第24話 真相

「葵、こんな所に居たなんて。

 ……随分と探したよ」

 店員を押し切って入って来た女の人は息をきらしながら、ワインを飲んでいる女に話しかけた。


 葵と呼ばれた、ワインを飲んでいる女はクスクスと笑いながら答える。

「久しぶりね、美玲。いや、皆にはイトウさんと呼ばれてるらしいわね?」


「突然姿を消したから心配したんだよ。

 葵のよく行きそうな所や一緒に遊んだ所、入院してた病院にも何度も探しに行ったよ。

 ずっと……ずっと探してたんだよ」

 イトウさんはうっすらと涙を浮かべている。


「いつも心配してくれてありがとう。

 ……でもね……いつも私の保護者ぶって……どうして放っておいてくれないの?

 あの時は助けてくれなかった癖に!

 だから、だから私はッ!!」


 突然激昂する葵のセリフにイトウさんはたじろぐ。

「……すまない。私は葵の1番困っている時に力になってやれなかった。私がもっとしっかりしていれば、あの時だって……」


「もういい!そんな言い訳聞きたく無い」

 葵はイトウさんのセリフを遮る。


「本当に悪かった、一瞬に帰ろう……」


「悪いけど私はもう帰れない。あれから何年経ってると思ってるの?

 私ももうあの時の私とは違うわ。もうあの時の様には戻れないし、戻る気も無い。

 それと、何故私がここに居るか判る?貴方達をここから見てたのよ。

 ……そう、全ては私が仕組んだ事。

 私は和光を消すために悪魔に魂を売ったのよ」



「……悪魔では無く神様に、だけどね」

 よく見えないが、葵の向かいの席にいる女性がそう呟いた様に聞こえた。



「どう言う事?やはりあの時……文化祭の時、葵は全て知っててあのナイフや盾を……?」


「そういう事。あの時誰にアレを売ったとしても、いつか誰かがあの武器で和光を殺してくれると思った。学校で一番嫌われてるトラブルメーカーだからね。

 私は訳あって自ら手を出す事が出来ない状況だった。誰かに武器を託すしか無かった。でも、あなたが巻き込まれるのは想定外だった……」

 葵はそう言うとらイトウさんを見ながら涙ぐむ。そして続ける。


「これでもあなたを……あなたを巻き込まない様にしたのよ。もし巻き込まれても大丈夫な様に、押し除ける力のある盾をあなたに託したの!あなただけは巻き込みたくなかった……」


「葵……」


「だって……だって私はあなたが……美玲の事がずっと好きだった!ずっと一緒になりたかった。でもそれを和光が無理矢理奪った。許せなかった」

 突然の告白にイトウさんは一瞬驚くが、すぐに受け入れる。

 その性格からか、前にも何度か女子から告白される事は何度かあった様だ。


「……葵……まさか、こんな事をした理由って……!!」


「こんな事?美玲にとってはこんな事なのかもしれないけど、私にとってはとても大きな事なの。

 あなたと一緒になる私を貶めた和光への復讐と、そしてそれを邪魔したなぎの消去だけは何としてでも成し遂げたかった」


「何て事をしてくれたの!

 京、みやさん、なぎも和光に手を貸したの?」


「なぎ以外は全く関係無いわ。

 なぎは私が和光に乱暴されそうな時に私達にお構いなしで和光に勉強教えろとか言って割って入って来た。

 誰が見ても普通じゃない状況で、助けを求める私を横目にそのままなぎは逃げて行ったわ」


「……それでなぎを……?」


「私にはそれで充分よ!そしてたまたま文化祭の時に会ったなぎに剣を押し付け売った。

 傑作でしょ?私を貶めた2人が殺し合うのよ?もう楽しくて楽しくてしようがなかったわ」


「葵……。

 でも、あんな物葵1人でどうやっても用意できるはずが無い。最早人智を超えてる。何があった?」


「私が説明しましょうか?」

 葵の奥から、長い髪の美しい女の人が出てきた。


「アンタが葵に変な事吹き込んだのか!」

 イトウさんは怒りを露わにするが、すぐに踏みとどまる。


「あらあら。私は葵さんを助けた命の恩人なのに、随分なご挨拶ね」


 …………。

 な、何だこの女……。

 浮世離れした美しさだ。私が男なら一目見ただけで虜になっていただろう。

 いや、女の私から見ても引き込まれそうな魅力がある。

 しかしその目の奥に底知れぬ何かを感じる。

 何故さっきは気付かなかったのだろうか。


「アンタとは失礼ね。私の名は……びきと呼んでちょうだい。

 まず葵さんだけど、自ら命を断とうとして瀕死だった所を偶然私が助けたの。

 そして葵さんの、あまりに世の中に絶望していた状況を不憫に思った私は力を少しだけ貸す事にした。

 そう、あれらの武具の話ね。

 一つだけ貸したつもりが全部持って行かれてしまったけど……。

 その後は貴方達が知る様な展開になった。

 何か質問は無い?


 あぁ、それと今ここに居る関係者以外の時間を止めたから思い切り喋ってもらっても構わないわ」


 確かに他の客は微動だにしていない。

 レストランの客全てが凍り付いているかの様に全く動かない。

 何をどうしたのか訳が分からないが、イトウさんはびきさんに話しかける。


「葵を助けてくれた事は感謝するわ……でも、びきさんは何者なの?」

 イトウさんはびきさんの威圧に押されながらも力を振り絞って質問する。


「私の事はどうだっていいじゃない。あの武具にまつわる出来事について、イトウさんはどう思うの?」


「私は……正直ふざけるなと思う。加担した奴等皆殴ってやりたい。私達の大学生活から今までの間全てを滅茶苦茶にもされた。例え親友の葵の望みでもこれは間違っている。悪いが到底許せない」

 イトウさんは答えるが、底知れぬ恐怖にすくんでいる。


「そうね、私もそう思うわ。貴方達には悪い事をしたわね」


「ま、まるで他人事だな。私達は大事な人達と時間を失ったんだぞ」


 声にならない声を精一杯振り絞り、びきさんにイトウさんは怒りを露わにする。


「責任は取るわ。ちゃんとね。先ずは……」


 びきさんは手を上掲げると、その手の上に剣、杖、盾、ナイフが浮いて現れる。

 そしてそのままそれらの武具は消えてしまう。


「これで武具は全て回収した。次は私が関与しなかった元の世界に戻すわ」


 びきさんが手を翳そうとした時、葵が割り込む。


「待って!そんな事をしたらアタシは!アタシの命は……!!」


「残念だけど、与えられた機会を無駄にした自分の行動を後悔する事ね」


 冷たく言い放つびきさん。


「そんなぁ……アタシは、アタシはただ……」


 葵は泣き崩れる。

 イトウさんはびきさんの威圧に場を見守る事しか出来ない。


 びきさんが手を後ろから前へ振る。


 レストランから葵、イトウさんの存在が消える。



「もう……紅茶が冷めちゃったじゃない」


 ため息を吐きながらびきさんは再び席に着くと、窓の外のとある大企業のビルを見ながら呟く。


「人の世界に介入するのも難しい物ね。でも、面白い物は見せてもらったわ。一時でも楽しかったよ、ありがとう」


 そう言い残したびきさんの姿も、いつの間にかその場から消えてしまっていた。

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