第21話 マジでいい加減にしろよ



「じゃ、じゃあとりあえず俺が手本で少し打ってみるね」


 俺もバッティングセンターは初めてだが、何回か学校の授業でバットを振ったことはある。

 俺は何となくで構え、正面の球が出てくる穴を見つめる。


「――!」


 今だ!

 俺は思いっきり、振りかぶった。


 ――カキン


「おぉ〜!」


 打たれた球は少しだけふわっと浮き上がり、15mくらい飛んだ後すぐに地面に転がる。


 まあ、初めてにしては悪くないのではないだろうか。


「凄いです! 栄人さんって運動も出来たんですね」


「まあね」


 俺はストレートな褒め言葉に少し照れる。

 ……いや、待てよ?


「もしかして、俺って運動できない人だと思われてた?」


「……そんな事ないですよ!」


「いや待て……明らかに今、間があっただろ」


「ふふっ」


 あっ、笑って誤魔化した。


 インドアな俺だが別に運動は嫌いでは無い。

 中学の時、部活は新しく人間関係を作るのが嫌で入っていなかったが、親にお願いして地元のテニスクラブに入れてもらっていた。


 それだけあって別に運動音痴では無い……と思っている。


「じゃあ、今度は私がやってみますね」


 そう言って彼女は何本かあるバットをそれぞれ軽く振って、どれにするか選び始める。


「……なんか、ちょっと慣れてる?」


 手つきがやけに手馴れているような気がした。


「そう見えます? これでもバットを握るのは初めてですよ」


「そうか」


 なんというかゲームセンターでのことと言い、初めてにしてはやけに動きが慣れてる人の物なんだよな。


 まあ、気のせいか。


「これが良さそうです」


 彼女はバットを握って球が出てくる穴をじっと見つめ


 ――カキン


 俺が打ったのと同じくらいの球を打ち出した。


「おー、星那凄いじゃんか!」


 男の俺と同じくらいまで飛ばすなんて流石だな。

 容姿端麗で運動神経も良くて性格も良くてゲームも上手い。

 もう、本当に完璧なんじゃないか、この子。


 つくづく俺とは住む世界が違う人間だと思い知らされる。


『今度は絶対に私の物にしますから』


 その時、さっき聞こえた言葉を思い出す。


 完璧な彼女は何をしたいのだろうか。

 私の物にする?……何かが欲しいのか?だとしたら彼女が欲しい物とは?


「栄人さん? 大丈夫ですか?」


 気づけば星那が近くに寄ってきていて、俺の顔を覗き込んでいた。


「ああ、ごめんごめん。ちょっとぼーっとしてた」


 まあ、そもそもあの声は凄く小さかったし、ただの聞き間違え……それか気のせいだったのかもしれない。


 俺はあの言葉を忘れることにした。


「大丈夫ですか? 急に運動したからでしょうか」


「いや、本当に大丈夫だよ。さあ、打つぞー!」


 俺は顔を上げ、肩を軽く回す。

 その時だった。


「あれっ?!星那ちゃんじゃん!」


 後ろから女の子の声が聞こえた。

 その声は星那の名前を呼んでいる。


「ひっさしぶりー! 相変わらず可愛いねぇ……元気してた?」


 振り向くとそこには制服を着たJKらしき女の子が3人いた。


「え、ええ……はい」


「てか待って! その男の子って彼氏!? 嘘でしょウケるんだけど……!」


「えっと俺は……」


 彼氏じゃなくて友達です……と言おうと思ったが前に星那から恋人同士ということにしておいた方が都合がいいと言われたのを思い出して踏みとどまった。


「星那の彼氏です」


「マジで言ってんの!? あのクソ無言で人に容赦ない残虐姫に彼氏?……いやいや、あんた、騙されてるよ」


「ええっと……どういうことですか?」


 俺はてっきり、『こんな可愛い星那相手にこんなブサイクで陰険そうな奴が彼氏だなんて星那も見る目ないね』……みたいなことを言われると思っていただけあって困惑する。


「コイツ、私たちが幾ら喋りかけても何しても何にも反応しない陰キャだよ?」


「……」


 あー、なるほどな。

 こいつらは星那の友達なんかじゃない。

 むしろ邪魔してくるタイプの敵だ。


「それにさ、こいつ絶対重いよ?」


「い、いい加減にしてください!」


 星那はぷるぷると震え、顔を赤くしながらそう言い返す。

 が……。


「うわ、自分の本性バラされそうになったら話し始めるとか卑怯すぎ!」


 主に話している女の取り巻きの2人がそうやって、野次を入れる。


 それに対して星那は余計、顔を赤くしていた。

 まるでそれは導火線に火がついた爆弾のようでもあった。


「こいつさぁ、実は中学の時にぃ――」


「お前、マジでいい加減にしろよ」


 夕方のバッティングセンターに怒った声が響く。


 一瞬、誰が言った言葉なのかわからなかった。

 自分が言った言葉なのに。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る