第9話 一件落着なんだよな?




「頼むからいい加減にしてくれませんかね」


 俺は右腕の痛みを我慢しながらそう軽口を叩く。


「え、栄人さん?」


「は? 愛しのお姫様を守るために遅れて登場ってか? ああもうクソうぜぇなぁ!」


 こいつは馬鹿なのか?


 ここはファミレスの前……こんなに目立っていれば誰かが警察を呼ぶはずだ。


 それなら俺はただここで時間稼ぎをすればいい、そうすればいずれ助けがくるんだから。


 ヤンキー男が再び拳を振り上げ、俺はそれに耐えるために腕でガードする体制を作る。

 が――


「ぐはっ……!」


 腹に鋭い痛みが走る。

 こいつ……俺の顔を殴ると見せかけて腹パンしてきやがった。


 俺はあまりの痛みに少しよろける。


「兄貴! ここは目立ちすぎるっす! どっかに移動しないと俺らサツに捕まっちまいますよ!」


「チッ……そうかよ、鬱陶しいなあ!」


「うっ……」


 ヤンキー男に首を掴まれ、気道が塞がる。

 情けないな俺。

 ヒーローみたいに助けに入ったらその数十秒後には俺がボコボコにされてしまっている。


 でも、ここままやられっぱなしなのは情けなさ過ぎて星那に失望されてしまうよな。


 俺は空いている両手でヤンキー男の腕を掴み、


「なにやってやが……?!」


 その腕をこちらに引き寄せながらヤンキー男の右足を足で払う。

 体を支える足が1つだけになった上に体制を崩したヤンキー男は重量に従って尻から転ぶ。


「正当防衛だからな?」


 見よう見まねの柔道技だが、あいつが油断してくれていたお陰で成功だ。

 俺の首を締める手は外れたため、俺は急いで距離を取る。


「ははっ、お前ら……」


 ヤンキー男はおもむろに立ち上がると


「2人揃って死にたいみたいだなあああああ!!! お前らァ! 全員でかかれェ!」


 そう奴の仲間に向かって叫ぶ。


 そう、どんなに抵抗しても今この状況は2対7。

 それも俺は喧嘩なんて生まれてこの方したことがないし、星那に限っては普通の女子だ。


「任せろ兄貴、すぐにこんな奴、気絶させてやるっす」


 ゾロゾロと、ヤンキーの仲間たちは俺たちに近づいてくる。

 ああ、クソが。


 警察も周りの人々も誰も助けに来ない。

 このままボコボコにされて、中学に続いて高校生活も惨めに終わるのか?


 俺はチラリと星那を見るが彼女は不思議にただただ無表情だった。


 ある1点を見つめながら。


「兄貴に恥をかかせやがった借りを返してやるッ!」


 ヤンキー男の仲間の1人が俺の胸ぐらを掴もうと腕を伸ばす。


「なにしてるんだ?」


 が、彼らのすぐ後ろから聞こえてきた声でその動きを止める。

 ヤンキー男も声のした方向へ振り向く。


「なんだ? お前、楯突くっつうならボコボコにし……」


 そこまで言いかけたところで言葉を詰まらせた。


「なんすか兄貴、こいつただのおっさんじゃないっすか。ついでにボコボコにしてやりましょうよ」


「ち、違え、この人は……」


 ヤンキー男はバツが悪そうに口を開く。


「俺の父親だ」


 ヤンキー男の父親は呆れた目でヤンキー男を見る。


「いい加減にしなさい、健人。これ以上の騒ぎにするならばもう、お前は外出禁止だ」


「で、でも、こいつらが俺に恥をかかせてきやがって」


 父親はその言葉を聞いて眉をひそめ、俺たちを見つめる。

 そして、明らかに機嫌を悪くし


「それはお前のせいだろ」


「は?」


「お前が彼女に酷いことをし続けたから彼女は逃げたんだッ! 少し考えたらわかることじゃないかっ!」


 ヤンキー男に怒鳴った。


「な、なんでだよ、オヤジ……いつもは絶対俺の味方してくれるのに……」


「そうだな、いつもならそうだが……彼女から事の一部始終を撮った動画が送られてきたんだ」


「そんな……」


 事の一部始終?

 俺はよくわからないが、星那が何か手を打ってくれたらしい。


「つまり、オヤジは脅されてんだよな? 俺は星那の裸の写真だって持ってる、だから心配しなくても……」


「いい加減にしろと何度言ったらわかるッ!!!」


「っ……」


「つべこべ言わずにお前は彼女らから手を引け。幸い、彼女はお前達が今後一切、自分達に関わらないならば何もする気はないと言ってくれている」


「そ、そんな……」


「ほら、いいから帰るぞ」


 ヤンキー男は悔しそうな顔をしながら父親に襟首を掴まれ、車に連れ込まれる。

 それに伴ってその仲間たちも呆然とした表情をしながらこの場を離れていった。


「ええっと……一件落着なんだよな?」


 俺も突然、全てが解決して呆然としていた。


 そして、ヤンキー男の父親が俺たちの横を通り過ぎる時。


「化け物がっ……」


 ボソッと父親が俺たちに言い放ったその言葉が俺の中で反芻していた。


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