ただいま
起き上がれないまま、顔だけを動かしてみた。
病院だろうか。白い部屋で木のドアは開けっぱなしだ。
すぐにドアをくぐって、二人の人が現れた。どちらも白い長いガウンを着ている。年上の人のガウンは金糸の刺繍があったりして豪華だ。ちょっと、ローマ法王っぽい感じ。
「よかった。目を覚まされたんですね」
そのローマ法王っぽい人が近づいて来て、私の顔をのぞき込んだ。
「ここは?」
かすれてはいるが、声は出た。
「アストレイヤ神殿です」
国と同じ名前の神殿なんだ。そういえば、この国の宗教の話って、教えてもらってなかった。
「私はこの神殿の長を務めるエッセンです。彼はあなたの担当であるシャウト。驚いたでしょう。なぜ、ここにいるのか、説明いたします」
シャウトさんが渡してくれたコップから水をちびちび飲みながら、話を聞いた。
私は瀕死の状態で高度な治癒魔法を受けるために神殿に連れてこられたこと。治癒を効率良く行うため、一ヵ月、魔法で眠らせることにしたこと。今日が一ヵ月目で治療が終了したこと。
「ありがとうございます。あの、でも、体が動かないのですが、これで終了ですか?」
「ずっと、寝ていたので、仕方ありません。体力や筋力は魔法では取り戻せません。少しずつ、体を動かしていってください」
つまり、これから、リハビリをしないといけないってことか。
その時、バタバタと大勢の人が走る音が聞こえた。
「どこだ」「こっち」
もう、私を襲った人たちは全て捕まっているんだよね。一体、何が起きてるの。
「マリア!」
最初に現れたのはレオさんだった。ドアのところで崩れるように跪く。
「神よ、感謝します」
感謝したいのは私の方だ。もう一度、レオさんの顔を見ることができた。
その後ろから、次々と人が現われる。ジェシーさん、イブさん、ミルルちゃん、サラサさん、アーネットさん、フランチェスカさん。あ、アンディさんもいる。よかった。大丈夫だったんだ。
みんな、中に入らずにドアのところで固まっている。
「エッセン神殿長、マリアは、マリアはもう大丈夫なんですね」
フランチェスカさんが尋ねる。
「はい、もう、大丈夫です」
エッセンさんの答えを聞くと、フランチェスカさんの目から涙があふれた。
「まったく、私をこんなに心配させるなんて」
「みんな、心配してたんだよ」
「よかった」
みんなが喜んでくれている。ああ、やっぱり、諦めちゃダメだったんだ。みんながいるなら、ここで生きていける。
「あの、連れて帰りたいのですが、構いませんか?」
フランチェスカさんがエッセンさんに尋ねた。
「デルバールに連れて帰られたら、神殿の者が今後の生活について指導することができません」
え、なぜ、ダメなの?
「騎士団の医師にお願いするので大丈夫です」
「同じような重症の騎士を復帰させてきた医師なので大丈夫です」
フランチェスカさんの返事をジェシーさんが補足する。もしかして、デルバールは娼館だから、神殿の人は立ち入れないのかな。
「わかりました。念のため、注意事項を書いてお渡しします」
「ありがとうございます。それではこのまま、連れ帰らせてもらいます」
フランチェスカさんがジェシーさんを見ると、ジェシーさんは首を振った。レオさんがうなずくと、一人だけ中に入ってくる。
「本当によかった」
顔が近づいてきて、そうささやくと、私はさっと、抱きかかえられていた。お姫様抱っこだ。
えっちゃ〜ん!
ジタバタしたいけど、動かない体をレオさんがしっかり抱いて、歩き出した。すごい安定感。
そのまま、他の人を引き連れて、外に出た。レオさんに抱かれたまま、馬車に乗った。
「寝心地が悪い布団ですが、我慢してください」
そういうレオさんに私は首を振った。好きな人にくっついていられるのは嬉しい。ただ、心臓がドキドキして、ものすごく体に悪そう。
向かいにはフランチェスカさんが座った。
「あの、私の店は?」
「全て燃え落ちてしまったよ。残念だったね」
そうだよね。あれだけ燃えていたんだから、残っているわけないよね。
「マリアを襲った奴らはレオナルドさんがみんな捕まえたから、牢屋にいるよ。安心しな」
「フランチェスカさん、王子は?」
「こっちは悪い知らせだ。捕まえたけど、王家が引き受けに来て、釈放されている。体調が悪化したから、王妃と共に実家のカギヤ国で療養するそうだ」
フランチェスカさんは吐き捨てるように言った。王子はあれだけの犯罪を行なっても逃げることができるのか。
「カギヤ国と我が国は過去に戦争を繰り返してきた微妙な関係にある。王子を罰して、戦争のきっかけは作りたくないし、王子をカギヤ国に送ることで内輪揉めを起こさせようと考えているのかもしれない」
レオさんが付け加えた。
「焼けた店の賠償金や治療費、慰謝料はがっぽりもらうからね。ボロワ徴税長官にも後押しを頼んでるから。だから、また、店を出すこともできる」
フランチェスカさんが力強く言い切った。
私は手をグーパー、グーパーと動かしてみた。大丈夫。変なところはない。手を守ることができてよかった。
あ、そういえば、一ヵ月ということは年越しが済んでる!
「あの、ごめんなさい。年越しパーティー、手伝うって言ってたのに、何もできなくて」
フランチェスカさんは大きくため息をついた。
「まったく、馬鹿だね、マリアは。そんなことは気にしなくていいんだよ」
馬鹿と言いながら、フランチェスカさんの目は優しい。
しばらくすると、馬車が止まった気配があった。
レオさんに抱かれたまま、馬車を降りると、建物の前にはみんなが待っている。
「お帰り」
私は笑顔で答えた。
「ただいま」
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