第89話 謁見の間に聖女として入場しました

ええええ!


私は驚愕した。クリフが今、私にキスをした……絶対にキスだ。


私が真っ赤になって固まっている間に


「じゃあ、アオイ、お休み」

そう言ってクリフが自分の部屋に帰っていったんだけど……


ちょっと待ってよ。今のキスって何なの?


ひょっとして兄弟間の親愛の情の証みたいな感じなんだろうか?


クリフの軽さから言ってもそうかもしれない。


でも、友達とか兄妹でキスなんてするの?


ヨーロッパならするのか……


ええええ! 今のキスはどういう意味なんだろう?



ひょっとして、一万分の一くらい、いや、百万分の一くらいの確率でクリフが私が好きなんて事あるんだろうか?


いやいやいやいや、そんなの絶対に無い。だって最初にペチャパイとか散々言われた。


好きだったら絶対にそんな事言わないだろう!


それに、いつも私の面倒は見てくれるけれど、好きだって言われたことはない。


だから、絶対にクリフが私に異性に対する好意を持っているなんてことはないはずだ。


でも、好きでもない相手とキスなんてするか?


そこが私は全く判らなかった。


というか完全に頭がパンクしてしまったんだけど……


私は珍しく悶々としてその日は寝られなかったのだ。




翌日は謁見の儀の当日だ。 


「まあ、アオイ様。目に隈なんて作られてどうされたのですか?」

朝、私を起こしに来てくれたエイミーが慌ててくれた。


「アオイ様でも緊張して寝れないことがあるんですね」

笑ってエイミーが言ってくれるんだけれど、それは少し違う。昨日寝れなかったのは、クリフのせいだ。謁見の儀どころではなかったのだ。


「大丈夫ですよ。アオイ様。会場内ではクリフォード殿下がフォローして頂けますから」

エイミーは当然のように言ってくれるんだけど、そのクリフが原因なんだって!

私はそう思ったが、口に出して言えなかった。


だって、クリフが私が好きかどうかなんて恥ずかしくてエイミーには絶対に聞けない。


私は朝食の後、エイミーら侍女さんたちによって、あっという間に化粧されて白地に金のラインの入ったドレスを着せられた。聖女の正装だそうだ。

準備が整った時だ。


クリフの部屋との間の扉がノックされて、クリフが入って来た。


私は一瞬ドギマギした。


白に金の装飾の入った皇子の正装に身を包んだクリフはとても格好良かった。本当に白馬の王子様って感じだった。

それに比べて私は無理やり着飾った田舎から出て来た娘って感じだ。

まあ、見ようによっては色あいでペアルックらしくも見えたけれど、片や大金持ちの御曹司、方や田舎から出てきた着飾ったお上りさんみたいな感じだ。


どう見てもつり合いが取れない……


私は昨日クリフがしてくれたキスは親愛のキスだったんだと納得した。


ああん、こんなの悩むんじゃなかった! クリフの馬鹿! 余計なことするから昨日寝れなかったじゃない!


私は少しムカついたけれど……なんかクリフがエスコートの手を差し出してこないんだけど……何でだろう?


わたしがクリフを見上げると、あれ、クリフが固まっている?


「クリフ?」

私が声を掛けると


「ああ、ごめん。アオイがあまりにもきれいで驚いていた」

「えっ?」

なんかとんでもないことを言ってくれたんだけれど……私は固まる。


私の事をきれいって、きれいって言った?


「衣装もアオイにとても合っているよ」

衣装? そうか、衣装を褒めてくれたんだ。私は少しがっかりした。


「クリフもとても立派よ。それ着ていたら本当の皇子様みたい」

「一応、これでも俺も皇子なんだが」

クリフがボソリと言ってくれた。

そうだった。クリフは皇子様だった。また、余計なことを言ってしまった。


「さあ、行こうか、アオイ」

そう言うとクリフがかがんでくれたんだけど何?


でも、次の瞬間、ほっぺに何かが接触した感じがした。


ええええ! キス、また、キスした!


私はまた固まってしまったんだけど……


「さあ、アオイ、行こうか」

そう言うとクリフが私の手を掴んで歩きだしてくれた。


私はその後をトコトコ付いて歩く。


今のほっぺへのキスは絶対に親愛のキスだ。


そう心に言い聞かせながら。


必死に平常心に戻そうとしたのだ。


そうでないと、心臓が破裂してしまう。クリフと繋いだ手がとても熱い。


私達の前後を近衛騎士たちに囲まれて歩いているのも判っていなかった。


心臓がとても大きな音をたててなっていた。




そして、着いた謁見の間の扉はとても大きかった。


扉の前の侍従が私達に頷いた。


「行くぞ」

「うん」

私はクリフに頷いてその手を取ったのだ。


私達の目の前の大きな扉がゆっくりと開く。


クリフと私はその中に一步を踏み出したのだ。


「聖女アオイ・チハヤ様、並びにクリフォード殿下ご入場」

係の者の大声が会場内に響き渡った。


私が聖女として認められた瞬間だった。

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