全部後付け。

 やるべきことも、殺す理由も。

 人生は壮大な暇つぶしだ。


 思い返せば胸を触られた時も多少高揚していた気がする。

 あの時、父が最後までしていたら私は普通にパパ活でもしていたかもしれない。

 いや、その場合はパパ活ではなく近親か。


 まぁ、それはもしもの話で今となってはどうでもいい事だが。

 私の人生は今、とっても充実しているのだから。


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