第4話 過去の女なんて忘れさせて私色に染め直したい
「もしかして俺たち会ったことがある?! もしかして幼馴染で結婚の約束してたり――」
「いえ、してないですけど」
彼女は苦笑いしながら理由を話し始める。
「栄人さんは私のこと知りませんよね。私も貴方と実際会ったことは無いのですが、少し前に貴方の話を私の父から聞いたことがあるのです。『凄く礼儀正しい子がいる』と」
つまり、俺は彼女の父親と会ったことがあるのか。
俺は記憶の中を探ってみる。
「……えっとお父さんの名前を聞いてもいいか?」
「
三森……確か父親の昔の会社の上司でそんな人が居たような気がする。
そして、その人とは1度、父に連れられた会社のパーティで俺も会ったことがあったはずだ。
ほとんど顔は覚えていないが。
でも、だとしたら彼女の父親は……そして彼女とは……。
「そうです。貴方のご存知の通り、私の父が勤めていた会社は倒産しました」
そうだ。あの会社は何らかの不祥事で倒産してしまったのだ。
結果、俺の父親は職を失ったが、運良く直ぐに別の職に就けた。
でも、彼女の父親は……
「私の父親は会社の経営陣でした。不祥事となれば負う責任は多かったです」
「そんな……」
「でも、もう心配はありませんよ。母親は蒸発しましたけど、父は新しい仕事を手に入れて今では普通の生活してます」
「そっか……それなら良かった」
それでも、彼女の顔は少し悲しげだった。
ああ、これじゃあ、振り出しに戻ったようなものだ。
俺は自分勝手な理由で場を気まずくさせてしまったのが、申し訳なかった。
俺らが暗い話に顔を曇らせていると、店員が料理を運んできた。
さっき俺たちを生暖かい目で見てきた店員だ。
彼は俺たちを見て何かを言いたげだった。
が、流石に自重したのだろうそのまま厨房に帰っていった。
「栄人さん」
「ど、どうしました?」
俺たちの間の沈黙を破ったのは彼女の方だった。
「栄人さんは恋愛をしたことがありますか?」
「中学の頃に1度だけあるけれど……どうかしたか?」
突然の質問だった。
「その時、何かありました?」
「っ……!」
俺は思わず、顔を顰めてしまう。
もしかして、俺のことが知られている……?
「いえ、別に栄人さんの昔を知っているわけではありませんよ。……けれど、なんだか栄人さんは何か怖がっているように見えたので」
「……流石、鋭いね」
「答えてくれますか? 私は貴方の質問に答えたのですから次は貴方の番ですよ」
そう言われては話すしかなくなってしまう。
「別にそんな大した話じゃないよ。ただ幼馴染に告白してその子と付き合ってそれで……それで……」
まただ。
その先はどうしても言えない。何時になっても。
「言えませんか? でしたら私の予想を話します」
「……ああ」
「栄人さんは少し前に浮気されたんじゃないですか?」
「本当に鋭いね」
中学の終わり……俺は失恋した。
彼女の浮気によって。
俺たちが付き合っていたことは周りには誰にも明かしていなかった。
それをアイツは上手く利用して他校の男と俺を二股していたのだ。
それを知った時は死にたい衝動に駆られた。
その上、俺は浮気された事実を周りには言えなくなってしまった。
1度だけ友人に相談した時に帰ってきた言葉は慰めとは程遠いものだったからだ。
それだけでなく、俺は彼女の悪評を広めようとした奴として大衆から冷たい目で見られた。
「別に大した話じゃないよ。それに浮気なんてよくある話だから」
だから、今日も俺は誤魔化す。
自分語り……それも過去の不幸な話なんてしてもウザいだけだと知っているから。
だが――
「浮気が大した話じゃない?ですか?……そんなわけないでしょう。私なら少なくとも生きていたことを後悔してしまうように苦しめます。もしかしたらそれだけじゃ済まないかもしれませんが」
え、怖いもしかしてこの子、愛が重い……?
気の所為だよね。うん……。
「とにかく、それくらい浮気というのは重いことです。そして、そのことは今の貴方に大きな影響を残しています」
「そんなこと……」
嘘でも『無い』と言い切った方が良かったのだろう。
けど、自分を心配してくれている人に嘘をつけるほど、俺は落ちちゃいなかった。
「貴方は忘れてしまってませんか?人は打算だけで動いているわけではないことを。『なぜ、どうしてこんな俺に』と自虐しているのかも知れませんが貴方には私にそうさせる魅力があるんですよ」
「え……?」
考えてもいなかった。
俺はてっきり、何か俺の知らない裏の目的があったのかと。
「もうっ……過去に浮気以外に何があったのかは具体的にはわかりませんが、自虐なんてしていいのはオワコンな芸人さんくらいです。栄人さんはまだ終わってません。これからです」
「ありがとう……あとごめん。俺、完全に君のこと勘違いしてた」
俺はそうやって謝る。
すると、彼女はしばらく考えるような仕草をした後に顔をぱっと明るくする。
「決めましたっ! 私、貴方をその女の浮気から完全に立ち直らせてみせます!」
「えっ?それは悪いよ。それで君に何のメリットが……」
俺はそこまで言って気づいた。
「人の行動は打算だけじゃないって言いましたよね。私が貴方に興味を持ったから、好感を持ったから……だから助けたい、それだけです」
さっき指摘されたばかりなのについ、繰り返してしまう。
俺が思っていたよりも、あの件は今の俺に深い爪痕を残しているのかもしれない……。
「ありがとう」
俺がこう答えると彼女は柔らかに微笑む。
家族以外からこうも優しくされたのはいつぶりだろうか。
俺の心はすっかり、穏やかになっていた。
「それに早く過去の女のことなんて忘れさせて私色に染め直したいですし……」
けれど、最後になんだか、ごにょごにょと彼女の口が動いたような気がした。
――――――
各話ごとの小タイトルに何にも書いてないことに気づいてしまった。
わかりずらいのでこれからはちゃんとタイトル付けていきます。
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