第2話

 今日は週末。

 隣に人の気配あり!

 よし、明日の朝一番で先生の家に行く。


 亜鞠あまりは作戦決行の為の準備を始める。

 まずは冷蔵庫でしっかり冷やした材料を取り出す。


 小麦粉、バター、キンキンの冷水。

 硬いバターを少しずつはかりに乗せていく。


 バターの量はあんまり重くないけどバターの風味は感じられるように70パーセントにしよう。


「小麦粉とバターをボウルに入れてしっかり刻むべし!」


 大きめのフォークで手の熱が伝わらないように慎重に細心の注意を払ってバターの大きな塊を切っていく。細かく細かく。


「小豆サイズ? ってどのくらい?」


 小豆、ピント来ない亜鞠は冷蔵庫で見た納豆をイメージすることにした。同じ豆なのだから大差はないだろう。


 ポロポロしてきたので冷水を少しずつ加えていく。


ねないように……練らないように……集めて、重ねて……」


 呪文のように呟きながら粉に少し水を入れては作業を繰り返した。丁寧に。丁寧に。


 少し粉っぽさはあるが一応ひとまとめになった。ラップに包んで冷蔵庫に入れる。


「1時間くらい仮眠しようかな」


 あくびを1つして自室へと向かった。

 早起きして寝不足の顔では可愛い亜鞠ちゃんを見せられないという判断だった。




 1時間後。

 ふらふらと亜鞠が出てきた。


「ちゃんと固まってるね」


 冷蔵庫から生地を取り出し、調理できる台の上に乗せる。打ち粉用に強力粉を用意して準備完了。


「伸ばして畳んで直角回して、伸ばして畳んで繰り返す」


 レシピを読み上げ、忘れないように呟く。

 長く伸ばして上下から中央に合わせるように畳んでから本のように閉じる。打ち粉をして余分な粉を落として文庫本のように置いたらまた伸ばす。


「2回やったら一旦休憩、冷蔵庫でおやすみ~」


 この間に亜鞠は急いで今日着る服の準備。

 これには40分を要した。




 また同じことを2回繰り返し、冷蔵庫へ。これを2回繰り返している間にメイクもシュミレーションも済ませた。




 今度は薄く、正方形まではいかないが横にも伸ばしていく。厚みは割り箸の半分、2㎜~3㎜くらい。


「余熱も200度にしたし、あと少しで先生に会える」


 両端から中央に向かってパタパタと折るよう巻いて、そして中央でギューッとくっくける。

 倒して割り箸幅に切る。


「ぺったんこだけど、断面上にしたら本当にハートになるのかな?」


 疑問に持ちながらオーブンへ。

 こんがり美味しくなって出ておいで。




 壁にコップを付けて様子を伺っているとピーッと甲高くタイマーがなった。

 こんがり、ジュワジュワとまだバターが踊っているパイが出現した!


「やった! 亜鞠の愛が具現化してる」


 しっかりとハートになったパイを見て急いで粗熱を飛ばす。


 何気ないタッパーに詰めて身支度を整える。


「準備完了!」


 亜鞠は勢いよく飛び出す。

 隣の先生はまだ動き出したばかり、コーヒーの香りがして2時間、ちょうど小腹が空く時間。




 亜鞠は朝の澄んだ空気をお腹いっぱい吸い込んで、いつもの台詞を言う。


「ピンポーン! 先生お砂糖貸して?」


 ボサボサの頭の気だるげな先生は嫌そうな顔をしながらも、いつも優しく迎えてくれる。


 これは結構いいんじゃない?

 脈アリじゃない?

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パイ生地の使い方 宿木 柊花 @ol4Sl4

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