変身
部屋の外で追いつくと、侍女がエスメラルダさんに寄り添っていた。
「待ってください。私にその髪を整えさせてください」
侍女が鬼の形相になった。
「お嬢様をさらに貶めるつもり?」
「失礼いたしました。私はデルバールの髪結師、マリアと申します」
「デルバール。……では、あなたが噂の髪結師?」
噂って、何だろう。気になるけど、それどころじゃない。
「はい、そうです。短い髪でも、いえ、短い髪の方がエスメラルダ様の魅力が引き出せます。このままでは納得できません。エスメラルダ様の美しさは髪の長さとは関係ないことを見せつけませんか? 任せてもらえませんか?」
エスメラルダさんの瞳に小さな光が宿った。
「あなたならできるというの?」
「はい」
私は力強く答えた。
この世界でできるのはたぶん、私だけ。ショートカットの魅力を知っているのは異世界転移してきた美容師の私だけだから。
「では、お願いするわ」
「どうぞ、こちらへ」
控え室に案内する。
「アーネットさん、細身のドレスありますか?」
「いきなり、何よ」
何かをつまんで食べていたアーネットさんがエスメラルダさんを見て、慌てて姿勢を正し、お辞儀する。
「アーネットと申します」
「エスメラルダ様を今までで一番、美しくしたいの。大急ぎ。そのためには細身のドレス、色は薄い色がいいと思うんだけど」
「マリア用に前、言っていたスカートのようなズボンを持ってきてるけど。白だよ」
「アーネットさん、それ、それをお願い」
アーネットさんの顔が引き締まった。エスメラルダさんについてきた侍女に声をかける。
「手直しするから、サイズを教えて」
私は安心して、ドレスはアーネットさんに任せる。エスメラルダさんに椅子に座ってもらう。
「髪の癖を取るために濡らさせてもらいます」
シャンプー台もないから仕方ない。
ケープをかけた後、水をたっぷり吹きつけ、それから、櫛を通す。イブさんに似ているストレートのしっかりした髪質。
一番、短く切られているのが後ろで、生え際ギリギリのところもある。
どんな髪型ならできる? どんな髪型が似合う?
「無理じゃない?」
エスメラルダさんが心細そうな声を出す。
「辺境領を継ぐ者として一生懸命だった。男勝りだと言われても仕方ないと思っていた。でも、ブライアン様はそうは思わなかったのね」
「エスメラルダ様の魅力がわからない方は放っておきましょう」
あ、こんなことを言ったら、不敬になるのかな。でも、今、部屋にいるメンバーだと大丈夫だよね。
「目をつぶってください。お顔をお拭きします」
貴重なメイク落としシートを使って、エスメラルダ様の顔を拭く。わー、お肌すべすべ。
「髪を整えていきます」
そうだ、前下がりボブだ。それしかない。
少しタオルで押さえてから、髪の長すぎる部分はまず、肩の高さで切り落とす。前は短くなっていないので、前髪は作らない。左に短く切られてしまっているところがあるので、アシンメトリーにしよう。ブロッキングでパートごとに分けてピンで留める。
「大きい音がしますが大丈ですからね」
バリカンで後ろの襟足を整える。
あとは手が自然に動く。ブロッキングのパートごとにカットしていく。ああ、きれいな髪だ。
きっと、短いままでなく、また、髪を伸ばされるだろうから、すきバサミは入れない。
切り終わったら、少しオイルをつけて、ドライヤーで乾かす。うん、紺色の髪も綺麗。
「マリア、手直しできたよ」
いつのまにか、フランチェスカさんも手伝っていたらしい。
「エスメラルダ様、ここで先にドレスに着替えていただきます」
アーネットさんがパンツタイプのドレスを着せる。ああ、このドレスは私より、エスメラルダさん向きだったかもしれない。すごく似合う。トップスはコンパクトなオフショルダーだ。アーネットさん、流石だ。エスメラルダさんの美しい首が目を引く。靴はドレスと完璧には合わないが、ほとんどズボンの裾で隠れるから大丈夫だろう。
「エスメラルダ様、お綺麗です」
侍女が泣きながら、笑いながら言う。
もう一度、座ってもらって、ヘアアイロンでさらに真っ直ぐに仕上げる。
それから、メイク。
透明感の出るラベンダーの下地を塗る。パウダーは軽く。リップも赤いグロスで透明感を重視。
「目をつぶってください」
銀ラメのアイシャドウに髪と同じネイビーでアイラインは長めに引く。まつ毛はビューラーでカールさせず、マスカラもネイビーで目尻側を長く。最後に肩にも、ラメのパウダーを少し振る。
うん、我ながら、いい出来。
男装の麗人。いや、もう少し中性的な感じ。透明感があって、神秘的で、色気も少し感じる。
「髪の長さとエスメラルダ様の素晴らしさは関係ないんです」
鏡を見せると、エスメラルダさんは目を見張った。顔がゆっくりと紅潮していく。
「私は婚約破棄された哀れな女ではない」
「はい、そうです」
「一人でも辺境伯として生きていく」
「エスメラルダ様ならできます」
「恥ずかしがることはない」
「もちろんです」
エスメラルダさんが立ち上がる。さらりと髪が揺れる。
「あ、待ってください」
私は予備のかんざしから細長い飾りがぶら下がっているものを取り出した。つながっている輪を無理やり広げてはずす。髪の長い方のピアスにつけようと苦労していると、侍女が代わりに付けてくれた。
「片側だけですか?」
「ええ、髪が動いた時だけ見えるのがいいんです」
エスメラルダさんが深々とお辞儀した。
「マリアさん、ありがとうございます」
「それより、お早く。パーティーが終わる前に」
エスメラルダさんが顔を上げ、歩き出す。私たちもあとを追った。
優雅な音楽が流れているが、楽しそうに踊っているのはブライアン王子とシャーロットだけだ。
みんな、ひそひそと小声で話している、その中にエスメラルダさんが入っていくと話し声がピタリと止まった。
凛々しくエスメラルダさんがその中に進む。まわりの視線を集めても臆することはない。視線は冷たいものではない。好奇心とそれから、憧れ。
「エスメラルダ様、なんて、素敵なの」
口を切ったのはガブリエルちゃんだった。ガブリエルちゃん、グッジョブ。
「貴女は今日はまた、いつもより可愛らしいね」
エスメラルダさんが微笑むと、まわりの女の子から悲鳴が上がった。もちろん、男の子もエスメラルダさんから目が離せない。
ただ、一人にスポットライトが当たっているようだ。
「マリアさんという髪結師にお願いしましたの」
「なるほど。貴女に感謝しないといけないな。私の髪も彼女が切ってくれたんだ」
スタイルに釣られるようにエスメラルダさんの言葉遣いが男性っぽくなっている。
髪を片手でかき上げると、ピアスの飾りが見え、それから、サラリとその髪が落ちてくる。
さっきより大きい悲鳴が上がった。
「エスメラルダさま、私と踊ってくださいませ」
女の子たちが押し寄せる。先を越された男の子たちが慌てて、手を差し出す。
「エスメラルダさん、俺と踊ってくれないか」「いや、俺と」「いえ、私と」
自分たち二人だけの世界に浸っていたブライアン王子とシャーロットがやっと、まわりの変化に気づいたのか、キョロキョロまわりを見渡した。
エスメラルダさんに気づいたブライアン王子の顔が紅潮する。目が離せないみたい。怒りじゃなく、魅了されているけど、今さら、魅力に気づいても手遅れだから。
ブライアン王子の視線に気づいたシャーロットの顔は醜く歪んでいた。
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