第20話 潜入

 次の日。

 1750分、外も暗くなり始めた時間。

 とある大手企業の正面入り口前。


 僕は待ち合わせの為に早目に来て待っている。

 昨夜もずっと考えていたが、なぎをこの手にかけると言うのはやはり抵抗がある。

 かと言って他の手も思い浮かばないままだ。

 何が正しいのか自分の納得出来る答えが見つからないまま時間だけが進んでいく。


「険しい顔をしているな、まだ迷っているのか。そんな事では逆にやられるぞ?」


 後ろからイトウさんに声をかけられる。

 振り向くとイトウさんがそこに居たが何やら妙なカッコをしていた。


「……何そのカッコ?」


 イトウさんはOL風の姿にサングラス、胸には双眼鏡をぶら下げている。


「5年ぶりなのに随分な挨拶ね。

 昔から潜入はサングラスと双眼鏡と決まってるだろう。映画とか見た事ないの?」


 さっきまで深刻に考えていたが思わず笑ってしまう。その反動か涙を浮かべる程笑ってしまった。

 しかしイトウさんの格好が逆に目立ってしまっている気もするが……。


「ごめん、珍しく変なカッコしてたから。

 中々似合ってるよ」


「褒められてないよねー。何かヤな感じー」

 イトウさんも釣られて笑っている。


 イトウさんによると、実は今もう一人待ち合わせている人が居るらしい。

 誰だかとても気になりつつも久しぶりの再会なので他愛も無い話をして待っているとすぐにその人物が現れる。

 痩せ型で、か弱い感じのスーツ姿の男だ。

 見た目はそこまでまで悪くは無いが頼りない感じだ。

 あろう事か企業の玄関から出て来る。


「イトウちゃんー、お久しぶりー。ずっとキミが忘れられなくて。また会いたかったんだよー。

 早く用事済ませてまたホテル行こうよ。

 今日はその人も含めて3人で……あぐっ」


 男は話終わる前にイトウさんに蹴り上げられる。


「この男が会社の中に入れてくれる、ちょっと鬱陶しい奴だが我慢してくれ」


 僕にそう言いながらイトウさんは男を更に蹴り上げ会社の中に引き入れてくれる。


「本当は他人を入れちゃダメなんだけどねー。イトウちゃんの頼みだから。

 その分のお礼はたっぷりとして貰うからね」


 男を適当に遇らい、さっさと自分の仕事だけをしろと男を更に蹴るイトウさん。

 僕達は入口のセキュリティを難無くくぐる。


 そして社長室付近のエレベーターホールまで連れて行ってもらう。


「自分に出来るのはここまで。今日は社長がこの向こうに居るはずだからあとは好きにしてくれ。ちゃんと後でお礼してくれるよね?」


 男は執拗に「お礼」とやらに拘っている。

 またイトウさんに蹴飛ばされながら男は去っていく。

 流石の僕も何と無くこの男とイトウさんの関係が何となく判って来た。


「さて、調子狂ったけど行くか」


 イトウさんと一緒に社長室行きのエレベーターに乗る。

 イトウさんはやる気になっているが、先ずさっきの男の話を聞いてみる。


「あの男はここに入る為に、ある程度の役職の、手頃な奴を私が色仕掛けで引き込んだ。

 どう?私の魅力は?」


 イトウさんは得意げな顔をしている。


「……もしかして、ここに入る為に身体売ったの?」

 躊躇いながらも気になるので単刀直入に聞いてみる。


「まぁ、そう言う事になるかな。気にする事無いよ」


「何て事を……もっと自分を大切にしてよ!」

 怒る僕にイトウさんは続ける。


「怒ってくれるんだ?嬉しいなぁ。でも京が予定通りなぎを倒してくれればこの忌々しい事実は消えるはずだから問題無いよ。じゃあ、行こうか!」


「……事実は消えても僕達には記憶が残るんじゃ……?」


 イトウさんの動きが一瞬止まった様な気がした。


「……じゃあ、行こうか」

 再びイトウさんはもう一度同じ台詞を言う。

 恐らくイトウさんはその事に気付いてなかったんだろう。


 しかし、身体まで売ってなぎを倒す事を考えてるなんて……僕がうじうじと考えている時にイトウさんは……。


 自分の覚悟の甘さを感じながら気を引き締める。


 エレベーターが到着する。イトウさんと共に社長室に向かうが、社長室は一面ガラス張りだ。

 部屋の中心に誰かが座っているのが見える。

 イトウさんは双眼鏡で座っている人物を確認する。

 なぎに間違い無い様だ。


 一面ガラス張りな為、何処から入っても見つかってしまう。

 どうやって入ろうか考えていた時、なぎは社長室奥のエレベーターで登って何処かへ行ってしまう。


 そもそもここは最上階。あのエレベーター、屋上行きだ。


「これはアキラカに罠だよね。私達の事バレてる。それでも追いかけるぞ」


 しかし社長室の扉の鍵が閉まっている。ガラス張りではあるがとてもか破れそうには無い。


「京、ナイフを使え」

 イトウさんの指示通りナイフで扉を切り裂く。

 ガラスの切断面がお金になり、扉を抜けられる。


 僕達は奥のエレベーターに乗り込む。


「覚悟はいいか。もう後戻りは出来ない。多分不意をつくことも出来ない。正面から挑むしか無い。消されるなよ」


 そして2人は屋上へ着く。


 ライトはついているが辺りはかなり暗くなっている。そして少し寒い。


 なぎはエレベーターから降りた僕達を少し遠くから見える様に腕を組んで真正面に立っていた。

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