婚約破棄
えー、私は今、ドレスを着て王宮にいます。
なぜ、こんなことになったかというと。
徴税長官に娘が喜んでるから、さらに何か褒美はいらないかと聞かれて、パーティーを見たいって言ったから。だって、他の人のヘアメイクを見て、勉強したいもの。
そうしたら、元々、パーティー会場に控え室を予約して、そこで娘たちの着付けとヘアメイクを頼もうと思っていたから、ちょうどいいって。フランチェスカさんとアーネットさんと私に招待状をくれて。そうしたら、会場は王宮だったというわけ。
「エリアード学園は王立だから、大きいイベントは王宮の離れで行うんだ」
フランチェスカさんが教えてくれた。
それなら、ドレスがいるってことになって。フランチェスカさんに宣伝になるんだから、しっかりしなさいと言われたので、平打ちのかんざしを作ってもらった。銀で雪の結晶模様。
アーネットさんがかんざしに合わせて、黒のドレスを作ってくれた。銀の雪模様の刺繍もつけて。
朝から控え室に入って、まずはガブリエルちゃん、ジャンヌちゃん、クロエちゃんの着替え。それから、ツインお団子、髪が長いからきっちりリボンも編み込んで、レースとリボンのかんざしをつける。メイクはみんな可愛い感じに仕上げる。目は丸く見えるように。リップはグロスで仕上げ。私がメイクするのをそれぞれの侍女たちがじっと見つめてる。どんどん、覚えて、これからも可愛くしてあげてね。
できあがると、まさしくアイドルグループのようだ。キャッキャッと喜んでいる姿も可愛い。
「ありがとうございました」
お礼を言われて、じーんとする。やっぱり、私、この仕事、好きだ。
見送ったら、今度は自分の着替えだ。先に着替えていたフランチェスカさんに手伝ってもらう。
ヘアメイクはもちろん自分でやったけど、鏡で全身を見ると、思わず「これが私?」と言っちゃったよ、えっちゃん。
アーネットさんは控え室でパーティー料理を楽しむらしい。
「気楽だし、服もたくさん持ってきたからね」
パーティーでドレスを汚した人がいたら、売りつけようという魂胆らしい。
私はフランチェスカさんにくっついて、会場へ。
フランチェスカさんはゴージャスな美女だから、みんなの視線が集まる。見て見て。フランチェスカさんのヘアメイクも私ですよー。お店よりも控えめ、上品にしても、色気が溢れる。
「ご家族は参加しないんですか?」
会場は若い子でいっぱい。みんな、おしゃれだ。
「卒業したら大人として扱われるから、最後の自由なお楽しみの場。だから、家族が参加するのは不粋なのよ」
「大人か」
ガブリエルちゃんたちも結婚するんだもんな。入学した歳にもよるけど、卒業は十五歳ぐらいらしい。
「結婚って、早いんですね」
「貴族でも平民でも後継はね。次男以降は身を立ててから結婚を考えることが多いので、遅い人が多いのよ。だから、うちみたいな商売が成り立つんだけど」
「恋愛結婚はあるんですか?」
「あると言えばあるかな。親が結婚相手の候補を子供の小さい頃から身近に置いて、意識させるという手もあるし」
そういえば、ガブリエルちゃんたちも結婚相手のこと、好きそうだった。自然なのか、親の作戦なのか、どっちだろう。
「卒業パーティーって、立食パーティーなんですか。校長の挨拶とかはないんですか?」
「挨拶はエリアード学園で済んでるから。あと、食事はおまけ。メインはダンスよ」
「ダンス」
確かにさっきから静かに流れているBGMが生演奏ですごいと思っていたけど。
「もうすぐ、始まるから。あなたも誘われたら、踊ってきたら」
「そんなの、踊れませんよ」
そんなことを言っていると、大きな声が響いた。
「エスメラルダ・アルバ。お前との婚約は破棄させてもらう」
こ、これは噂に聞く婚約破棄!
私は思わず、見やすい位置に移動した。
「第二王子のブライアン様よ。婚約者のエスメラルダ様も二人とも卒業」
フランチェスカさんがついてきて、解説してくれた。
紺色の髪の美女に向かって指を突きつける、いかにも王子様という金髪、碧眼の美青年。これがブライアン王子ね。彼のかたわらに寄り添っているのはストロベリーブロンドの髪をした愛らしい女性。
うわあ、絵に描いたような婚約破棄だ。えっちゃんが見たら喜ぶだろうなあ。
「私は真実の愛を見つけた。このシャーロットだ。彼女と知り合って私は初めて安らぎというものを知ることができた。男勝りで私のことを辺境伯の後を継がせるための駒としか見ないお前とはまるで違う」
その言葉にシャーロットはブライアン王子の腕にぎゅっとしがみつく。うわ、あざとい。
「破棄とのこと、国王陛下はご存じなのでしょうか? 父は」
エスメラルダさんは顔色を変えながらも冷静に尋ねている。
「はっ。二言目には父のことばかり。そんなにお前の父は王家と縁づきたいのか」
ブライアン王子が鼻で笑う。
「王命によって決まった婚約で、辺境伯様には断ることなんてできなかったのに」
フランチェスカさんが事情を知らない私のために教えてくれた。
「わざわざ、知らせるまでもない。この場で言ったのは、お前の罪を明らかにするためだ。お前はシャーロットに嫉妬し、いじめを繰り返していたな」
「私はそんなことしておりません」
「シラを切るのか。証言は取れているぞ」
王子の取り巻きの貴族が分厚い書類をエスメラルダさんに向かって叩きつけた。エスメラルダさんはあっけなく床に倒れる。ありえない。顔に当たったんじゃない?
「ブライアン殿下、おやめください」
そう声をかける貴族も護衛騎士に睨まれると、黙り込む。
「本来なら、投獄、あるいは追放してもいいところだが、ここで謝罪するなら許してやろう」
「私は何もしておりません」
立ち上がろうとするエスメラルダさんの頭を騎士が押さえつけた。美しく結い上げられた紺色の髪が重苦しく見える。碧色の宝石がはまった髪飾りが光って見えた。
「ねえ、ブライ。謝るつもりがないようだから、もういいわ。離してあげて」
「シャーロット、お前はなんて優しいのだ」
「ただ、あの髪飾りは私にちょうだい。ブライの瞳の色の宝石をつけているなんて、許せない」
「わかった」
ブライアン王子がうなずくと、騎士は髪飾りを力ずくで取ろうとした。しかし、結い上げられた髪にしっかりとつけられ、なかなか外れない。
髪を引っ張られる痛みにエスメラルダさんは声は出さなかったが、顔を歪めた。
「面倒だ。風の刃」
ブライアン王子が手を前に突き出す。その手から白い波紋が飛び出し、次の瞬間、バサバサとエスメラルダさんの髪が落ちた。カランと髪飾りも床に落ちる。
「その頭を隠すことは許さん。あとは好きにしろ」
ブライアン王子はそう言い放つと、騎士が拾った髪飾りを受け取った。もう、エスメラルダさんのことを忘れたかのように髪飾りをシャーロットの髪に当ててみたりする。
なんだ、こいつら。
ゆっくりとエスメラルダさんが起きだすが、誰も手を貸そうとしない。ほとんどの人は同情的だが、ブライアン王子の不興を買うのが怖いのだ。エスメラルダさんが立つと、その無残に斬られた髪が痛々しい。それでも背を伸ばし、部屋から出ていく。
「お気の毒に」
「あの髪では」
貴族たちがヒソヒソと話す。
私は思わず、後を追った。
こんなの許せない。
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