第23話 モノクロな写真に色がつき始めた




 ――ガタンゴトン


 その後、俺たちはバッティングセンターでしばらく遊んだ後、太陽が沈み始めるような時間になっていたので解散することにした。


「じゃあ、私はこの駅なので」


「おう、お疲れ様」


 そう言って星那は途中の駅で降りていった。


「ふう」


 俺は彼女の後ろ姿を見えなくなるまで見届けてから一息つく。


 楽しかった……けど少し疲れたな。


 誰かと口喧嘩する経験は今までほとんどなく、何か言われても苦笑いで受け流してきた自分にとって今日の出来事はあまりにも重すぎた。


 ただ、それでも俺の心は充実感で満たされていた。


 久しぶりに誰かと遊びに行って……正直、凄く楽しかったのだ。


「次は〜〜、次は〜〜」


 そんなアナウンスを聞きながら俺は電車の椅子に体を預け、今日のことを思い出して感傷に浸るのであった。



 ――――――



「ねえ、」


「嫌だ」


 リビングでソファーと一体化しながら猫と戯れていると雑音が聞こえたのでテキトーに否定しておく。


「いや、まだ私なんにも言ってないんだけど」


「絶対にパシらせようとしてるだろ、わかってるからな?」


「ちぇ……アイスとか買ってきてくれたりしなーい?」


「もう一度、おっしゃってください」


「だから、アイ――」


「もう一度、おっしゃってください」


「聞く気のないSi○iやめろ」


 俺のSi○iの真似が効いたのか姉ちゃんはぷくっと頬をふくまらす。


「てか、私パシらせようと思って話しかけたんじゃないんだけど」


「嘘だろ、じゃあ今日は槍でも降るんじゃないのか?」


「馬鹿言わないの……ちょっとあんたに言いたい事があってさ」


 言いたい事?

 姉ちゃんとはこうやって軽口を叩き合うが基本的にお互い、不干渉を貫いている。


 それは例え兄弟であってもプライベートに口出すのはお節介だと俺たちは思っているからだ。

 そんな関係の姉が俺に言いたいこととは。


「大したことじゃないんだけど……実はちょっとあんたの彼女の星那ちゃんについてちょっと聞きたいだけなんだけど」


 カノジョ……彼女?!


「か、かの……わかってて言ってるなこの野郎」


「実際、周りからはそう思われてるんだからいいじゃん……で、本題なんだけど星那ちゃんがあんたにだけは対応が優しいって本当?」


「……多分。この前本人も俺の前だと理想の自分で居られるって言ってたからそうなんだと思う。まあ、俺としては星那の優しいところしか見たことないからあんまりわからないけど」


 いや、一度だけあったか。

 彼女の冷たい対応を見た……というか実際に冷たい対応をされたことが。


 俺が終業式の日に脅されて星那にナンパした時に初め、彼女は凍てつくような冷たく怖い目と声色をしていた。


「やっぱり聞いてた通りなのね……栄人、あんたちゃんとしなさいよ」


「珍しいな、まるで俺の姉みたいな忠告してくるなんて」


「いや、私あんたのお姉ちゃん……今回ばかりはあんたが、いや、あんたの大事なお友達が心配になったから口出しているのよ」


 心配……?

 俺は心配されるようなことがあるか考える。


 確かに星那が周りに冷たい態度を取っているのであればクラスメイトから反感を買わないか心配だが、それでも彼女は強い。

 あの滅茶苦茶怖いヤンキーたちをも退けたのだから。


「あんたが心配してないならそれでいいわ。けど、星那ちゃんは多分、あんたが思ってるよりも強くない……少なくともあんたの元カノよりもね」


「おい……」


 眞白も強い女の子だった。

 とても気が強く、誰にも屈しない。

 ただ、極稀に甘えたがりに……っておい、いつの間に元カノのことを考えてしまったじゃないか。


「ごめんごめん、つい口が滑っちゃった。まっ、てなわけで頑張ってねー……私は星那ちゃんに出会った後のあんたの方が生き生きとしてて好きだからさ」


「そう見えるのか?」


「うん、確実に生き生きしてる。まるでモノクロな写真に色がつき始めた」


 つまり、姉ちゃんは眞白に浮気された後の俺は色を失った写真のようだと言いたいようだ。


 あながち、それも間違っちゃいない。

 浮気が発覚した直後は人生が全く意味ないものに感じられ、息を吸って立っているのでさえ苦痛に感じた。


 でも、星那と会ってから人生は、この世界は楽しいこともあるのだと再確認できた。

 俺でも胸を張って生きていっていいのだと思えた。

 そしていつの間にかに俺は彼女を守りたいと……そう思い始めたのだ。


「だからちゃんと支え合って頑張ってね。頼りすぎず……依存されすぎずに」


「依存?」


「あっ、やべっ! もう家出ないとバイト間に合わない! 行ってきまーす!」


「おいっ!」


 バタン、という音ととも扉は閉まり、リビングは台風の後のように静かになるのであった。


 なぜ、姉ちゃんは頼られすぎる、という言葉でなく依存という言葉を使ったのか。

 結局、俺はそれが何故かわからないでいた。


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