第19話 こんにちは
「俺、トイレ行くけど星那はどうする?」
「いえ、私は大丈夫ですよ。ここで待ってますね」
「ありがとう……じゃあ、ちょっと行ってくる」
そう言って栄人さんは早歩きでトイレの方へ向かっていった。
私は見えなくなるまで彼の後ろ姿を見続け、その姿が見えなくなった後、おもむろにさっき撮ったプリクラの写真を取り出す。
「栄人さんの写真……合法的に手に入りました……!」
私はその写真を持ってきたフィルムに入れ、お財布の中に大切にしまう。
彼は私の想いを知ったら重いと言って離れていってしまうだろうか。
今日のプリクラはあまりにも強引すぎて引いていないだろうか。
今日の私はちゃんと、彼と話せているだろうか。
そんな色々な不安を自分の中に仕舞い込むように大切に、大切にしまう。
「……よし、深呼吸です」
すぅー、はぁー。
頑張れ私。
彼と今度こそ、今度こそ……付き合ってみせる。
もう、あの時と違ってあの泥棒猫の邪魔はないのだから。
――――――
「星那……ほら、挨拶をするんだ」
あれは小学2年生の時……お父さんに連られて来たお父さんの会社のパーティー。
どうやら、お父さんは会社の中で偉いみたいで是非、お子さんも……という話になったらしい。
「み、三森……しぇなです」
そう挨拶するも、私の目は相手の方へ全く向いておらず、私はずっと俯いて地面を見つめていた。
私はそんな人見知りな自分が嫌いだった。
人の目が見れないのも、ハキハキ喋れないのも、言葉に自信が持てないのも……全部、嫌いだ。
それでも、私は何回も何回もそうやって見知らぬ人たちに挨拶していく。
私がそうした後の相手の反応は大きく2つだ。
挨拶ができることを無理に褒めてくるか。
人見知りなんだね、と暖かい目で見てくるか。
善意からくる反応なんだろうけど……どれもなんだか、私にとっては苦しかった。
でも、彼の反応は違かった。
「……」
無言。
流石に見かねたのか、その子の親が軽く叱る。
「おいおい、栄人……ちゃんと挨拶しなさい。この子はお前と同い年なんだ。この子と仲良くしてくれないか?」
「初めて……まして。栄人……でしゅ。」
まさか、人見知りで噛み噛みだった自分よりも酷い挨拶が返ってくるとは思ってもみなかった。
「すみません、うちの子、外だといつもこんなで……」
「いやいや、いいんだよ。無理をさせるものではないしな……それにうちの子も人見知りなんだ。気が合いそうじゃないか」
そして、私の父親はそう言った。
多分、その言葉がきっかけだっのだろう。
それからは何回か彼と会う機会があった。
「こんに……ちは」
いつも、彼は俯きながらそう私に挨拶していた。
本当におかしな男の子だった。
まさか、こんな私よりも酷い人見知りなんて……。
「こんにちは……
自分でも驚くほど、すらすらと言葉が私の口から飛び出した。
「せ、星那?! お前……いつの間にそんなすらすらと挨拶出来るようになったのか!?」
1番驚いていたのは私のお父さんだった。
今までずっと俯いてボソボソと噛み噛みな挨拶をしてきた娘が急にハキハキ喋るようになったのだから、当然かもしれない。
……あれ、そうだよね、今まで私、俯いていたよね。
私が1番苦手なのは顔を上げて人の目を見ることだったはずなのに……。
なんで、私は今、彼が俯いていることがわかるんだろうか。
その時、私は自分がいつの間にかに顔を上げていることに気づいた。
「っ……!?」
私は気づいてしまった。
私はこの子の前だと理想の自分になれる。
誰にでも優しくて可愛くて上品な……そんな自分に。
それが何故かはわからない。
この子が私より人見知りだからか……それともただの偶然か。
でも何故なのか、はどうでもいい。
とにかく、彼と話している時だけは私は好きな自分でいられる。
それが凄く凄く嬉しかった。
そして、嬉しがっていたのは私の父親もだった。
「是非、栄人君と星那をこれからも会わせてくれないか?! この子の人見知りがこの子の前だと治るんだ」
すぐに私のお父さんは栄人さんの父親にそう、提案し……来週末にもまた、彼と会うことが決まった。
その日は軽い挨拶だけで終わり、私は来週末、彼に会うのを楽しみにしていた。
けど……そんな時にお父さんの会社は倒産したのだ。
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