窮屈

@rabbit090

第1話

 理想郷って、あるの?

 ないよ、

 「ない。」

 「そんな夢のないこと言わないでよ。」

 「はあ?当たり前だろ?お前、もっと賢いと思ってたけど。」

 「何なの。」

 とか、くだらないことで言い合いをしていたことだけを記憶している。

 でも僕らは、すでになくなってしまったらしい。

 じゃあ、この浮遊している意識はいったい、何なのだろうか。

 しかし、その正体は分からない。

 でもいいんだ、正体なんて、ないんだ。

 ほら、物理にしたって何にしたって、物事をは恣意的であるって、そういう捉え方もできるじゃないか。

 絶対なんて無いんだ。

 僕らは、限りなく何者かであるように感じられる、その何かを意識しているだけ。

 そう、だから。

 「ちょっと、決めつけないでよ。もう段々と分かってきてるんでしょ?」

 「まあ…。」

 濁しているけれど、僕はもう明確に思い出していた。最初はその記憶が正しいのかすら分からなかったけれど、眠いまなこをこするながら起き上がるように、意識もその正確さをあらわにし始めた。

 「私は最初から分かってた。私達、いったん壊れちゃったんでしょ?」

 「うん、そうだよね。」

 「なら、今の私達って何?おかしいじゃない、何してるっていうの?」

 「さあ、自分の正体なんて考えたこともなかったよ、僕はもう黒か白かなんて、そんな分かりやすい答えを、随分求めていなかったから。」

 「何よ、言ってることの意味が分からないわ。私、あなたの名前も思い出せないのに。」

 「…そうか。」

 僕は、知ってる。

 君は、みずき。

 僕は…誰?

 「はあ…。」

 「ため息深くない?」

 「まあ、うん。」

 「もう。」

 確かに、一回世界は、無くなった。

 はずだった、なのに僕らは生きていた。その理由すら分からない。はっきりとしたことが、ない。僕らの世界はもう、それ程まで壊れてしまっていた。

 そしてもう保つことのできない形が溢れて、全てがバラバラになるはずだったのに、僕らは、生きてる?

 「なあ、正体、なんてもう知らなくてもいいじゃん。」

 「…それはダメ。」

 「何で?」

 「だって、あんたは怖くないの?自分が誰かってことも分からないのよ?不気味じゃない。」

 「そう?」

 「そうよ、だから私は考え続ける。だってあんたも、それ以外にやることないでしょ?」

 「………。」

 そうだ、そうだけど。

 でも、もういいんじゃないか。

 終わりすら分からないこの世界で、僕は今、とてつもない、味わったことのないような絶望を感じている。

 一体、どうすればいいってんだよ。

 無茶苦茶だぜ、全く。

 

 

 「世界が終わったのは、どうして?」

 「…終わったんじゃない、終わらせたんだ。」

 「だから、どうして?」

 「気まぐれ。」

 「はあ?いい加減にしろよ。」

 「ま、なあ。でもさ、元々世界ってそんなに確実なものじゃないんだし、いいだろ?」

 「いいか、わるいか、判断はできない。そんなの尋ねるな。」

 「…そうか。分かった。」

 みずきは、僕の妹だ。

 しかし、彼女はすでに死んでいたはず。

 病気で早くに、そう。

 だけど、僕はみずきに生き返って欲しくて、それだけは分かっていて、そして彼女は僕の前に現れた。

 なあ、夢でも構わないから、このままでいいんだ。

 僕は、そう強く祈った。

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