夢
体はどこも痛くない。
ジェシーさんが治してくれたのかな。
ゆっくりと目を開けると、白い天井。
うん? ずいぶん高い天井。いや、ずっと、白い空間が続いてる? 横を見ても、後ろを見ても白い空間。そして、下も。
私の体はふわふわと宙に浮いている。
夢かあ。
どうせ、夢を見るなら、こんな何もないところじゃなく、元の世界がよかったな。
そう思った瞬間、景色が変わった。
コンクリート打ちっぱなしの広い空間。モダンな黒いレザーの椅子。
ああ、母のサロン、本店だ。
母が金髪の女性の髪を不思議な形にスプレーで固めようとしている。
「案外、難しいわね」
母が難しいなんて言うのは珍しい。
「二次元のキャラなので、立体になることが想定されていないんです。でも、初めてなのに、こんなに再現してもらえるなんて、本当にありがとうございます」
あれ? 横でえっちゃんが手伝っている。あ、金髪の人はえっちゃんのコスプレ友達だ。ソーマさん。今回は前に私がやったのとは別のキャラクターのコスプレなのかな。
「いつも、真理亜がしていたんでしょう。急にいなくなって、困っているなら、私が代理をしなきゃ。真理亜の親友のためだもの」
「母さん、ありがとう」
思わず、声をかけると、母はキョロキョロとした。
「どうしたんですか?」
えっちゃんが尋ねる。
「今、真理亜の声が聞こえたような気がして」
あれ、これは夢じゃないの?
足はあるけど、もしかして、死んで幽霊になっちゃった?
レオさん。私、頑張って生きるつもりだったけど、ダメだったみたい。ごめんね。
ああ、大声で泣きたい。
天国に行く前に母やえっちゃんと会えるように神様が助けてくれたのかな。
ふふ。自分が天国に行けると思うなんて、私もあつかましい。でも、大変な目にあったんだから、そのぐらいは神様もサービスしてくれないかな。
「それにしても、いまだに私、警察のことが許せません」
えっちゃんがプンプンしている。
「真理亜が消えるところを三人ともきちんと見てたのに、ただの家出扱いして。お店のオープンのプレッシャーに負けたんだろうなんて、いい加減なこと言って」
「真理亜はプレッシャーに負ける子じゃない」
「それは私も思います。前回、時間がなくて、一瞬のミスが許せない時も楽しそうでした」
ソーマさんがコンテストに参加するのに渋滞で遅くなってしまった時のことだ。
間に合うかと焦っていたのに楽しそうに見えたんだ。
「そう、だから、異世界でもきっと、タフに楽しくやってると思うんです」
えっちゃんが力説した。
「神隠しじゃなくて、異世界転移と決めつけるところが悦子らしいわ」
ソーマさんが呆れたように言った。
うんうん。私もそう思う。でも、えっちゃん、異世界転移で正解だよ。婚約破棄も見たよ。魔法が使えなかったのは残念だけど、優しい人たちと出会って、楽しかったよ。
「真理亜はどこに行っても大丈夫。私の娘なんだから」
母が少しうつむいた。
「母さん、泣かないで。私、異世界で楽しく生活してるから。ヘアサロンを開くから。幸せになるから。だから」
母がゆっくりと私の方を見る。
私の声が届いた? えっちゃんが見る。ソーマさんが口をポカンと開けている。
私の姿が見えているの?
「真理亜?」
母が手を伸ばす。
「だから、母さんも幸せに」
私も手を伸ばした。その手は母の手と交わることなく、すり抜ける。ぐらりと世界が傾いた。
母のヘアサロンが消えていく。
「真理亜!」
ダメ。
まだ、あの世には行けない。だって、どこに行っても大丈夫って、母が保証してくれたんだもの。みんなの期待に応えてみせる。
でも、暗い世界。何も見えない。
どこに来たの?
ん?
何だか、ヨモギのような匂いがする。
あれ、私、目をつぶってるだけ?
ゆっくりと目を開けると、白い天井。
元の世界の夢を見たのか。いい夢だったな。
それにしても、ここはどこだろう。知らない天井だ。でも、変な空間じゃなく、きちんと漆喰が塗られた天井だ。
起き上がろうとしたら、体が重くて動かない。
「司祭様、司祭様! 目を覚まされました」
バタバタと誰かが駆けていく音がした。
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