この世界にはバグがある

猫月九日

第1話

 それはただのなんでもない日常だった。


「遥人(ハルト)起きなさい! 朝よ!」


 いつものように母親に起こされて目を覚ます。

 眠い目をこすりつつ、ベッドから降りてカーテンを開けると、隣の家の窓から灯里(あかり)がこちらに手を振った。

 こちらも手を振り返してカーテンを閉めた後、着替えて部屋を出た。


 階段を降りてリビングにへ行くと、父さんが新聞を読んでいた。


「おはよう、父さん」


「ああ、おはよう遥人」


 挨拶をして椅子に座る。


「朝ごはんよ!」


 すぐに母さんが朝ごはんを持ってきてくれた。

 今日の朝食は、目玉焼きとベーコン、サラダ、パン、牛乳だった。

 the・日本の朝食だ。


「「「いただきます」」」


 三人で手を合わせて食事を始める。

 食べながらなんとなくテレビに目を向けた。


『今日の天気は、晴れのち曇り。最高気温は25度、最低気温は17度です。』


 もう9月なのに、暑い日は続きそうだ。


『……先週に発生した壁抜けバグに関しての続報です』


 ニュースでは、バグに関してのニュースが流れている。


『先週、S県N市で発生した壁抜けバグに関して、国のバグ対策本部はバグの原因の特定と修正を行ったと発表しました』


 バグ対策本部という名前を聞いて、思わず手が止まってしまった。


「ここって父さんの職場だよね?」


「ああ、そうだよ」


 父さんはバグ対策本部のデバッガーとして働いている。

 日夜発生するバグの原因究明や修正に努めている組織だ。


「このバグもひょっとして父さんが直したの?」


「うん? いや、これは違うな。確か隣の部署だったかな?」


「そうなんだ」


 それでもこんなにニュースになる現場の近くにいて活躍している。

 そんな父さんが僕のちょっとした誇りだ。

 将来は僕も父さんのような立派なデバッガーになりたいと思っている。


『バグ対策本部では、今回の件は初動対応が早かったため広まる前に対策できたのが幸いだったとしています』


「遭遇したらすぐにわかりそうなものだけどね」


 ニュースを見てなんとなく笑ってしまった。


「まぁ、傍から見てればそうなんだがな、人間ってのは都合の悪いことは見ないようにしてしまうもんなんだよ」


 しかし、父さんは真剣な顔で諭すように言ってくる。


「だから、バグの対処する時は、思い込みを捨てて、冷静になるべく早く対処することが重要なんだよ」


 なるほど……やっぱり実際にバグと戦っている父さんの言葉は参考になるなぁ。


「ともかく、遥人も何か気になることがあったら、すぐに通報するんだぞ」


「うん、わかってるよ」


 そうは言っても、バグになんて普通に生活していたらそんなに遭遇することなんてないんだけどね。



「遥人! 学校へ行こう!」


 朝食を食べ終わったところで、外から大きな声が聞こえた。

 まったく、チャイムくらい鳴らせよな。


「ほら、灯里ちゃんが待ってるわよ。早く行きなさい」


「うん、行ってきます」


 すぐに鞄を持って家を出る。


「あ、遥人!」


 外では灯里が待っていた。

 僕が出ると、すぐにこちらに駆け寄って来る。

 まるで、飼い主を待っていた犬みたいだ、なんて思ってしまった。


「それじゃあ行こう」


 灯里が僕の手を引いて、一緒に歩き出した。

 いつまでも子供じゃないんから、手を引かれるのはちょっと恥ずかしいんだけど、何度言ってもやめてくれないから諦めたんだよね。


「だって、私達婚約者じゃない」


 毎回そんな感じで押し切られてしまう。

 婚約者と言っても、親がノリで決めたもので、僕たちの意志は関係ないんだけどね。


 ……まぁ、灯里は可愛いし、ちょっとおせっかいなところはあるけれど、性格はいいから僕としては悪い気はしてないんだけど。

 灯里の方も……こうして朝に僕を迎えに来てくれることからすると、少なくとも嫌われてはいないと思いたい。



「そういえば、今日は遥人が当てられる日じゃない?」


 今日の授業の話なんかをしつつ、学校へ向かっていた。

 今日は英語のリーディングの授業がある、担任の石田先生は日付と出席番号で当てるので凄くわかりやすい。


「もちろん、準備は万端だよ」


 当然、そのための予習は万全だ。

 しかし、


「あ、そうだ。そういえば、ノートが最後のページだったんだっけ」


 昨日の夜、予習をしていたらノートを使い切ってしまったことを思い出した。


「あちゃ、それはまずいね! 買ってく?」


「うん、怒られるのは嫌だしね」


 幸いにも時間はある、コンビニに寄って行くことにした。


「ちょっと待ってて、すぐに戻るから」


 灯里を待たせて、コンビニに入った。

 レジの前を通って、文房具コーナーへ行きノートを一冊手にとって、再びレジへと向かう。


 レジにノートを出す。


「袋はいりませんので」


 ノート一冊くらいなら鞄の中に入れればいいだけだ。


「は い」


 レジのお姉さんはと喋りながら、とノートを手に取る。


「ノ ー ト 1 冊 で 123 円 に な り ま す」


「これで」


 財布の中からピッタリの金額を出す。

 こういう時、ピッタリ出せると気持ちいいよね。


「ち ょ う ど お 預 か り し ま す」


 お姉さんはとした動きで会計を済ませる。

 僕はレシートは受け取る派なので、レシートを受け取って財布にしまう。


「あ り が と う ご ざ い ま し た」


 お姉さんのとした声を聞きながらノートを鞄にしまって、コンビニを出た。


「お待たせ」


 コンビニを出るとまたすぐに灯里が寄ってきて手を握られた。

 そして、また一緒に学校へ向かう。



 なんでもない幸せな日常。

 しかし、それは確実に僕らの日常を侵食し始めていたのだ。


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