第2話
なんでもない日常が崩れ始めたことに気がついたのは、ある日の学校だった。
「おはよー」
「おはよう」
その日も灯里と一緒に登校して、いつもどおりに教室に入る。
ちなみに、灯里は僕よりもちょっとだけ誕生日が早いけれど、ギリギリ同じ歳だ。
たった数ヶ月の差なのに灯里は僕のことを弟扱いすることがある。
僕の手を引いたりするのもその一つだろう。
まぁ、傍から見たらそれは弟扱いではなくて、恋人のそれらしいけど……
「……うん?」
灯里が女の子の友人に挨拶をしに向かったのを見て、自分の席についた……ところで気がついた。
なんか静かだな?
いつもだったら友人から、
『また二人で登校かよ! 流石夫婦! 仲いいな!』
なんてからかいが飛んでくるところなのに、今日はそれがない。
「……あれ?」
不思議に思って、友人の席を見てみるとそこには友人の姿はなかった。
まだ、登校していないのかな?
あいつがいないなんて珍しい。
「あれ? 今日は太一(タイチ)くん、まだ来てないの?」
挨拶を終えた灯里が僕の席に寄ってきた。
「うん、そうみたいだね」
太一は僕らの小学校の頃からの友人で、付き合いも長く仲も良い。
もう一人の幼馴染と言ってもいいくらいの存在だった。
太一は元気で明るい性格で、僕らの仲をからかってくることはあるが、大切な友人だ。
「まぁ、太一のことだし、すぐ来るよ」
健康優良児で、遅刻なんて滅多にしないやつだけど、たまにはそういう日だってあるでしょう。
明日は槍が降ってくるかもしれないな。
そんなことを思いつつ、灯里と話していたんだけど、結局太一が来ることなく、担任の方が先に来てしまった。
「起立! 気をつけ! 礼!」
委員長の挨拶もそこそこに、先生が出席を確認する。
その視線は、僕の後ろの太一の席に止まった。
「今日は鈴原(スズハラ)は休みだ」
遅刻じゃなくて、休みなのか! それは凄い珍しいなぁ。
あの健康優良児が病気でもしたのか?
「先生! 太一くんは風邪とかですか?」
僕と同じように気になったのか、灯里が先生に聞いていた。
「いや……」
それにたいして、先生は少し言葉を詰まらせたが、
「鈴原自身というよりはご家族の関係でお休みと連絡があった」
なるほど、そういうことか。
あいつ本人じゃなくて、母親が風邪を引いたとかかな?
あいつは母子家庭だから、母親が風邪を引いたら心配だよなぁ。
「そうですか……」
灯里もそう言って、僕の後ろの太一の席を見ていた。
あいつ自身も心配だし、帰りにちょっと様子を見に行くのもいいかもしれないな。
そんなことを思っていると、朝のホームルームは終わっていた。
「それじゃあ、授業頑張るように……ああ、そこの二人ちょっと来てくれ」
「えっ? 僕ら?」
先生が出ていく直前に、僕と灯里を廊下に誘い出した。
何かやっちゃったかな? 不安に思いつつ、先生のところへ行く。
「えっと、何か用ですか?」
「あ、ああ。そうだな……いや、二人に直接用というわけではないんだが……」
「……?」
どういうことだろう、なんか先生の歯切れが凄く悪いんだけど。
「お前ら二人は鈴原と仲良かったよな?」
「はい。小学校からの友人ですが」
太一のこと?
「そうか……これは他のやつらには広めないで欲しいんだが……」
「はい……」
先生は僕らに近づいて、小声になる。
「どうやら、鈴原の母親にバグが発生してしまったらしい」
凄く深刻そうな顔をして僕らに告げた。
友人の母親にバグが発生した。
それを聞いて驚いたけれど、まぁ、でも父のようなデバッガーがいるからすぐに直してくれるでしょう。
数日後には、
「いやぁ、大変だったぜ」
なんて元気に登校してくる太一がいると思っていた。
しかし、太一の母親はきっかけに過ぎなかったのだ。
次の日から、学校には次々と休む生徒が出始めた。
先生は言葉を濁していたけれど、次第に噂は広まっていった。
曰く、
「とんでもないバグが発生して、それが広まっているらしい」
と。
そして、ついにはクラスメイトにもバグが発生し始めて、学校は休校を発表。
今までにない、致命的なバグが発生していることが公表された。
流石に気になって、デバッガーをしている父さんに聞いてみた。
「父さん……致命的なバグが発生しているらしいんだけど……大丈夫なの?」
「そうだなぁ……今回のバグはいつも以上にやっかいでなぁ……」
父は珍しく、ため息をついている。
「そんなにやっかいなの?」
「ああ、バグってのはどんなものでも発生原因があるんだが、今回の件は一つのバグが、他のバグも引き起こしているみたいでな。どれがバグの元なのか検討がついていない状態なんだよ」
「……バグの元?」
「そうだ、その大元を直さない限り、今後もいくつもバグが発生していくかもしれないとデバッガーでは考えているんだ」
「なるほど……?」
「もう少し早く気がついていれば、ここまで大変なことにはならなかったんだがなぁ……」
わかったような、わからないような。
ともかく、大変なバグが起きていることはわかった。
「でも、大丈夫だ。デバッガーで全力で対処しているからな」
そう言って、父さんは部屋から出ていった。
父さんは最近は、仕事で忙しいらしく家に帰って来ないこともある。
きっと、バグの対処で忙しいんだろう。
でも、父さんたちならきっとすぐに直して、また日常が戻ってくるはず。
そんなことを考えていた僕は、父さんが去っていく時によろめいていたことには気が付かなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます