デビュタント
「お、お前は、な、何だ、その格好は」
ブライアン王子がエスメラルダさんに近づくと、指を突きつけた。
「殿下のお言葉に従い、頭を隠さず、好きにさせていただいています」
エスメラルダさんがそう答えると、プッと吹き出した人たちがいた。ブライアン王子の顔が赤くなる。
「今、笑ったのは誰だ。お前か、それとも、お前か」
王子は見苦しく、喚いた。その横でシャーロットがポロリと涙をこぼした。すごい、嘘泣きもできるんだ。
「なぜ、こんな人をダンスに誘うんですか。私をいじめてた悪女なのに」
「ああ、シャーロット」
王子とシャーロットが抱き合う。うーん、いつまでこんなことをやるつもりなんだろう。
そう思った時にワッと騎士たちが入ってきた。白い服に金の飾り、これは金の騎士団? つまり、王族の、王子の味方?
「ちょうど、いいところに来た。この女を捕らえよ」
ブライアン王子が元気づいて、騎士団に命じた。
エスメラルダさんは怯えることなく、堂々と立っている。
「殿下、畏れながら、ご同行をお願いします」
騎士の一人が声をかけた。
「何?」
「陛下がお呼びです」
「父上が? 待て、それより、この女を捕えろ」
ブライアン王子がエスメラルダさんを指差した。
「理由もなく、捕えることはできません」
「不敬だ。私に対し、無礼な態度を取り、私が愛する女性をいじめた」
騎士たちが顔を見合わせて、頷きあった。
「その件も含め、陛下がお話を聞きたいとおっしゃっています。まずはこちらへ」
騎士たちがブライアン王子の言う通りに行動しないことにホッとする。
「いや、まず、その悪女を捕えよ」
しつこく命じるブライアン王子の口を騎士の手がおおった。王子の護衛騎士が慌てて、引き離そうとするが、騎士が宣言する。
「陛下の命である」
また、慌てて、護衛騎士が離れた。
「何するの? 離しなさいってば」
シャーロットも羽交締めされ、二人ともずるずると連れ去られていく。いい気味。
そこへ、太ったおじさんが駆け込んできた。走り回ったのか、息を切らし、汗をダラダラ流している。
「陛下からのお言葉である」
魔法を使っているのか、普通に喋っているようなのに声が響き渡った。
「卒業おめでとう。せっかくのパーティーを騒がせてすまない。参加者には改めてお詫びの品を贈る。ブライアン王子は謹慎とする。安心して今日のパーティーを楽しんでくれ。以上」
おじさんは早口にまくしたてると、ホッと息をついて、汗を拭った。音楽の演奏が始まり、パーティーの賑わいが戻ってくる。
「今のが学長よ。すぐに陛下へ連絡したところはさすがね」
フランチェスカさんが教えてくれた。
エスメラルダさんのまわりにまた、人が集まる。
「マリア、踊らないのなら、食事とお酒を楽しんだら? 侍女の方たちがするから、ヘアメイクの後片付けはいらないそうよ」
「あ、そうさせてもらいます」
フランチェスカさんに言われて気づいた。お腹が空いた。料理のテーブルに近づいて、適当に皿に載せる。
カナッペのようなものを食べてみると、美味しい! さすが、王宮。給仕の人からワイングラスを受け取って、一口飲む。
アストレイヤ国に来てから、飲むのは初めてだ。そういえば、プレオープンの後、飲みに行こうって言ってたな。みんながお祝いしてくれるって。美味しい店を予約したと言ってたけど、どこだったんだろう。
私は首を振って、ワインをもう一口飲んだ。
エスメラルダさんを見て、元気を出そう。ほら、あんなに綺麗になった。ガブリエルちゃん、ジャンヌちゃん、クロエちゃんも可愛い。
みんながダンスをしているせいか、室温が上がったような気がする。少し風にあたろうか。
新しいワイングラスを手にバルコニーに出た。
今日はよく頑張ったから、もう少し飲んでもいいよね。
美しい庭園が広がっている。ライトアップも魔法道具だろうか。手すりに頭を載せると、冷たくて気持ちいい。
よく働いて、美味しいもの食べて幸せ。だよね。
「マリア?」
レオさんの声がする。空耳かな。
「どうした?」
幻じゃない。私は振り向くとレオさんにギュッと抱きついた。
「泣いているのか」
「泣いてなんかいません」
「今日はありがとう。今、エスメラルダの素晴らしい姿を見て来たよ」
エスメラルダさんの知り合いだったのか。呼び捨てなんですね。私はレオさんから離れた。
「ふふふ。私って、すごいでしょう」
「ああ、すごい」
レオさんはまた、黒マントを付けていた。パーティーに参加するような格好ではない。
「辺境伯は今、領地から動けないから、代わりにエスメラルダにプレゼントを預かって来たんだ。そうしたら、婚約破棄だと。でも、マリアのおかげでエスメラルダがきれいになっていてよかった」
褒められているのに、何だか、モヤモヤする。ああ、父親を取られたような気持ちなのかな。
「私はどうですか?」
「今日は大人っぽいな」
きれいとは言わないのか。
「ふふふ」
「もしかして、酔っ払ってるのか?」
「酔ってません。それより、レオさん、踊ってきたらどうですか?」
レオさんが意表をつかれたような顔になり、それから、フッと笑った。
「それでは、マリアさん、踊っていただけないでしょうか?」
手を差し出された。
「あの、私、踊り方なんて知らないんです」
「デビュタントは?」
舞踏会デビューなんてない国なんですよ。
「私の国では風習が違うので」
「じゃあ、マリアさんの初めての相手ということですね」
その言い方!
というか、なぜ、踊ること前提?
「ここなら、誰も見ていませんよ」
「じゃあ」
いいか。私はレオさんの手の上に自分の手を載せた。なんだか、ドキドキした。
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